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トランプの研究(6):控訴裁判所での大統領令を巡る訴訟でトランプ大統領敗北、トランプ政権に大きな打撃

中岡望ジャーナリスト
裁判の焦点は最高裁に移る(最高裁の建物)(写真:ロイター/アフロ)

内容

1.第9巡回区控訴裁判所の判決の内容

2.今までの大統領令を巡る訴訟の経緯

3.控訴裁判所とは何か?

4.口頭弁論ではどのような主張と議論が行われたのか

5.トランプ大統領の反応と今後の問題

6.最高裁に持ち込まれたらどうなるのか

7.資料:今までの経緯(日時は現地時間)

1.第9巡回区控訴裁判所の判決の内容

2017年2月9日(現地時間)、サンフランシスコにある第9巡回区控訴裁判所は、イスラム教国7カ国のパスポートを持つ人物のアメリカへの入国を禁止する大統領令を巡る訴訟の判決を下した。政府は、シアトルの連邦地裁が下した大統領令の「一時的執行差止命令」の停止を求めて控訴裁判所に「緊急申立」を行っていた。これを受けて7日、控訴裁判所は原告のワシントン州とミネソタ州の代理人と被告の政府代理人の口頭弁論を行った。口頭弁論を受けて、控訴裁判所は司法省の「緊急申立」を却下する判断を下した。これによって、政府は大統領令に基づく入国禁止措置を継続することはできなくなった。この判決に対してトランプ大統領は最高裁で争うことを示唆している。最終決定は最高裁の判断に持ち越される可能性が強いが、今回の控訴裁判所の判決がトランプ政権の政権運営に大きなダメージを与えることは間違いない。以下、控訴裁判所の判決理由を紹介する。

判決文はA4で29ページと比較的短い。表紙には、ワシントン州とミネソタ州が「原告・被上告人」、トランプ大統領、国土安全保障省長官、国務長官が「被告・上告人」と書かれている。判決は、上告を担当した3名の判事の全員一致(Per Curiam)であった。文書には訴訟の経緯や内容などの説明があるが、最初に「命令(Order)」として判決内容が記載されている。続いて「背景」「上訴人の法的権限」「当事者資格」「大統領令の再審査性」「法的基準」「デュー・プロセス(適正手続き)」「宗教的差別」「困難の衡量と公共の利益」「結論」で構成されている。

【判決文の全文】

大統領令13769号(アメリカに入国した外国人テロリストから我が国を守ることに関する大統領令)が、本裁判の争点である。大統領令は移民政策と手続きの変更を伴い、7つの国からのアメリカへの入国を90日間、禁止している。2つの州は、大統領令は憲法違反であり、連邦法に反していると異議を申し立てた。連邦地方裁判所は暫定的に原告の主張を認め、大統領令の執行を一時的に差し止める命令を出した。政府は連邦地方裁判所の一時的差止命令の緊急停止を求める申し立てを行う一方で、差止命令に関する上訴の手続きを取った。

政府の申立に判決を下すにあたって、私たちは、幾つかの要素を検討しなければならなかった。その中には、政府が上訴することで得る利益を示したかどうか、(差止命令の)停止によって引き起こされる困難な度合いの程度(注:原告と被告のどちらがより多くの困難に帳面するかということ)、停止を認めた場合と拒否した場合の公共の利益はどうなるのかが含まれる。私たちは、この極めて暫定的な段階で上訴人と被上訴人から示された限られた証拠に照らして、こうした要素を評価し、さらに本件の決定に伴って発生する困難と公共の利益の分析の中には、上訴人と被上訴人双方が抱く極めてセンシティブで、重大な懸念も含まれている。私たちは、政府は上訴で得る利益を示すことはできなかっただけでなく、(連邦地方裁判所の差止命令を)停止できなかった場合に回復しがたい被害をもたらすことも示すことはできなかったと判断する。したがって、政府の(差止命令の停止を求める)緊急申立を却下する。

