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東京都の「受動喫煙啓発ポスター」はなぜ「意味不明」に仕上がったのか

石田雅彦科学ジャーナリスト
「東京都受動喫煙防止条例」ホームページより

 東京都は国より厳しい受動喫煙防止条例を策定し、千葉市など追随する他の自治体の条例案に大きな影響を与えた。その後、都は受動喫煙防止対策の啓発に乗り出すが、ロゴマークに首を捻る人もいればポスターに意味不明という声もあがる。弁護士でもある東京都議の岡本こうき議員(都民ファーストの会)にそのあたりの事情を聴いた。

不可思議なシンボルマーク

 2018年6月に都議会で可決成立した東京都の受動喫煙防止条例は、原則として屋内禁煙(屋内禁煙、喫煙専用室、加熱式タバコ用喫煙席の3つから選択可能)を定めているが、例外として飲食店では従業員のいない場合に喫煙可も選択できる内容(屋内禁煙、喫煙専用室、加熱式タバコ用喫煙席、喫煙可能の4つから選択可能)となっている。

 これは客席面積100平方メートル以下で規制対象外とする国の改正健康増進法よりも厳しく、2018年9月に可決された千葉市の受動喫煙防止条例、2019年3月に県議会で可決された妊婦や未成年者のいる場所での禁煙を定めた兵庫県の受動喫煙防止条例案などにも強い影響を与えた条例といえる。

 都の受動喫煙防止条例は、2019年1月1日からすでに一部施行されているが、それに先がけて2018年12月には受動喫煙防止対策のアンバサダー「健康ファースト大使」として高橋尚子・元マラソン選手の起用と公式シンボルマークの決定を発表した。アンバサダーについて異論は出なかったようだが、公式シンボルマークには筆者を含めて「おやっ?」と首をかしげる人もいる。

 都のホームページ(2019/03/19アクセス)によれば「この条例は、東京2020大会に向け、たばこを吸う人も吸わない人も、快適に過ごせる街の実現を目指していくことを目的」としているらしい。さらに「オール東京で受動喫煙対策に取組む機運を醸成するため、アンバサダーと、公式シンボルマークを決定」したそうだ。

 緑と青を基調としたデザインのシンボルマークは、東京都の「T」の形になっており、中央には「KENKO FIRST TOKYO」という文字が入る。このマークを見て受動喫煙防止を訴えているように見える人がどれだけいるか、疑問だ。これがシンボルマークといわれ、素直に受け入れられる人は少ないのではないだろうか。もちろん、見えると言い張られれば「そうかな」とも思う。

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2018年12月に発表された受動喫煙防止対策の公式シンボルマーク。タバコの「タ」の字も受動喫煙の「受」の字もない。「T」の字をかたどったデザインから受動喫煙を防止するという視覚的イメージも伝わってこない。Via:東京都の報道発表資料「受動喫煙防止対策 アンバサダー・公式シンボルマークの決定 キックオフイベントを開催します」より

どこかで聞いたフレーズも

 さらに面妖なのは、2019年1月に発表されたポスターと動画だ。ポスターはシンボルマークと同じテイストで、小さく「受動喫煙防止条例、はじまる。」とあるが、筆者には条例の主旨がほとんど伝わってこないデザインに思える。知人の一人は、このポスターを見るなり「意味不明」とつぶやいた。

 ポスターにもあるが、動画にも「タバコを吸う人も吸わない人も、誰もが快適に過ごせる街を目指して」というナレーションが入る。どうしても「タバコを吸う人」という文言を入れたいという想いが強く伝わってきてモヤモヤっとした。

 この「吸う人も吸わない人も」というフレーズ、どこかで耳にしたと思い返せば、JT(日本たばこ産業)がよく使っているものと同じだ。何か関係があるのだろうか。

 ちなみに、自民党たばこ議員連盟の会長である野田毅衆議院議員は「吸わない人の権利と共に、吸う人の権利も考えて」などと発言している。筆者は、国の改正健康増進法でも「望まない受動喫煙」という摩訶不思議なフレーズに引っかかったが、これは自民党たばこ議員連盟が改正健康増進法の対案に入れた文言「欲せざる受動喫煙」を想起した。

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東京都の受動喫煙防止条例を広く知ってもらうために制作されたポスター。Via:東京都福祉保健局の「東京都受動喫煙条例啓発ポスター(健康ファースト大使)」のホームページより(2019/03/19アクセス)

電通が約3000万円で落札

 2019年3月18日、東京都議会の厚生委員会が開かれた。筆者はこの日の委員会を傍聴したが、このポスターについて興味深い質疑応答があったので紹介したい。

 委員会では、委員である都議からの質問に対し、都の福祉保健局などの部局から参集した大勢の都職員が居並んで回答する。岡本こうき都議(都民ファーストの会)は、都の防災対策や児童虐待などの質問の後、おもむろに上記のポスターを提示して「ポスターの受動喫煙防止の文字が小さく、何のポスターなのかわかりにくい。せっかく高橋尚子さんの写真を使っているのに顔が見えにくいため、もったいないと思う。空の色もきれいな色なら良かったのに」と指摘した。

 続いて、一連の受動喫煙防止対策の企画制作を受託した企業が株式会社電通と聞いているとし、ポスターのデザイン費、動画制作費、イベント費などを合わせて約3000万円で受託していることを述べた。また、雑誌『選択』(2016年7月号)の記事を紹介し、JT(日本たばこ産業)という広告主と広告宣伝会社である電通によるメディアへの圧力の存在疑義について指摘した。

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東京都議会の厚生委員会で都が作成したポスターを手に質問する岡本都議。写真提供:岡本こうき東京都議会議員

JTによるメディア圧力?

