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コロンビア大学紛争の真相(1):「親パレスチナ派」の学生組織の実態、彼らが本当に目指したものは何か

中岡望ジャーナリスト
コロンビア大学の構内にテントを張って「野営地」を作った親パレスチナ派の学生(写真:ロイター/アフロ)

連載(2)「なぜコロンビア大学は警官の出動を要請したのか」へのリンク

【目 次】(本文字数:約6000字)

■「ハミルトン・ホール」でコロンビア大学の歴史が作られる/■コロンビア大学の「親パレスチナ学生組織」が抗議活動を組織化/■親パレスチナ学生組織は何を要求してたのか/■大学キャンパスで活発化する「反ユダヤ主義」の動き/■下院公聴会で議論された「反ユダヤ主義」/

■「ハミルトン・ホール」でコロンビア大学の歴史が作られる

 2024年4月30日、コロンビア大学の学生が校内にある「ハミルトン・ホール」を占拠した。これに対してコロンビア大学のミヌーシュ・シャフィク学長は、ニューヨーク市警に学生の排除を要請した。要請を受けたニューヨーク市警は午後9時半に学生が立て籠もるハミルトン・ホールに突入した。このニュースを聞いた時、筆者がまず思い出したのは、1968年4月23日にコロンビア大学で起こった事件である。ベトナム戦争反対と当時貧困街であったハーレムの近くに大学の体育館を建設することに反対する学生1000人が、校内の5つの建物を占拠する事件が起きた。ベトナム戦争での死者数は3万5000人を越え、2700万人の若者は徴兵に怯えていた。コロンビア大学の学生の行動は、若者の怒りと不安を表現したもので、アメリカの学生運動の流れを変えた。

 学生たちはハミルトン・ホールに1週間立て籠った。4月23日に大学の要請を受け、ニューヨーク市警がハミルトン・ホールに突入し、学生を排除した。その様子は映画『いちご白書』で描かれている。映画では、学生たちはホールの床に円陣を組んで座り、床を叩きながら、その音に合わせて合唱する場面がある。そこに警察官が突入するところで、映画は終わる。感動的なシーンであったと、今も鮮明に覚えている。だが、現実は、そこで終わらない。警察官の突入後、ハミルトン・ホールを占拠していた学生は抵抗し、多くの学生は負傷し、720人の学生が逮捕された。その後も大学では1カ月にわたってストが行われた。

 同様な事件は、1972年、1985年、1996年にも起きている。1972年4月、ベトナム反戦を訴える学生がハミルトン・ホールの入り口に机などを積み上げ、バリケードを作り、籠城した。早朝、地下通路から警察が突入した。だが、この時は幸いに負傷した学生や逮捕された学生は出なかった。1985年4月には約150名の学生が、大学にアパルトヘイト政策(黒人隔離政策)を行う南アフリカに対する支援や協力の停止を要求して、ハミルトン・ホールを約3週間に渡って閉鎖した。学生たちは、当時投獄中であった南アフリカの指導者ネルソン・マンデラの名を取って、同ホールを「マンデラ・ホール」と呼んだ。裁判所が学生にホールを閉鎖していたチェーンや南京錠の撤去を命じ、学生がそれに従ったことで事態は収拾された。

 1996年4月には約100人の学生が4日間、ハミルトン・ホールを占拠し、大学に倫理学部の設立を要求した。学生と大学は最終的に合意に達し、大学は少数民族の教員を増やし、アジア・ヒスパニック研究の専門教室を提供する約束をした。

 期せずして、これらの事件はすべて4月にハミルトン・ホールを舞台に起こっている。今回も学生と大学の対立も4月に起こり、ハミルトン・ホールが舞台となった。

■コロンビア大学の「親パレスチナ学生組織」が抗議活動を組織化

 コロンビア大学では、ベトナム反戦運動や南アフリカのアパルトヘイトに反対する学生運動が活発に行われた。その流れを汲む組織が現在も存在している。「コロンビア大学アパルトヘイト・ダイベスト(Columbia University Apartheid Divest)」と呼ばれる学生組織である。使命は以前とは変わり、同組織のホームページには、「解放されたパレスチナとイスラエルのアパルトヘイトの終焉に向けて活動する学生団体の連合体で、コロンビア大学にイスラエルのすべての経済的および学術的な関係を清算させることを目的とする」と書かれている。学生は、かつての南アフリカが黒人を「アパルトヘイト(人種隔離)」したとして批判したように、現在ではイスラエルがパレスチナ人を「アパルトヘイト(人種隔離)」していると主張している。彼らは、大学にイスラエルとの関係を断ち切ることを求めている。「ダイベスト(Divest)」は「投資を回収する」という意味である。