以上

簡単に判決内容を解説すると、口頭弁論で上訴人と被上訴人がそれぞれ口頭で自らの立場を判事に対して説明し、判事はそれに対して質問を行った。口頭弁論での質疑応答は本稿の下で詳細に報告する。判決理由は2つある。ひとつは、政府が上訴することで得られる利益を示す根拠が十分でないこと。もう一つは差止命令を停止しない場合に“回復しがたい損害(irreparable injury)”が発生することを示さなかったことである。言い換えれば、差止命令を継続しても実体的な損害は発生しないと控訴裁判所は判断したのである。むしろ大統領令を執行することで州経済への影響や企業、州の住民に”回復しがたい損害“が発生するというワシントン州の主張が受入られたと考えられる。口頭弁論のもうひとつの焦点は、大統領令の違憲性、大統領権限の範囲という基本的な問題がある。これに関して判決がどのような主張をしているかを、ここで紹介する余裕はない。稿を改めて分析を報告する。

2.今までの大統領令を巡る訴訟の経緯

大統領令でイスラム7カ国のパスポート保有者のアメリカ入国禁止が内外で大きな混乱を引き起こした。空港で拘束される人が相次ぎ、航空会社は当該国の搭乗を拒否し、親族と会うことができないだけでなく、ビジネスにも障害が出た。さらにアメリカの大学に留学中で、現在海外を旅行中の学生なども再入国が拒否されるのではないかとパニックに陥った。また、アメリカ企業で働いている7カ国の人の入国が拒否される懸念も出てきた。その影響を受ける企業から大統領令の廃止を求める動きがでてきた。2000名の該当者を雇用するマイクロソフトが政府に抗議し、スターバックなどの企業も同調した。また、大統領令は特定の宗教(イスラム教)を狙い撃ちにしているとして、憲法修正第1条の宗教の自由の原則に反するとの訴訟も起こっている。大統領令にはシリアの難民の受け入れ禁止も含まれており、人道的な観点からも厳しい批判が続出した。さらにトランプ大統領の強引な政治手法に対する批判も加わり、アメリカ国内だけでなく、海外からも批判が続出した。

そうした中でワシントン州とミネソタ州が大統領令によって州が回復不能な被害を受ける懸念があると、シアトルの連邦地方裁判所に大統領令の執行停止を求める「申立(motion)」を行った。これに対して地方裁判所のロバート判事は、2月4日、大統領令の「一時緊急差止命令」を出し、大統領令の執行の停止を命じた。その対象はワントン州とミネソタ州に限定されず、全国で適用されるという内容であった。その判断の根拠として、原告の訴訟を起こす権利があること、経済的な影響を含め、原告に回復不能な損害が発生する可能性があること、大統領令を差し止めることは公共の利益に叶うことを挙げている(命令の詳細は、筆者の記事「トランプの研究(5)を参照」)。この命令を受けて空港で拘束されていた人は開放され、海外で足止めを食っていた人々が一気にアメリカに入国した。

大統領令を相次いで出すことで政策を一気に進めようとしたトランプ大統領は、この判決で深刻なダメージを受けた。トランプ大統領はロバート判事を批判するだけでなく、この決定によってアメリカはテロリストの脅威にさらされ、その責任は裁判所にあると厳しい批判をツイッター上で繰り返し行った。司法省は、地方裁判所の決定に異議を唱え、地方裁判所の命令が出た同じ日の夜、サンフランシスコの第9巡回区控訴裁判所に「緊急申立」を提出し、地方裁判所の決定の取り消しを求めた。だが控訴裁判所は「緊急申立」は却下したが、同時に原告と被告に「上訴趣意書」の提出を求め、訴訟代理人による口頭弁論を認めた。2月7日、控訴裁判所で1時間余にわたる口頭弁論が行われた。

3. 控訴裁判所とは何か?

