日本一の代打の神様・川端慎吾の妹、川端友紀が女子野球クラブチーム「九州ハニーズ」を立ち上げた【後編】
女子野球のクラブチーム「九州ハニーズ」を立ち上げたのは、元女子プロ野球選手で侍ジャパン女子代表の川端友紀選手だ。埼玉アストライア、エイジェックでの戦友・楢岡美和選手とともに連日、準備に駆け回っている。
女子プロ野球で一度は現役引退を決意した川端選手だったが、その後、彼女の身に何が起きたのか。なぜ復帰し、現役を続けているのか。前回の続きをお届けしよう。(前編はコチラ)
■現役復帰を決めた言葉とは
女子プロ野球を引退した時点では、後のことはまったく何も決まっていなかった。進む道を模索すべく、しばらく充電期間に充てていた。
各方面からは「監督どうですか」「指導者してください」とさまざまなオファーが届く。そんな日々の中、ふと、「お兄ちゃん(東京ヤクルトスワローズ・川端慎吾選手)の自主トレを覗いてみよう」と思い立ち、遊び気分で愛媛県は松山の坊ちゃんスタジアムを訪れた。
そこで「今年から独立リーグ・栃木ゴールデンブレーブスの監督になる」という元読売ジャイアンツの寺内崇幸氏から「(栃木ゴールデンブレーブスの運営母体である)エイジェック、女子野球もあるみたいだよ」と告げられ、繋いでもらうことになった。
話を聞きにいき、出会ったのがエイジェック女子硬式野球部GM(2020年から同ヘッドコーチ)の宮地克彦氏だった。話をする中で、就任したばかりで女子野球をまったく知らないという宮地氏から「スライディングできるの?」と問われた。
衝撃だった。と同時に、とてつもなく悔しさがこみ上げてきた。
「これだけ9年間、女子プロ野球をやってきて普及活動も頑張ってきたつもりだったけど、やっぱり知らない人は『女子の野球』って聞いただけで、こういう考えっていうか、こういう気持ちで見ちゃうんだなっていうのがあった」。
指導者のオファーを受けるつもりで来たが、悔しさのあまり選手として見返してやりたいと、心の中で炎がメラメラと燃え上がった。環境も待遇もよく、施設や練習を見学したときにも少し揺らいだ心が、宮地GMの言葉で完全に振りきった。
「正直、現役復帰を最後決めたのはそこでしたね(笑)。『くっそー!』って思って(笑)」。
思い返せば、運動を再開したときも国体で負けた悔しさからだった。川端選手の転機には必ず、“悔しさの炎”が燃え盛る。
そして、選手兼任打撃ヘッドコーチ(2020年は兼任コーチ)として3年間、エイジェックで存分にプレーした。「すごくいろんなことを学ばせてもらいながら3年間できた」と、充実した毎日だった。
心配していた腰も、「試合数の違いもあると思うけど、トレーニング法やケアの仕方を試行錯誤した」と徐々に状態がよくなり、昨季はほぼケガなくシーズンを戦うことができた。自分でも驚くほどだという。
■将来は監督も
宮地GMもだんだんと女子野球への理解を深め、「今では『女子野球にハマッてしまった』『女子を教えたい』って言ってくれて」と、九州ハニーズの初代監督に就任することになったのだから、おもしろいものだ。
しかし、ここまで意識を転換させたのは、川端選手はじめ女子選手たちの頑張りとスキルの高さにあるのは間違いない。
「そこはちょっと見返せて、よかったかなと思います」。そう言って、川端選手はいたずらっぽく笑った。
宮地氏が監督を引き受けてくれたことには感謝しているという。川端選手自身も「いずれは監督に…」という意気込みはあるものの、今は「まだまだ勉強しないといけない」と、その時期ではないと考えている。なにより運営に関わるほかの業務が多忙すぎ、物理的にも難しい。
しかしきっと近い将来、“その時期”は訪れるだろう。
■尊敬してやまない父と兄
チーム立ち上げについて、父・末吉さんは「おまえの好きにしたらいいんちゃうか」と背中を押してくれた。心配でないはずはないが、それでも「思うようにやってみたらいいんちゃうか」と応援してくれることがなにより嬉しい。
子どものころから父が監督をしている姿を見てきた。自身が小学生のころは兄とともに所属していた貝塚リトルの監督を、そして現在は貝塚ヤングの監督として多くの選手を育成し、その教え子たちに慕われている。
