「頂き女子りりちゃん」がテレビ局に送った「便箋87枚の手記」 誰のものか?
詐欺や脱税に問われて実刑判決を受け、控訴中の「頂き女子りりちゃん」と称する女性による「便箋87枚の手記」の行方が話題となっている。拘置所で面会した東海テレビの記者から提案を受け、テレビ局に送ったものの、報道後、返してもらえていないという。シンプルな事案だが、著作物を巡る権利関係の複雑さをあらわす格好の題材と言える。
どのような事案?
女性のSNS投稿や雑誌「女性自身」の報道によれば、次のような事案だ。
・女性は昨年11月頃から東海テレビの記者と複数回にわたって面会し、取材を受けており、ことし2月27日には記者から「生い立ちを綴った手記をテレビで流さないか」と提案された。
・女性はこれを快諾し、4月12日に「便箋87枚の手記」を完成させ、その後、東海テレビに送った。
・東海テレビでは4月19日放送の「NEWS ONE」で特集が組まれ、生い立ちとともに手記の中身が報じられた。
・女性は逮捕前から関わりがある作家にも見てもらい、ほめてもらおうと考え、東海テレビに頼んで作家あてに手記を送ってもらおうとした。
・しかし、東海テレビからは手記は渡せないと言われ、断られた。
この話が事実だとすると、この女性とテレビ局との間で「便箋87枚の手記」がどのように取り扱われていたのかという点が問題となる。
単なる長い「手紙」か?
すなわち、記者の取材を受け、テレビ番組で「自筆」であることを含めて女性の言い分を詳しく報道させるための長い「手紙」にすぎなかったのであれば、法的にはその手紙の授受は「贈与」にあたる。受け取った段階で「所有権」は受取人のものになる。返還義務はないから、テレビ局側も自由に処分できる。正月にお年玉付き年賀はがきを送ったあと、1等に当せんしていたことが分かり、受取人にその返還を求めたとしても、返す必要などないのと同じ理屈だ。
それでも、便箋に書かれている文章の「著作権」は、書いた差出人に帰属している。受取人が勝手に公開するのはNGだ。ある作家が三島由紀夫から個人的に受け取った手紙を書籍の中で勝手に公開した事件では、遺族の提訴を受け、裁判で出版の差し止めや損害賠償請求が認められている。今回は女性がテレビで報じられることを事前に了承していたわけだから、テレビ局による報道には何ら問題がない。
「原稿」だったら?
一方、単なる長い「手紙」ではなく、出版を前提とした「原稿」として取り扱われていたのであれば、権利関係は両者の契約に基づくことになる。トラブルのもとになるので、権利関係の帰属や出版の範囲、回数、原稿料などについて事前に取り決め、契約を取り交わしておくのが本来の姿だ。
しかし、現実には明確に定められていないケースも多く、そうした場合には、文章の「著作権」だけでなく、オリジナル原稿の「所有権」も執筆者に帰属するというのが裁判所の立場だ。法的には受取人はこの原稿を預かっているだけということになるので、執筆者から返還を求められたら、これに応じなければならない。
この問題については、漫画古書店「まんだらけ」で転売されていた漫画の原稿を巡る「さくら出版原稿流出事件」が有名だ。倒産した出版社の元社長が漫画のオリジナル原稿を「まんだらけ」に売り、そこで転売されていた事件である。漫画家の弘兼憲史氏らが「漫画原稿を守る会」を立ち上げ、出版社に勝訴した上で、元社長や「まんだらけ」から原稿を回収している。
今回のケースは?
ただ、女性のSNS投稿によると、記者からの提案は、あくまで生い立ちを書いた手記をテレビで流さないかというものにすぎず、女性もテレビで「報道」されることを前提に長文を書き、テレビ局に送っている。両者の間では出版されるといった話になっておらず、手記という言い回しが使われているものの、法的には単なる長い「手紙」として取り扱われていたと評価されるのではないか。
女性はこれを書いてテレビ局に送ったあと、支援者の作家に読んでもらったり、テレビ局とは別のルートで公開したりすることを思いついたのかもしれない。それでも、支援者や弁護士を介し、テレビ局側と交渉する余地はある。メディアが今回のような対応を繰り返していると、ほかの事件の被告人を含め、取材要請や面会に応じてもらえなくなる可能性が高まり、取材源を失い、自分で自分の首を絞める結果となるからだ。(了)