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銃社会アメリカの抱える”悲劇”―増え続ける小中高校での銃乱射事件、勢いを増す保守派の「教師武装化論」

中岡望ジャーナリスト
テキサス種ユバルディの銃乱射事件の犠牲者に対する献花(写真:ロイター/アフロ)

■ テキサスの小学校での銃乱射による悲劇

 アメリカでは毎日のように銃による殺人事件が報道されている。そんな中で5月24日にテキサス州の人口が約1万50000人の小さな町ユバルディの小学校で起こった銃乱射事件はアメリカ社会にかつてないほどの衝撃を与えた。祖母を銃殺したあと小学校に向かった18歳の少年は教室で銃を乱射し、19人の学童と2人の教師を殺害した。7歳から10歳の学童が犠牲になった。現場から逃亡した容疑者は、警察官によって銃殺された。後に行われた調査で、地元警察の初動対応のまずさが犠牲者を増やす結果となったとして、警察署長は解任された。

 小さな町ユバルディの人口の80%がヒスパニック系の住民で、貧しい地域である。容疑者もヒスパニック系の少年であった。事件の背景に地域の貧困が存在したと指摘されている。この1年間、アメリカでは20歳以下の若者が起こした銃による殺人事件は前年比で約30%増えている。社会的な荒廃が若者に大きな影響を与えている。

■ 増加傾向にある銃乱射による大量殺害事件

 「銃乱射事件(the mass shooting)」はアメリカでは常態化している。最初に注目されたのは、1966年8月にテキサス大学オースチン校で元海兵隊員が銃を乱射し、15人が死亡し、31人が負傷した事件である。2017年10月にはラスベガスでビジネスマンがホテルの32階の窓を破り、カントリー・ミュージック祭に参加している人々に向かって銃を乱射し、58名が死亡し、887人が負傷を負った事件が起こっている。こうした事件の発生を受けて、アメリカでは銃乱射に関するデータベースが作られた。最も包括的な統計を発表しているのは「The Violence Project」である。同統計によると、銃乱射事件は近年、増加傾向にある。

 米議会調査局によると「銃乱射事件」は「4人以上の犠牲者が出た事件」と定義されている。この定義からすると、アメリカ全土で起こっている銃を使った殺人事件のうち銃乱射事件は1%に満たない。だが、その悲惨さから、社会的に深刻な影響を与えている。

 銃乱射事件が起こっている場所は、職場が一番多い(全体の30%以上)。次いでスーパーなどの小売店、レストラン、住宅、野外、教会、小中高校、大学と続く。職場での銃乱射事件が一番多いのは、犯人が元従業員で、解雇や職場での不満が乱射事件の要因となっているからである。激しい競争社会であるアメリカでは、多くの人々は心を病み、社会に絶望している。犯人の多くは精神疾患を抱えているという報告もある。銃乱射事件の背景には、そうした病めるアメリカが存在している。

 犯人はどのようにして銃を入手しているのか。犯人の50%は合法的に銃を購入している。不法に購入した件数は18%、盗んだ件数は12%である。アメリカでは銃保有は憲法が認めた権利であり、州によって規制は異なるが、基本的に自由に購入できる。銃乱射事件が起こるたびに、銃規制の論議が高まるが、それもすぐ立ち消えとなってしまう。また銃規制強化について議論しても、銃保有を禁止する議論はまったくと言って良いほど行われない。

■ 最初の学校での銃撃事件は1853年に起こっている

 銃乱射事件の中で最も悲惨なのは「学校における銃乱射事件(school shooting)」である。まったく抵抗できない児童や生徒が、校内で射殺されるという状況は日本では想像できない。アメリカでの学校での銃乱射事件の歴史は古い。ワシントン・ポスト紙によると、最初の学校における銃乱射事件は1853年に起こった(2022年5月25日、「The First U.S. school shooting was in 1853. Its victim was a teacher」)。1853年11月2日、ケンタッキー州ルイスビルの高等学校で朝礼が開かれているとき、マット・ワードという若者が校内に入ってきて、ある教師に出てくるように要求した。28歳の犯人は上着のポケットに隠し持っていたピストルを取り出し、教師の胸を撃った。教師は医者の介護を受けたが、数時間後に死亡した。同紙は「この攻撃は記録に残されている最初の学校での銃撃事件である」と書いている。犯行の動機は、犯人の弟が教師に皮の鞭で叩かれたということであった。犯人は犯行当日の朝、2丁のピストルを購入している。