 筆者は創業者の飯塚昭男・元編集長をよく知っていたが、『選択』は「三万人のための総合情報誌」を標榜し、定期購読が基本で全国に読者を持ち、公称発行部数は6万部。大手メディアの記者らが自社媒体で書けない内容の記事を匿名で寄稿し、広告をほとんど入れず、広告主の影響を極力排除して誌面を構成しているようだ。

 岡本都議は『選択』記事を引き、JTは年間200数十億円の広告宣伝費を使い、ほぼ定価で広告を入れてくれるメディアにとっての上顧客と書かれていると指摘。JTはメディアに対してタバコに関する偏向記事の掲載を求め、それに電通が荷担しているという記事の内容を紹介した。

 そして、これらの前提知識をもってポスターのことを考えれば、もしかすると株式会社電通はJTというタバコ産業のために、都から受託した仕事で意図的にインパクトの乏しいものを作ったのではないかと疑念を持つ都民もおり、直接的な証拠がないのでそう断定することはできないものの、客観的にみてそうした疑念がわくのも不自然ではないと述べた。

 さらに、都に対しては、日本も加盟するタバコ規制枠組条約(FCTC)第5条3項を示し、タバコ規制の政策へのタバコ産業からの影響を警戒する必要があると指摘した。この内容については、厚生労働省「WHOたばこ規制枠組条約第5条3項の実施のためのガイドライン」「たばこ規制に関する公衆衛生制作をたばこ産業の商業上及び他の既存の利益から保護すること」(2019/03/22アクセス)に詳しい。

 タバコ産業は、国や行政、公衆衛生当局が市民国民の健康のために実施しようとするタバコ規制政策に陰に陽に容喙し、政治的なロビー活動などによって影響力を行使し、タバコ規制を骨抜きにしようと画策してきたという厳然たる歴史的事実がある。タバコ産業も認めるこうした行状を念頭に置き、FCTC各国、官僚、管轄権下にある自治体、公的機関などのスタッフは、公衆のためのタバコ規制政策をタバコ産業の利益から保護する責任がある。

 岡本都議はFCTCのガイドラインを踏まえ、受動喫煙対策の啓発のためのシンボルマークやポスターなどのようなタバコ対策に関する企画制作を、タバコ産業との関係がある企業、団体、組織が担当することについて入札条件を付けるべきと都に提案。これについては、難しい問題としつつも都に検討を促した。

 ところで、2018(平成30)年度の東京都の受動喫煙防止対策予算は、25億7800万円(2019年度は45億7400万円)となっており、受動喫煙防止対策の推進の項目としては新制度に関する普及啓発、新制度に伴う業務委託、新制度に伴う市町村支援等となっている。

 この中で、市区町村に対する受動喫煙防止対策の推進のための補助金として(都の負担割合4/5〜10/10)13億9800万円が計上されているが、岡本都議は飲食店などの喫煙施設の撤去費用も10/10の補助金対象になるかと都に質問した。

 また、2019年度には、対策推進費に禁煙教育レベル別副教材の作成、東京2020大会に向けた宿泊施設・飲食店の受動喫煙防止対策支援事業が新たに加えられた。都の回答は、喫煙施設を撤去し、飲食店が全面禁煙にするための費用を市区町村が負担した場合、都の補助金の対象となると明言し、禁煙教育教材の作成には専門の医師らの参加を求めるともした。

FCTCを守るための仕組みとは

 東京都議会の厚生委員会の後、この件について岡本都議から話を聞いた。

──東京都が株式会社電通に委託して作成したシンボルマークやポスターなどの印象について。

岡本都議「東京都は、九都県市(埼玉県、千葉県、神奈川県、横浜市、川崎市、千葉市、さいたま市、相模原市)共同で受動喫煙防止対策普及啓発用のポスターを作成しています。それと比較すれば、今回の東京都のシンボルマークやポスターがいかに伝わりにくいか明らかだと思います。もちろん、予算の大小に見合うだけの効果やインパクトのあるものを作るべきであり、都においても必要なら予算を大きく使ってもいいと思いますが、たとえば千葉市は九都県市で作成したシンボルマークなどを使って、比較的低予算でも効果のある啓発を図っています」

──株式会社電通の落札とFCTCとの関係について。

岡本都議「FCTCのガイドラインには、それが締約国の管轄権下にある全ての公的機関に適用されると明記されています。都庁の担当者は、タバコ産業の利益を振興するために活動している者に対して、説明義務を果たし、透明性を保つような方法で行動するよう要求すべきということになります。今回のシンボルマークやポスターなどについていえば、都の担当者は、株式会社電通がタバコ産業の利益を振興するために活動しているかどうか認識が不十分だったかもしれませんが、受託者に対して利益相反を説明させるような仕組みを作るべきだと思います」

──それはどのような仕組みになるか。

岡本都議「タバコ産業の利益の増進のために活動している企業、団体、組織は、入札に参加できないという入札条件を付ける、あるいは、そのような者は、少なくとも、タバコ産業との契約内容を開示・公開し、利益相反をどのように防止するのか防止策を説明し、構築することを入札条件に加える必要があると思います」

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九都県市のポスターと東京都のポスター(左)を両手に持つ岡本都議。どちらが受動喫煙防止の必要性を訴えていると思うだろうか。写真提供:岡本こうき東京都議会議員

 ところで、東京都の受動喫煙防止対策の担当は、福祉保健局>保健政策部>健康推進課の下の「事業調整担当」という、これまた不思議な名前の部署になっている。いったいどんな事業を調整しているのか、筆者は何かとてもモヤモヤした気分になった。

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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