日本の裁判制度(地方裁判所、高等裁判所、最高裁判所)と同じように、アメリカの連邦裁判所制度も、連邦地方裁判所(正確には地区裁判所=district court)、控訴裁判所(appeal court)、最高裁判所(supreme court)で構成されている。アメリカでは、最高裁判所は憲法の規定に基づいてワシントンに置かれている。議会建物の玄関と道路を挟んだ向かいにあり、立法、行政、司法の三権分立の象徴的な存在である。最高裁判事は大統領が指名し、議会が承認する手続きが必要である。地方裁判所と控訴裁判所は議会が法律を制定し、それに基づいて設置されている。地方裁判所も控訴裁判所も判事は大統領が指名し、議会が承認する手続きを取る。連邦地方裁判所は全国に94か所に置かれている。控訴裁判所は全国を12の区域に分け、それぞれの区域に1つ置かれている。これに巡回控訴裁判所が加わり、控訴裁判所は合計で13ある。今、注目の第9巡回区控訴裁判所はサンフランシスコにあり、その管轄下に13の連邦地方裁判所がある。地方裁判所の係争案件が、管轄の上級裁判所である控訴裁判所に持ち込まれる。

それぞれ巡回区の控訴裁判所の判事の数は地区の人口比率で異なる。最も判事が多くのは第9巡回区控訴裁判所の29名である。最も少ないのはボストンの第1区巡回区控訴裁判所で6名である。巡回控訴裁判所を含め、控訴裁判所の判事の総数は179名。最高裁判所、控訴裁判所、地方裁判所の判事の定数は法律で決まっている。また、日本と決定的に違うのは、連邦判事は全員“終身(life-tenure)”であることだ。辞任するか、死亡するか、弾劾されない限り、職を退くことはない。それは、政治の影響を排除し、司法の独立性を重視するためである。大統領の任期は最長で2期8年(ただ8年という限度が設けられたのは1951年の「大統領の三選禁止」を決めた憲法修正第22条が成立してから。それまでは任期に関する規定はなかった。初代のワシントン大統領が3期目を拒否したことで、2期が慣習化していた。明確な規定がないため、フランクリン・ルーズベルト大統領は4選を果たしている)。

連邦裁判所は民事訴訟と刑事訴訟の両方を扱う。今、問題になっているワシントン州と政府の係争は民事訴訟である。控訴裁判所では、通常、訴訟は3名の判事で構成されるパネル(合議)で扱われる。現在、問題になっている大統領令を巡る案件では、担当判事3名のうち、2名が民主党大統領、1名が共和党大統領によって指名された判事である。第9巡回区控訴裁判所には11名の判事がいる。

控訴裁判所は上訴裁判所(appellate court)で、連邦地方裁判所の判決を検討するのが基本である。したがって、一審裁判所のように事実審議を行わず、通常、書類(原告と被告が提出した書面、速記録、係争の両当事者が提出して書面での弁論で審査を行う。ただ、書面で提出した「上訴趣意書」に加えて、控訴裁判所判事の前で口頭弁論を行うことも許される。今回の「大統領令」を巡る係争では、原告と被告の代理人は口頭弁論が認められ、その様子は音声だけだが、CNNとMSNBCで放送された。控訴裁判所の広報担当者は、裁判所のウエブサイトで13万7000名が口頭弁論に耳を傾け、これは裁判所が2年前にウエブサイトで裁判の様子を流し始めて以来、最多であると説明している。それだけ人々の関心が高いということであろう。

『ニューヨークタイムズ』は、今回の口頭弁論を「多くの人々の関心を集めた問題に関する活発で、“技術的”な弁論が行われた」と書いている。入国禁止命令の問題は様々な側面がある。政治問題、道徳問題、社会問題、外交問題などであるが、一番重要なのは“技術的な”問題、すなわち法律解釈の問題である。すなわち大統領令に憲法違反の可能性はないかということである。憲法問題だけでなく、連邦法(たとえば移民帰化法など)に違反していないか、大統領の裁量権を越えていないかなどの問題も問われている。司法省は、裁判所が政府の政策、特に外交政策と移民政策を判断する法的な根拠はあるのかを問うている。司法省が控訴裁判所に提出した「緊急申立」の中に、「裁判所は政策に関してsecond guessができるのか」と指摘する文章もある。”second guess”は、「政府が既に行っている行動や決断を後になって批判し、覆す」という意味合いである。以下で、口頭弁論でどのような議論が行われたのかを分析する。