昨年のプロ野球ドラフト会議では貝塚ヤングの卒団生が2人、1位指名を受けた(横浜DeNAベイスターズ・小園健太投手、千葉ロッテマリーンズ・松川虎生捕手)。中学時代、父が手塩にかけて育てたバッテリーだ。
そんな末吉さんを父としてはもちろん、指導者としても心から尊敬している。
「わたし自身も今後、女子野球の指導者としてもやっていきたいなっていうのは、やっぱり父の影響が大きい。だから、『挑戦してみたらいいんちゃうか』って言ってくれたのは、すごくありがたかった」と、感謝の念は尽きない。
兄・慎吾選手はかつて「リーグ2位でほぼ4割なんて、ほんますごいよね」と、嬉しそうに“妹自慢”をしていたが、妹にとっても自慢の兄だ。昨季の日本シリーズはテレビの前で応援し、日本一を決めた代打での決勝打には感動した。そして改めて畏敬の念を深めた。
「小っちゃいときから何やっても勝てなくて…野球はとくに。ちょっとでも追いつこうと、どんだけ練習しても、さらに上をいってしまう。それも簡単にやっちゃうような感じで…。すごく悔しかったけど、やっぱりお兄ちゃんはすごいなと思いながら、ずっと追いかけてやってきた。『甲子園で活躍してプロ野球に入っても活躍できる選手になりたいです!』って小学校の卒業式で言ってたのを全部実行してきた」。
どんなに頑張っても追いつけない、その悔しさが妹の原動力になっていた。すごいお兄ちゃんがいたから頑張れたのだ。
「今でも背中を追いかけるというか、一緒に練習しててもバッティングの技術をちょっとでも盗めたらなと思いながらやってますね」。
兄もすごいが、妹もすごい。恐れ入るきょうだいだ。
「兄に直接『チーム作るよ』とは言ってないけど、両親から話は聞いていて、『どんな感じなん?』みたいに聞いてくれたりして、密かに応援してくれてるのかなって思う」。
家族は最大にして最強の味方だ。
■NPBの女子チームと昨夏の甲子園
現在、女子野球の競技人口は年々増加している。NPBでは埼玉西武ライオンズ、阪神タイガース、読売ジャイアンツが女子のクラブチームを立ち上げた。
「やっぱりNPBの力はすごい。『女子野球』って言ったら『巨人にできたよね』って一言目に出てくるくらい、これまで野球に興味なかった人でも知っている。女子野球の発展にはすごく前進したんじゃないのかなと思う。それと昨年の甲子園の影響も大きい」。
昨夏、女子の高校野球は決勝戦のみではあるが、初めて甲子園球場で開催された。ネット配信もされ、全国の野球ファンのみならず、多くの人の注目を集めた。
「甲子園でできたっていうのは女子野球界にとってもめちゃくちゃ大きいことだったし、わたし自身も嬉しかった。この波に乗って、女子野球を発展させていけたらいいなと思う」。
これらひとつひとつが、女子野球への関心や認知度を高めている。
■いつかはまたプロのリーグを・・・
しかし、その一方で昨年末、女子プロ野球リーグ(JWBL)が無期限の活動停止を発表した。
「ワールドカップも中止になって、女子選手にとって今は、なかなか目標となるところが見えにくい。『いつかプロのリーグで女子プロ野球選手になりたいです』って言ってくれてる女の子もいるので、そういう子たちが大人になったときにプロの世界があったらもっと発展するかな、もっといい選手が出てくるかなっていうのを想像している」。
女子選手が野球を続ける目標となる場所…それが女子プロ野球であってほしい、そういう夢が持てるようにしたい、というところまで考えている。
「今回のチーム発足で九州から女子野球を盛り上げていって、いつかはプロのリーグで、観客の入った球場でプレーしたいなという夢は持っている。子どもたちにそういう舞台を作ってあげたいし、そこに関わるひとりになりたいなっていう気持ちがありますね」。
先の先まで夢は大きく広がる。
■憧れられる選手でずっといたい
新年4日、貝塚ヤングの初練習に参加した川端選手は、父の教え子である貝塚ヤングのOG選手とともに汗を流した。ランニング、キャッチボールのあとは、交互にティーバッティングを行った。片手ティーで丁寧に感覚を確かめてから打つ。そんな川端選手のバッティングは相変わらず力強く美しい。また、相手が打つときにはアドバイスを送るなど、指導者の視点も忘れない。
カゴのボールをすべて打ち終え、散らばったボールを拾おうとした、そのときだ。強力な“助っ人”が現れ、さくさく~っとボールを集めてくれた。そして口から出た言葉が…!
