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「見世物」として楽しむ、進撃する日曜劇場『小さな巨人』

碓井広義メディア文化評論家

ダスティン・ホフマンでも大村崑でもない“小さな巨人”

TBSの日曜劇場。今回、「小さな巨人」とは、なかなか大胆なタイトルを付けたものです。

まず、70年代初頭に公開された、ダスティン・ホフマン主演の映画が思い浮かびます。カスター将軍時代のアメリカで、シャイアン族に育てられた青年が、白人と戦う運命を背負うという物語。秀作ではありますが、かなり重たい内容でした。

そして次は2000年代まで流れていた、「オロナミンCは“小さな巨人”です!」のキャッチフレーズが忘れられない、大塚製薬のCMですね。懐かしい大村崑さん、今も「元気ハツラツ!」な85歳です。

このドラマでの「小さな巨人=見た目は小さな存在でも偉業を成し遂げた人」とは誰を指すのか。やはり主人公である香坂真一郎刑事(長谷川博己)でしょうか。長谷川さんで巨人ときたら、「進撃の巨人」になっちゃうけど、ま、いいか。

長谷川博己、満を持しての「日曜劇場」登場です。昨年NHKのBSプレミアムで放送された「獄門島」もよかったし、映画「シン・ゴジラ」でも存在感を示していました。しかし、独断と偏見による長谷川さんの代表作は、何と言っても「鈴木先生」(テレビ東京系、2011年)です。

鈴木先生から香坂先生へ

長谷川さんが演じた中学教師・鈴木先生のキャラが際立っていました。教育熱心といえば非常に熱心です。いつも生徒のことを考えているし、観察眼も鋭い。

しかし、それは教室を自分の教育理論の実験場だと思っているからであり、単なる熱血教師とは異なるのです。この「ちょっと変わった先生」が長谷川さんにドンピシャでした。また鈴木先生が巻き起こす、小さな“教育革命”も目を引きました。

さて、「小さな巨人」です。出世街道を順調に歩んでいた警視庁捜査一課の刑事・香坂(長谷川)が、上司である捜査一課長・小野田(香川照之)の策略で所轄署へと飛ばされます。

もしかしたら香坂が異動した所轄の芝署は、「鈴木先生」における担任クラスの2年A組なのかもしれません。たたき上げの渡部(安田顕、好演)や若手の中村(竜星涼)などの刑事は、いわば2Aの生徒たちです。少しずつ彼らの意識も、意欲も、変えていく香坂・・・。

となると、「鈴木先生」で土屋太鳳さんが演じていた、伝説の女子中学生・小川蘇美(おがわ そみ)は誰だ? クラスならぬ所属は違うけど、警視庁人事課の婦警・芳根京子さんか?

背後にはIT企業社長の誘拐事件、社長秘書の自殺、政治家のスキャンダルといった謎があります。しかしこのドラマは、それらの謎解きよりも香坂VS小野田、いや長谷川VS香川という役者同士の真っ向勝負こそが見所であり、それを楽しむ1本だと思います。

2人とも、オーバーとケレンの境目など気にせず、怒鳴り合いも、顔芸も、おひねりが飛んでくるまで大いにやり合えばいい(笑)。ドラマもまた本来は「見世物」なのですから。

とにかく2A、いや芝署の面々を巻き込みながら、 小さな巨人が“悪の巨人”に挑んでいく。進撃の小さな巨人だ。

がんばれ、香坂先生! 負けるな、長谷川先生!

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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