4. 口頭弁論ではどのような主張と議論が行われたのか

3人の判事と原告、被告が1時間にわたって電話による口頭弁論を行った。通信社のブルームバーグは「まるで面白い法廷ドラマであった」と伝えている。アメリカの多くのメディアは、口頭弁論で司法省の代理人は判事の鋭い質問に対して十分に答えられなかったと報道している。具体的に口頭弁論で原告、被告は何を説明し、判事はどのような質問を行ったのだろうか。被上訴人に求められた説明は大統領令が憲法違反に相当するのかどうかであり、上訴人に求められた説明は大統領令が宗教的な差別化どうかであった。それに付随して、様々な質問が浴びせ掛けられた。『ウォールストリート』(2月2日)は、口頭弁論の様子を「法廷はトランプの移民大統領令で弁護士を質問攻めにした」と表現している。

口頭論弁では、被上訴人のワシントン州の代理人はノーア・パーセル同州司法長官、上訴人の代理人は司法省のオーグスト・フレンジェ司法長官補特別顧問である。パーセル長官は「大統領令はイスラム教徒に対する悪意が動機となっており、それはアメリカを守るという理由にはならない」と、大統領令の本当の狙いは政府の説明とは別のところにあると批判した。さらに「大統領令によって留学生が学業を終了できず、企業は必要な従業員を確保できなくなる」と、大統領令が州の住民や企業に大きな損害をもたらすと主張した。ワシントン州の地方裁判所に提出した「申立」で行った主張を繰り返したものである。

これに対してフレンジェ特別顧問は「大統領令は特定の宗教を対象にしたものではなく、テロリストと関りのある国が対象であり、新たに厳しい入国手続きが決まるまでの暫定的な措置である」と反論した。また、被上訴人が主張する企業の損害、税収の減少、高等教育の被害は「単なる推論にすぎない(merely speculative)」と主張した。筆者の感想では、テロの脅威も“推論”の域をでないのではないかと思う。地方裁判所のロバート判事が命令を出す前に司法省の担当者と電話で連絡を取り合った際に、判事が「連続テロ事件以降、大統領令に指定されている7カ国の人でテロ容疑で実際に何名逮捕されたのか」と質問した時、司法省の担当者は具体的な数字を上げることはできなかった。とすれば、具体的な脅威というよりは、テロは“推定される脅威”であり、フレンジェ特別顧問の州の被害は「推定である」と主張するのと矛盾することになる。

3人の判事は、代理人の弁論に対して質問を浴びせかけた。3名の判事のうち、ブッシュ大統領が指名したリチャード・クリフトン判事は被上訴人のパーセル長官に特に厳しい質問を投げかけた。同判事は「イスラム7カ国からの入国規制の大統領令は世界のイスラム教徒の人口の15%を対象にしているに過ぎない。これはイスラム教徒に対する差別に当たるのか。実際上、大半のイスラム教徒は影響を受けないのに政府が宗教的憎悪を持っていると推論するのは無理がある」と繰り返し質問した。同判事は共和党大統領の指名した判事であり、共和党寄りの立場にあると考えられる。

さらに同判事は「政府はアメリカに来たこともないし、ビザを持っていないイスラム7カ国の人に入国を禁止してはならないのか」と質問した。クリフトン判事の質問のポイントは、パーセル長官に入国禁止命令が“宗教的偏見”に基づいて出されたものである証拠を示せということであった。また、パーセル長官の説明に対して「完全に納得したわけではない」と厳しい評価をくだしていた。

カーター大統領が指名したウィリアム・キャンビー判事と、オバマ大統領が指名したミッシェル・フリードランド判事は逆に司法省の代理人に対して厳しい質問を浴びせかけた。フィリードランド判事はフレンジェ特別顧問に対して「政府の主張を具体的に裏付けることができるのか」と質問し、キャンバイ判事も「自らの主張を証明する責任は州政府ではなく、連邦政府にある」と、政府の立証責任を問うた。