 その他にもコロンビア大学には親パレスチナの学生組織として「パレスチナの正義のための学生(Students for Justice in Palestina( SJP))」や「平和のためのユダヤ人の声(Jewish Voice for Peace)」などが存在している。

 2023年10月7日、「イスラエル・ハマス戦争」が始まった。大学の親パレスチナ組織は、バイデン政権のイスラエル政策を批判し始めた。イスラエル軍によるガザ地区への非人道的な攻撃が学生運動に火を付けた。コロンビア大学では、「パレスチナの正義のための学生」が中心となって、他の親パレスチナ組織と連携して4月17日に「ガザと連帯する野営地(Gaza Solidarity Encampment)」という組織を結成し、校内に40のテントを設営した。彼らは、それを「野営地(Encampment)」と呼んだ。

 さらに4月20日、「パレスチナの正義のための学生」は、学生、職員教師に「Popular University for Gaza」に加わり、「大学を支配し、大学にダイベスト(イスラエルとの関係を断ち切ること)を行うように強制すべきだ」と呼び掛けた。4月22日、「パレスチナの正義のための学生」の全国組織は「Popular University for Gazaの使命」と題する文章を発表した。その中に「我々学生は大学の権力を掌握する。Popular University for Gazaを通して、我々は大量動員した学生を持続的かつ具体的な権力へと変える。我々は、パレスチナが自由になるまで、大学の支配権を掌握する」と書かれている。この文章から明らかなように、今回の学生運動は単なる「パレスチナの停戦」や「パレスチナの平和」を求める運動ではなく、イスラエルを全否定する、明確な「政治闘争」を目指している。彼らは、ハマスの兵士を「自由の戦士」と呼んでいる。

 この運動に加わった組織は、上記以外に「American Muslims for Palestine」「Palestine Action」「Palestine Youth Movement」「Party for Socialism and Liberation」「Students for Democratic Society」「Young Democratic Socialist of America」などである。そして「野営地」は全国の大学へと広がっていった。4月22日までに各地の大学に13の「野営地」が設営された。26日までに、その数は22州で53を超えた。

■親パレスチナ学生組織は何を要求していたのか

 「野営地」運動に参加した学生は、大学に対して「イスラエルの企業や大学との関係を断つダイベスト」を要求した。この要求は、上述したように「コロンビア大学アパルトヘイト・ダイベスト」が従来から要求していたものである。今回も、大学に対してイスラエル企業やイスラエルに武器を売っている軍事産業への投資や、そうした企業からの寄付の受け取りの拒否、イスラエルの大学との協力関係を断つことを要求した。さらに大学基金にアルコールやタバコ、石炭、石油などに関連する企業への投資を中止することも要求した。彼らは、こうしたイスラエル企業との関係や投資の中止を「disinvestment(ダイベストメント)」と呼んでいる。

 コロンビア大学の基金の額は明らかにされていないが、巨額の基金を持っていることは間違いない。ちなみに最大の大学基金を持つのはハーバード大学で、その額は約500億ドルに達している。基金の運用益が大学経営に使われている。さらに昨年だけで企業や個人の大学への寄付金総額は136億ドルに達している。学生は、こうした大学経営の在り方の見直しも求めていた。コロンビア大学の理事会は、こうした学生の要求を巡って学生側と交渉を行っていた。

 ただイスラエル関連企業への大学の投資の実態は不明である。『ワシントン・ポスト』は「アメリカの大学基金がどこに投資しているかについて、学生たちはほとんど情報を持っていなかったにも拘わらず、そうした要求を始めた」と書いている(2024年5月2日、「University Endowments show few signs of direct Israel, defense holdings」)。さらに「イスラエルで事業を行う企業への資金提供の打ち切りは難しい」という専門家の発言を紹介している。1980年代に学生たちは南アフリカのアパルトヘイト政策を転換させるために大学に働きかけ、155の大学が南アフリカ関係へ投資を売却した。そうした“成功体験”が今回の要求の背後にあると想像される、だが、現実には「大学基金がイスラエルに対する投資を避けることははるかに難しい」と、資産運用の専門家は語っている。