 被告の父親は裕福で、裁判では著名な弁護士を多数雇って弁護にあたった。1854年4月に陪審員は被告を無罪とした。これに激怒した住民8000人が、被告が住む家を襲い、火をつけた。被告はケンタッキー州に持つプランテーションに逃げ出した。1862年9月にワードは奴隷を盗もうとプランテーションに侵入したグループによって殺害された。同紙は「彼は銃弾によって殺された」と、皮肉を込めて書いている。まるで映画や小説のような顛末であった。

■ 犠牲者が多かった学校での過去の銃撃事件

 小中高校で起きた銃撃事件で最大の被害者を出したのは、2012年にコネチカット州の小学校で起きた事件で、学童20人、教師6人の計26人が犠牲者となった。また2018年にはフロリダ州の高校での乱射事件で教師を含む17名が犠牲となった。1999年にコロラド州の高校で起きた事件では15名が殺害されている。2018年にテキサス州の高校で起きた事件では10名が殺害された。今回のテキサス州の事件は、死者の数でいえば過去2番目に多い事件である。

 「K-12学校乱射事件データベース」によると、1970年から2022年1月までに1924件の学校乱射事件が起こっている。過去最高だったのは2021年の249件である。休みの日を考慮すれば、ほぼ毎日、学校で乱射事件が起こっているのである。70年以降、銃によって殺害された児童・生徒の数は637人、負傷者は1734人に達している。2018年の死者の数は51人で、年間としては過去最高であった。

 銃乱射が行われた場所は、校庭が1086件、教室内が672件であった。発生した時間は、午前中が約18%を占め、次がスポーツ・イベントの最中、放課後である。約37%が、生徒同士の喧嘩が発展して銃発射事件になったものだ。こうした事件の背景には、生徒が銃を学校に持ち込んでいることがある。犠牲者のうち男子生徒が1729人、女子生徒が515名である。

 今回のテキサス州の事件のように外部から乱入し、銃を乱射するというよりも、学校内で生徒の争いが銃による事件を引き起こしているケースの方が多い。887件(43%)の犯人は在校生である。409件は学外の人物によるものである。犯人は圧倒的に男子生徒で、その数1737人であった。女子生徒は79名である。事件の原因は、984件はイジメなどで、特定の生徒を狙ったものである。手あたり次第に乱射した事件は278件であった。

 犯人の年齢は17歳が最も多く、次いで16歳、15歳と続く。それは銃乱射事件の多くは中学校と高等学校で起こっていることを意味する。今回のテキサスの事件のように小学校が現場となるケースは少ないが、その場合は部外者が犯人である例が多く、特定の相手を攻撃するのではなく、手あたり次第に攻撃を加える傾向があり、その結果、犠牲者の数も多くなる。

■ 銃乱射事件の背景にある世界最大の銃保有国アメリカ

 生徒が銃を学校に持ち込むという状況は日本では理解しがたいが、その背後には銃社会アメリカの現実がある。アメリカは世界最大の銃保有国である。テキサスのような南部の州では、親が子供に銃の撃ち方を教えることが普通に行われている。しかも自宅に銃が置いてあるため、生徒が学校に銃を持ち込み、銃乱射事件を引き起こす一因になっている。2021年の『ナショナル・ファイヤーアーム調査』によると、アメリカ人の32%、人数にすると18歳以上の成人8140万人が銃を保有している。アメリカの銃保有数は4億丁を越えており、民間はそのうちの98%、3億9300万丁の銃を保有している。100人当たり120丁の計算になる。多くの家庭は、複数の銃を保有している。家庭の約41%が家に銃を置いている。ギャラップ社の調査では、その比率は44%である。その結果、家で子供たちが銃で遊んでいて暴発する事故や、学校に銃を持ち込むことが頻繁に起こっている。