またクリフトン判事は「本当にリスクが存在すると考える根拠はあるのか」、「大統領令を解除したら大きな被害がでるという政府の主張はあまりにも“抽象的な根拠”に過ぎない」と厳しいコメントを加えた。これに対してフレンジェ特別顧問は「禁止令は一時的な措置である」こと、「7カ国を対象にしたのは議会とオバマ政府がこの7カ国を特別なテロの脅威のある国と指定したからだ」と、釈明に追われた。ただ、特別顧問は最終的に「大統領令は憲法上、問題がある」ことを認めた。

フレンジェ特別顧問は「入国禁止に関する大統領令は政府に与えられた伝統的な安全保障に関する判断に基づくものだ」と、合憲性を主張。すなわち国益に悪影響を及ぼす人物の入国を禁止するのは大統領権限であるということだ。少し説明をすると、その法的根拠は「移民および国籍法」で、同法は「破壊活動を行った人物や破壊活動を行う団体に属している人物の入国を拒否する権限」を大統領に与えている。

これに対してフリードランド判事は「この問題に関して大統領の決定は(裁判所で)再審議できない(unreviewable)ということか」と反論を試みた。この質問に対して特別顧問は「憲法上の制約が存在することは明らかだが、政府はリスク評価にかんして議論を行っている」と答えた。だが、フリードランド判事は追い打ちを掛けるように、「では、どんな憲法上の制約なのか」と質問。特別顧問は答えに窮した。ただ、フレンジェ特別顧問は「大統領令は宗教的差別に基づいたものではない。裁判所は大統領の”意図”を問うべきではない」という答え行っている。

この問題に対して被上訴人であるパーセル長官は「大統領令は宗教的差別に基づいたものである」と繰り返し主張。トランプ大統領が選挙運動中に「すべてのイスラム教徒の入国を禁止する」と主張した事実を指摘した。さらに、トランプ大統領がシリア難民を拒絶する一方でキリスト教難民を優遇する発言を行っており、「裁判所は大統領令の背後にある動機を検討することができる」、「法廷はトランプ大統領の主張も留意すべきである」と主張した。

フリードランド判事はフレンジェ特別顧問に「政府は当該のイスラム7カ国がテロに関与しているという証拠を示すことができるのか」と質問した。それに対して彼は「あまりにも早く審理が進んでいるので、裁判所に証拠を提示する機会がなかった。政府は最善を尽くしている」と答えるに留まった。ロバーツ地方裁判所判事が司法省の高官に対して行った質問と同じで、政府は明確なテロのリスクを示すことなく、イスラム教国であることを唯一の根拠に入国禁止の措置を取ったことは明白となった。フリードランド判事は、「政府が控訴するのは時期尚早だったのかもしれない」と発言した。

クリフトン判事は、大統領令が宗教的差別だとは思わないが、「政府は大統領令の意味するところをもっと明確に規定すべきだ」と述べた。フリードランド判事は「もし大統領令が憲法修正第1条(自由な宗教活動を禁止する法律を制定してはならない)に違反しているなら、法廷は大統領令を完全に阻止することができる」と語った。フレンジェ特別顧問が判事の質問にすぐに答えられない場面が何度もみられた。また同特別顧問は「大統領令の幾つかの部分は問題である」と認めざるをえなかった。

以上、口頭弁論の一部を紹介したものだが、弁論の内容を見る限り、政府に不利な印象である。控訴裁判所の判決は週末か来週初めにでると予想されていたが、予想よりも早く判決がくだされた。

5. トランプ大統領の反応と今後の問題

控訴裁判所の判決で、トランプ政権は苦しい立場に立たされるだろう。トランプ大統領は連邦地方裁判所の大統領令の一時差止命令が出されたとき、ツイッターを通してロバート判事を「いわゆる判事(so-called judge)」と侮蔑的な呼び方をし、同判事が正確な判断をすることはできないと痛烈に批判している。口頭弁論の前に「もしアメリカが訴訟で勝てなかったら、我々は安全を維持でいなくなる」と牽制している。さらに「控訴裁判所の判事たちは出来の悪い高校生でも理解できるような概念を把握できない」と判事を愚弄する言葉を投げかけ、「控訴裁判所での口頭弁論は恥ずべきことであり、極めて政治的である」と挑発的な発言を繰り返した。『ニューヨークタイムズ』は、こうしたトランプ大統領の発言は「裁判所との確執をさらにエスカレートさせている」と指摘している。