 さらに「ダイベストメントの有効性に関する調査では、企業や企業の慣行に与える効果を示す証拠はほとんどない」と専門家は指摘している。ちなみに、アメリカの株式市場に上場しているイスラエル企業は約120社で、全体の1.5%に過ぎない。逆にイスラエルで事業を展開するアメリカ企業は多い。ただ、こうした企業のイスラエルでの事業を阻止することは事実上不可能である。

 もう一つの学生の要求は、「イスラエルの大学との留学プログラムやフェローシップ、共同セミナー、研究協力などのすべての教育、研究協力を中止」することである。コロンビア大学はテルアビブ大学と二重学位プログラムを実施している。またテルアビブ大学に「グローバル・センター」のサテライト・キャンパスの建設を計画しているが、まだ着工も始まっていない。ただイスラエルの大学や学生がすべてイスラエルの政策を支持しているわけではない。大学間の協力関係を断ち切ることが、どれだけのイスラエルに圧力を掛けることになるのか疑わしい。抗議学生にとって、政治的目的を達することが重要で、そうした正確な分析は必要ないのかもしれない。

 「パレスチナの正義のための学生」の主張は「イスラエルの殲滅」を意味していると言っても過言ではない。彼らは10月7日にハマスによるイスラエル人の虐殺とイスラエルの市民の誘拐を支持する声明を出している。

■大学キャンパスで活発化する「反ユダヤ主義」の動き

 問題は複雑である。親パレスチナ派の学生の「反ユダヤ主義」的発言や行動が問題となっている。運動の指導者が公然と反ユダヤ主義の発言を繰り返している。たとえば、「シオニストは生きるに値しない」とか、「シオニストは殺されないだけで感謝すべきだ」といった過激な発言が伝えられた。「シオニスト」とは、パレスチナの地にユダヤ人の国家を建設すると主張する「ユダヤ民族主義者」を指す。大学は、そうした過激な発言を行った学生の指導者をキャンパスから追放する措置を講じた。

 こうした発言は、単にイスラエル・ハマス戦争が発端となって出てきたわけではない。ここ数年、大学だけでなく、アメリカ国内でも「反ユダヤ主義」の動きが顕著になっている。ブランダイス大学の調査は「調査したユダヤ人学生の大多数がキャンパスでユダヤ人やイスラエルに対する敵意が存在していると答えている」と指摘している(2023年12月、「In the Shadow of War: Hotspots of Antisemitism on US College Campuses」)。コロンビア大学も例外ではない。人権団体の「アメリカン・デフォメーション・リーグ(American Deformation League)」は、全米で80の大学で「野営地」が設営され、「一部の学生はハマスのテロ行為を支持し、イスラエルへの攻撃を強めることを求めている」と指摘している(2024年5月1日、「Campus Antisemitism Surges Amid Encampment and Related Protests at Columbia and Other U.S. Colleges」)。さらに「多くの抗議者は大学からシオニストを排除することを求めている。こうした行動や発言は、既に反ユダヤ主義で困難な状況に置かれているユダヤ人学生をさらに疎外することになる」と書いている。

 こうした動きの中でコロンビア大学の抗議運動は過激化していった。4月20日、親パレスチナの学生たちは、「世界蜂起(Intifada=インティファーダ=蜂起)のために戦え」とうスローガンを書いた看板を掲げ、「唯一の解決策はインティファーダであり、革命である(There is only one solution: Intifada, revolution) 」、「インティファーダを世界に広げよ(Globalize Intifada)」、「インティファーダ万歳」というスローガンを叫んだ。また「シオニズムを破壊せよ」「シオニストを容赦なく追いかけろ」といったスローガンも聞かれた。こうしたスローガンは「ユダヤ人を絶滅せよ」という意味合いを持っている。学生の一部は、ユダヤ人学生に対して「ポーランドへ帰れ」と罵声を浴びせた。

■下院公聴会で議論された「反ユダヤ主義」

 そんな緊張した状況の中で、4月17日、シャフィク学長は下院公聴会で学内における「反ユダヤ主義」に関する証言を行った。下院公聴会は「コロンビア大学では反ユダヤ主義的な暴行、嫌がらせ、破壊行為が行われている」という理由から、学長と理事を招聘して開かれた。