「ゆきちゃんのタオル、3枚持ってるねん!」
瞳をキラキラと輝かせ、得意気に胸を張るその少女は小学3年生で、川端選手に憧れて野球を始めたという。川端選手が野球を始めたのも、ちょうどこれくらいの年ごろだ。
誇らしそうにお手伝いしてくれるその姿には、「野球だいすき」の気持ちがあふれていた。
そうなのだ。女子野球の普及、発展にもっとも寄与しているのが現役選手の姿なのだ。
川端選手は打ち立ててきた成績も素晴らしいが、幅広い年代から気軽に「ゆきちゃん」と呼ばれる親近感も持ち合わせている。川端選手の存在そのものが、競技人口拡大に大きな影響を与えている。
「憧れられる選手でずっといたいと思う。今回チームを立ち上げるにあたって、わたしと一緒に野球をやりたいと言ってくれる選手がいることがすごく嬉しくて。そういう憧れを持ってもらえるように、プレー面でも人としてももっと成長していきたい。そこを目標に、九州ハニーズに入りたいという選手を増やしたいし、そういう選手になりたい」。
ボール拾いを手伝ってくれた少女のような野球女子がどんどん増えることを願う。
■すべて“一(いち)”から
現在、今月29、30日のトライアウトに向けて準備に大忙しの毎日だ(トライアウト詳細)。それに加えて営業や細かい雑務など、やらなければならないことは山積している。
しかし川端選手はいつにも増してニコニコと楽しそうだ。
「チームを作っていくっていうのは、ほんとうに大変なことだし、難しいことばかり。でも、その中でやりがいを感じながら毎日過ごしてるんで、そこは楽しんでやれてるかなって感じです」。
九州で女子野球を普及、発展させていきたいという強い思いがあるから、力が湧いてくるのだ。
「九州で愛され、応援してもらえるように活動していきたい」。
強くて人気のある福岡ソフトバンクホークス、そのマスコットであるハニーにあやかって名づけた「九州ハニーズ」を、ホークスの妹分的な存在として認知されるよう、努力は惜しまないつもりだ。
女子プロ野球時代は、スワローズの青木宣親選手に憧れて背番号は「23」を選んだ。エイジェックでは空いておらず、そのままひっくり返して「32」を着けた。そして九州ハニーズでは「すべて“一(いち)”から」という決意を込めて、初めて1ケタの「1」を背負う。
川端友紀選手は今、最初の一歩を踏み出した。
【川端友紀*女子プロ野球での通算成績】
380試合 1398打席 1157打数 432安打(歴代2位) 2本塁打 192打点 98盗塁 198四球 69三振
打率.373 出塁率.467 長打率.505 OPS.972
首位打者3度(2010年、2011年、2013年)
*自己最高打率.431(2013年)
最高出塁率4度(2010年、2011年、2013年、2017年)
*自己最高出塁率.537(2013年)
最高長打率2度(2011年、2013年)
*自己最高長打率.631(2013年)
最多打点(2013年)
*自己最多打点34(2013年)
ベストナイン(遊撃手部門:2011年、2013年、二塁手部門:2017年)
ゴールデングラブ賞(二塁手部門:2017年)
ワールドカップ出場(2012年、2014年、2016年、2018年…第5回~第8回の4大会連続)
【九州ハニーズ】
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(撮影はすべて筆者)