 アメリカでは銃購入の際、犯罪歴や精神疾患に関するチェックが行われている。ただ州によって規制はまちまちで、十分なチェックを行っていない州もある。メール・オーダーを利用して他州から購入することも可能である。FBIの調査では、2020年に合法的に購入された銃の数は過去最高の約4000万丁に達している。非合法に調達される銃の数も多く、実際の銃購入の数は公式の数を大きく上回っていることは間違いない。

 銃購入の増加の背後に、新型コロナ感染拡大があるとの指摘もある。大都市を中心に銃による殺人事件が増加しているため、多くの人は護身用に銃を求めている。2019年1月から2021年4月の間に初めて銃を買った人の数は1700万人に達している。

■ 進まぬ銃規制、最高裁は自由な御釘での自由な銃携帯を容認

 銃が容易に手にはいることが学校での銃乱射事件の背景にあることは間違いない。それにも拘わらず、アメリカでは銃所有を禁止することはできない。悲劇的な事件が起こるたびに銃規制を巡って議論が行われる。銃規制を強化すべきだと主張するグループと、銃保有は憲法が認めた国民の権利であると主張するグループの間で終わりのない議論が繰り返されてきた。

 また銃規制を強化すべきだと主張するグループも決して銃保有を全面的に禁止せよとは主張しない。せいぜい銃購入に際してバックグラウンド・チェックの強化を求めたり、殺傷力の大きい銃の保有を禁止する程度である。バイデン大統領はテキサスの小学校乱射事件の後、国民に銃規制のために立ち上がるべきだと訴えた。一部の共和党議員の賛成を得て米議会は銃規制強化の法案を可決したが、その内容はバックグラウンド・チェックの時間を確保するために銃購入に10日間の猶予を置くというもので、銃問題に対する本質的な解決策は盛り込まれていない。

 それどころか事件後の6月に最高裁はニューヨーク州の銃保有許可制は違法であるという判断を下している。同州の法律では、家の外に銃を携帯する場合、許可を得なければならない。だが同州のライフル協会が、この規制は違憲であるとの訴訟を起こした。最高裁の判決で銃携帯はより自由になる可能性もある。

■ 対立する学校の安全確保を巡る問題

 ユバルディ小学校での銃乱射事件後、父兄の学校の安全に対する懸念が強まっている。CBSニュースの世論調査(2022年6月5日実施)では、子供たちが通う学校で銃乱射事件が起こる懸念を抱いているかとの問いに、35%が「非常に心配している」、37%が「懸念している」と答えている。まったく懸念していないと答えたのは、わずか9%に過ぎない。

 こうした保護者の懸念の高まりを背景に州政府や自治体で様々な対応策が講じられている。銃規制が期待できない以上、学校が独自に対策を講じるしか校内での銃事件を阻止する方法はない。銃乱射事件が起きたウバルディ小学校は20年8月に銃を持った不審者が校内に侵入した場合を想定して、訓練を行っていた。また同校は校内安全のための予算を倍増していた。それでも事件を阻止することはできなかった。

 事件後、テキサス州ダラス市の教育委員会は、銃の校内への持ち込みを阻止するために全中高生に透明かメッシュのカバンを使うように指示している。既に多くの学校では、生徒による銃持ち込みを阻止するために校舎の入り口に金属探知機を設置している。だが今回の事件のように外部者が侵入してくる場合、十分な対応はできない。そうした中で出てきたのが“教師の武装化論”である。

 銃規制に反対する保守派グループは、学校乱射事件に対する解決策は教師の武装化であると一貫して主張している。教師の武装化は、2012年のテキサス州の小学校での銃乱射事件以降、最初にテキサス州で導入されている。同州では、80時間の訓練を受けた教師に校内での銃携帯を認めている。また2018年のフロリダ州の学校での銃乱射事件後、フロリダ州でも教師の銃携帯を認める法律を制定している。その後も教師武装を導入する州は増え、シンクタンクのランド・コーポレーションが2020年に行った調査では、少なくとも28州が条件付きであるが、教師の校内での銃携帯を認めている。