 公聴会出席に先立って学長は学内向けに声明を発表している。「10月7日は、2001年9月⒒日と同じように、世界を変えた日でした。イスラエルでのハマスの恐ろしいテロ攻撃や、それがコロンビア大学などの大学やアメリカ社会全体へ大きな影響与えると予想した者は誰もいませんでした」という言葉で声明は始まり、「より複雑な問題は親パレスチナの抗議者の言論の自由の権利と、これらの抗議運動がユダヤ人学生とその支持者に与える影響の間の対立でした」と、大学が厳しい選択を迫られた状況について語っている。

 そして「いつ、どこで、どのような種類の言論が保護され、どのような種類の言論が保護されなかったのか。どのようなルールに違反したのか、どのような懲罰手続きが必要で、どのような状況で懲罰が正当化されるのか。答えは簡単ではありません」と、大学の置かれた苦しい立場を訴えている。「反ユダヤ主義を根絶するのは、ユダヤ人の責任ではなく、私たち全員の仕事です。私たちは、この恐ろしい憎しみと緊急かつ容赦なく戦わなければならない。教育の提供者である大学は、あらゆる形の差別と闘うリーダーでなければなりません。スローガンから教育、コミュニティ、思いやり、良識へ焦点を移し、より良い社会の規範となる市民を形作ることができるのです」と、大学関係者に訴えた。

 イスラエル・ハマス戦争が始まって以降、大学で反ユダヤ主義的な行動と発言が急激に増えた。同学長は公聴会で「こうした動きは容認しないし、容認できない。この半年間、私たちはできる限りのことをした。大学の方針を変えるためにたゆまぬ努力をしてきた」と語っている。民主党のスザンヌ・ボナミチ議員が「ユダヤ人の大量虐殺を呼び掛けることは、コロンビア大学の行動規範に反することか」と聞くと、同学長は「はい、その通りです」と答えた。同大学のクレア・シップマン理事は「大学は道徳的危機に直面している」と、大学の置かれた状況の厳しさを語った。そして、大学内に「反ユダヤ主義に関するタスクフォース」を設立したことを説明した。同時に反ユダヤ主義的発言をした教師の責任を問うことを約束した。さらに未許可で抗議活動に参加した学生を停学処分にしたことを付け加えた。

 だが、シャフィク学長の訴えは、抗議学生の心には届かなかった。大学の措置に反発した学生は、4月30日の12時30分頃、大学との交渉が決裂したため、ハミルトン・ホールを占拠し、金属製の柵と教室から持ち出した机などで入り口を塞いだ。5分でホールは完全に封鎖され、誰も出入りできなくなった。学生はパレスチナの旗を掲げ、「Gaza Calls, Colombia Falls(ガザは求め、コロンビアは崩壊した)」と書かれた幕を垂れた。これに対してシャフィク学長は、運動に参加した学生がキャンパス内に入ることを無期限に禁止する措置を取った。さらに同学長は、ニューヨーク市警に「ハミルトン・ホールとテントで野営しているすべての学生を排除する」権限を与えた。ちなみにアメリカの大学は通常キャンパス・ポリスを置き、校内の治安を維持している。外部から警察は介入できず、大学の要請を受けて、初めて校内に入ることが許される。

 午後9時半にニューヨーク市警はハミルトン・ホールに突入した。

 (2)では、大学と学生の間の交渉から、警官突入に至る詳細な過程と、この問題の持つ意味について説明する。

ジャーナリスト

1971年国際基督教大学卒業、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)、東洋経済新報社編集委員を経て、フリー・ジャーナリスト。アメリカの政治、経済、文化問題について執筆。80~81年のフルブライト・ジャーナリスト。ハーバード大学ケネディ政治大学院研究員、ハワイの東西センター・ジェファーソン・フェロー、ワシントン大学(セントルイス)客員教授。東洋英和女学院大教授、同副学長を経て現職。国際基督教大、日本女子大、武蔵大、成蹊大非常勤講師。アメリカ政治思想、日米経済論、マクロ経済、金融論を担当。著書に『アメリカ保守革命』(中央公論新社)など。contact:nakaoka@pep.ne.jp

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