ホワイトハウスの関係者は「トランプ大統領は、この訴訟は先制攻撃(preemptve attack)だと批判している。大統領は(都合が悪くなると使う)いつもの論法で、裁判制度が不正に操作されている(rigged)と息巻いている」と、内情を語っている。世論調査では、共和党支持者の90%が入国禁止大統領令を支持する結果が出ている。トランプ大統領は、この支持を背景に政策を強行に進めようとするだろう。ホワイトハウスの上級スタッフによれば、トランプ大統領は「政治的な争いで負けない」と語っている。様々な批判にさらされながらも、トランプ大統領は、大統領令は国家の安全保障と国民の安全のために出したとの立場を主張し続けている。

しかし、アメリカでは三権分立は建国の基本理念であり、司法の独立は非常に重視されている。トランプ大統領が最高裁判事に指名し、これから上院の承認を受けることになっているニール・ゴーサッチ第10巡回区控訴裁判所判事は、トランプ大統領の判事批判発言は「反道徳的(demoralizing)で、がっかりした(disheartening)」と批判。ゴーサッチ判事のトランプ大統領批判は上院議員との会談の中で出てきたものである。それを民主党のブルメンソール上院議員が暴露。ゴーサッチ判事が指名者であるトランプ大統領の発言を容認すれば、上院での承認は難しくなるかもしれない。上院民主党はゴーサッチ判事の承認に反対の立場である。民主党議員の中にはフィルバスター(議事妨害)を行使して、承認を阻止する動きもある。フィルバスターを破って承認を得るには60票が必要で、そのためには民主党から8名の支持を得なければならない。そうした配慮からのゴーサッチ判事のトランプ大統領批判が出てきたのかもしれない。だが、その発言は政界、法曹界、一般の市民の見方を反映したものであることは間違いない。ゴーサッチ判事は別の場所で、「一人の判事に対する批判はすべての判事に対する批判と同じだ」と語っている。ホワイトハウスは、その火消に追われている。

さらにトランプ大統領の戦略にも大きな影響がでそうである。トランプ大統領は相次いで大統領令を出すことで、一気呵成に公約の実現を図ろうとしてきた。トランプ大統領の反対派は連邦地方裁判所の差止命令で勢いついている。市民団体や環境団体(Public Citizen、the National Resource Defense Council)は、ワシントンの連邦地方裁判所に、別の大統領令(規制削減と規制費用削減)は憲法違反であるとの訴訟を起こした。大統領令では、新たな1つの規制を導入する場合、古い2つの規制を廃止することを命じたものである。訴えの内容は、大統領令は国民の基本的な保護を求める権利を否定しているというものである。関係者は「環境汚染を阻止するために新しい法律を制定しようとすれば、古い法律を廃止しなければならない」と説明する。

既に大統領令を違憲として訴える訴訟が20件以上に達している(”Trump travel ban lawsuits pile up”,『Politico』2月9日)。既にいくつかの連邦地方裁判所で大統領令の一部を無効とする判決も出ている。シアトルの連邦地方裁判所では、American Civil Liberty Unionが、7日に当該のイスラム教7カ国の就労ビザや留学ビザを持つ人を代表して新たな訴訟を起こしている。同じ日、Hebrew Immigrant Aid SocietyとInternational Refugee Assistant Projectが、大統領令の移民受入拒否に関してメリーランド州の連邦地方裁判所に違憲との訴訟を起こしている。ハワイ州もワシントン州と同様の訴訟を起こしているが、ホノルルの連邦地方裁判所のデリック・ワトソン判事は予定していた審理を司法省の要請で中止している。これは控訴裁判所の判決を待つ意味もある。他方、デトロイトの連邦地方裁判所は予定通り審理を行っている。同裁判所のヴィクトリア・ロバーツ判事は、就労ビザを持つ人に対する大統領令の適用を永久に差し止める判決を出している判事である。以上、幾つかの訴訟の例をあげたが、全国で訴訟が殺到している。控訴裁判所の決定が、こうした訴訟に大きな影響を与えることになるだろう。トランプ反対派にとって、訴訟戦略が有力な武器になりつつある。倫理規定違反でトランプ大統領を弾劾する動きもでている。