勢いを増す保守派の教師の武装化論

 現在、幾つかの州は教師の学校での銃に関する様々なルールを定めている。アイダホ州やフロリダ州など9州は、教育委員会や校長が許可した場合、教師は校内に銃を持ち込むことを認めている。ミズリー州やカンサス州など7州は、教師に銃携帯のライセンスを取ることを義務化している。フロリダ州やオクラホマ州など7州は教師に銃使用の訓練を受けることを義務化している。

 今回の事件を受け、保守派はさらに強硬な主張を行っている。テキサス州のケン・パクストン司法長官は事件直後、「我々は悪人が悪事をすることを阻止できない。銃乱射に迅速に対応するために教師や学校の管理者を訓練し、武装すべきだ」と、教師の銃携帯を現行より容易にするよう主張している。

 こうした主張を受け、共和党議員が州議会の多数派を占めるオハイオ州とルイジアナ州は、教員や管理者が校内で銃を携帯できるように法律を改正する動きを見せている。2019年に17人の生徒が死亡する銃事件が起こったオハイオ州では、教師は従来、銃を携帯するためには700時間の訓練を受けることを義務付けていた。これは実質的に教師の銃携帯を禁止する意味合いがあった。しかし、ユバルディ小学校の事件を受け、必要な訓練時間を24時間以内に短縮し、教師がより自由に銃を携帯できるように法律を改正している。さらに提案された法案では、武装した教員は毎年8時間の訓練を受けることを求めている。

 ただオハイオ州知事は「この法律は教師やスタッフに銃携帯を義務付けるものではない。すべて学校が独自に判断すべきである」と語っている。同州のクリーブランド市長は「同市は引き続き教師の学校への銃持ち込み禁止を継続する」と、州の規則変更に同調しない意向を示している。

 ルイジアナ州では、マイク・デワイン知事は州議会に対して教育委員会が校内の安全を保つために武装すべき教師を決定する権限を付与する法案を可決するように求めている。共和党の有力議員のマイク・ブラウン上院議員は「もし教師や職員が進んで訓練を受けるのなら、彼らが銃を携帯することに反対しない」と、教師の武装化を支持している。またテッド・クルーズ上院議員は「学校の出入り口を一か所にして、ドアは防弾にし、各ドアに1人武装した警官を配備すべきだ」と主張している。

 2018年、当時のトランプ大統領は、全国ライフル協会の会合で「武装した教師にボーナスを支払うべきだ」と発言している。さらにユバルディ小学校事件から数日後にヒューストンで開かれた全国ライフル協会の会合で、トランプ前大統領は同じ趣旨の発言を行っている。そうした発言は、保守派の主張を反映したものである。

■ リベラル派の教師の武装化に反対する論拠

 こうした銃規制反対派の主張に対して、教員の側から反対意見が出ている。テキサス州の教員団体は「教員の武装化よりも、いかに学校から銃を排除するかが問題だ」と州政府の動きを批判している。ナショナル・エデュケーション・アソシエーションのベッキー・プリングル会長は声明の中で「多くの銃を学校に持ち込むのは学校をもっと危険な場所にし、生徒や教師を銃の暴力から守る効果はない」と教員の武装化に反対している。上院院内総務チャック・シューマー上院議員など多くの民主党議員も教員の武装化に反対する発言を行っている。

 学校の安全確保を巡る問題で、銃規制強化に反対する保守派と銃規制強化を主張するリベラル派の対立が学校現場に持ち込まれている。ある論者の「教師を武装化することは、最終的に教師が生徒を銃撃する存在になるかもしれない」という言葉は印象的である。これは、アメリカ社会の苦悩と悲劇を表現するものである。

ジャーナリスト

1971年国際基督教大学卒業、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)、東洋経済新報社編集委員を経て、フリー・ジャーナリスト。アメリカの政治、経済、文化問題について執筆。80~81年のフルブライト・ジャーナリスト。ハーバード大学ケネディ政治大学院研究員、ハワイの東西センター・ジェファーソン・フェロー、ワシントン大学(セントルイス)客員教授。東洋英和女学院大教授、同副学長を経て現職。国際基督教大、日本女子大、武蔵大、成蹊大非常勤講師。アメリカ政治思想、日米経済論、マクロ経済、金融論を担当。著書に『アメリカ保守革命』(中央公論新社)など。contact:nakaoka@pep.ne.jp

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