6.最高裁に持ち込まれたらどうなるのか

今後の問題だが、政府が最高裁に訴える可能性がある。では最高裁の状況はどうなのであろうか。最高裁の判事は9名で構成されている。だが、現在1人が欠員で、訴えがあれば8人で審議することになる。判事の内訳は、リベラル派の判事が4名、保守派の判事が4名。判事が党派に従って判断を下せば、評決は完全に割れることになる。こうした重要な、かつ注目される訴訟で、最高裁が何の判断も下せないということは考えにくいが、その可能性はないわけではない。ただ最高裁判事は訴訟の内容で立場を変えることはある。たとえば2015年6月に最高裁は同性婚は合憲であるとの判決を下した。その際、保守派の判事の1人がリベラル派の判事に同調した結果、5対4で合意判決が出た。評決が割れた場合、規則では控訴裁判所の判決が有効になる。それだけに控訴裁判所の判断は極めて重要な意味を持っていると言える。

ホワイトハウスにとって、最高裁で勝ち目がないとなれば、残されている道は控訴裁判所の大法廷での審議を求めることだ。今回の判決は3名の判事によるパネルで決定されたが、大法廷では11名の判事で審議される。場合によっては、判決が覆る可能性もある。ただサンフランシスコの控訴裁判所はリベラル派が多く、政府が必ず勝てるとは限らない。そうなると、最後の道は判決に沿って大統領令を書き直すしかない。ホワイトハウスは、まだ決断していないようだ。

7.資料:今までの経緯(日時は現地時間)

1月27日=トランプ大統領、大統領令に署名。大統領令の正式名称は「Executive Order: Protecting the Nation from Foreign Terroris      t Entry into The United States」

1月28日=ボストン連邦地方裁判所が、拘置されている旅行者の送還をすることを禁止する判決を出す。ブルックリン連邦地方裁判所が、      拘置されえいる旅行者の送還を禁止する判決を出す。

1月28日=ヴァージニア連邦地方裁判所が、就労ビザを持っている人物を拘束することを一時的に禁止する判決を出す。

1月29日=ボストン連邦地方裁判所が、イスラム7カ国から合法的に既に入国している人の拘束を禁止する判決を出す。

1月30日=ワシントン州が、大統領令は違憲であり、州経済に回復不能な損害をもたらすとシアトル連銀地方裁判所に申立を提出。

1月31日=ロサンジェルス連邦地方銀行が、有効なビザを持っている移民の入国を受け入れる判決を出す。

2月2日=ブルックリン連邦地方裁判所が、1月28日の判決を2月21日まで延長する決定を行う。

2月3日=シアトル連邦地方裁判所のロバート判事が、ワシントン州の申立を受けて、大統領令の全国での適用を差し止める判決を出す。

2月4日=司法省がシアトル連邦地方裁判所の命令に対して、現状回復を求めてサンフランシスコの第9巡回区控訴裁判所に「緊急申立」を     行う。

2月5日=控訴裁判所は司法省の「緊急申立」を棄却。

2月7日=控訴裁判所は原告と被告の口頭弁論を行う。

2月9日=第9巡回区控訴裁判所、政府の「緊急申立」を却下。

ジャーナリスト

1971年国際基督教大学卒業、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)、東洋経済新報社編集委員を経て、フリー・ジャーナリスト。アメリカの政治、経済、文化問題について執筆。80~81年のフルブライト・ジャーナリスト。ハーバード大学ケネディ政治大学院研究員、ハワイの東西センター・ジェファーソン・フェロー、ワシントン大学(セントルイス)客員教授。東洋英和女学院大教授、同副学長を経て現職。国際基督教大、日本女子大、武蔵大、成蹊大非常勤講師。アメリカ政治思想、日米経済論、マクロ経済、金融論を担当。著書に『アメリカ保守革命』(中央公論新社)など。contact:nakaoka@pep.ne.jp

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