ハマス・イスラエル軍事衝突でフェイク氾濫、EUがXを叱り、Metaに警告した理由とは?
ハマスとイスラエルの軍事衝突でフェイクニュースが氾濫、EUがマスク氏を叱り、ザッカーバーグ氏に警告する――。
緊張が高まるイスラム組織ハマスとイスラエルとの軍事衝突をめぐり、欧州委員会理事のティエリー・ブルトン氏が10月10日、Xのオーナー、イーロン・マスク氏に早急に対処を求める書簡を公開。翌11日にはメタのCEO、マーク・ザッカーバーグ氏にも書簡を送った。
ハマスによる攻撃以降、Xなどのソーシャルメディアでは、軍事衝突を巡る大量のフェイク動画や画像が氾濫している。
欧州連合(EU)で8月に発効したデジタルサービス法(DSA)は、Xやメタなどの超大規模プラットフォームに、違法・有害なコンテンツへの対処を義務付けている。
すでに2,200人以上の死者が出ているハマスとイスラエルの軍事衝突は、フェイクニュース氾濫に対するDSAの真価が問われる試金石となっている。
今回、特に注目されているのはXでのフェイクニュースの氾濫だ。
Xはマスク氏が同社を買収後、安全対策部門の大幅リストラを実施。EUは9月に公表した報告書でも、Xが偽情報(フェイクニュース)の発見率が最も高いと指摘した。
リアルなCGの「ゲーム動画」や過去の戦闘動画の流用、さらに「偽ホワイトハウスのプレスリリース」まで、フェイクニュースの氾濫はメディア空間を急速に汚染している。
●24時間以内に回答を
ティエリー・ブルトン氏は10月10日午後8時20分(*ブリュッセル時間)、そんな文面のマスク氏宛ての書簡をXへの投稿で公開した。その後、同じ文面をXの対抗サービス、ブルースカイにも投稿している。
「イスラエルに対するハマスによるテロ攻撃を受けて、EU内で違法なコンテンツや偽情報を広めるために X/ツイッターが使用されている兆候がある。#DSAの義務に関する@elonmusk(イーロン・マスク氏)への緊急書簡」と投稿では説明している。
パレスチナ自治区ガザを実効支配するイスラム組織、ハマスは10月7日午前6時ごろから、イスラエルへの一斉攻撃を開始。武力衝突の引き金となった。
Xの公式アカウントは10月9日付の投稿の中で、イスラエル・パレスチナ自治区でのアクティブユーザー数が増加し、軍事紛争をめぐる投稿がグローバルで5,000万件を超す規模になったとしている。
だがその混乱の中で、Xは急遽、同社の規約を変更したことも表明した。その規約変更が、波紋を広げた。
Xでは、政治家や政府関係者のアカウントについて、その投稿に利用規約違反があっても、「公共の利益に該当するため」として例外的に適用除外扱いとし、削除などを行わないことにしている。
ただこれまでは、アカウントに「フォロワー数10万人超」という一定の影響力があることを、その条件としていた。
だがハマスの攻撃後、「何が起きているのかをリアルタイムで理解することが公共の利益につながる」として、その条件を削除し、利用規約違反の例外枠を一気に拡大したのだ。
ブルトン氏は緊急書簡の中で、利用規約の透明性と一貫性が必要だと指摘し、軍事衝突勃発というタイミングでの突然の規約変更について、「多くの欧州ユーザーを不安に陥れた」と批判。その上で、こう述べる。
●軍事ゲーム「アルマ3」を流用
ブルトン氏が指摘する「ゲームから流用した軍事映像」とは、ミリタリーゲーム「アルマ3」を指す。
米メディア「ローリングストーン」の10月9日付のファクトチェックによれば、このゲームのリアルな映像を流用し、携帯式防空ミサイルを使って攻撃ヘリコプターを撃墜する様子が、「ハマスによる攻撃」として投稿されていた。
ハマスの攻撃開始翌日の10月8日に投稿されたこの動画は、260万回を超すインプレッション(表示回数)、3,000回近いリポスト(共有)を獲得している(*本稿執筆時点・10月12日午前5時[日本時間]現在、以下同)。
また同日、同じゲームの別場面から、攻撃ヘリコプターが撃墜される動画を「イスラエルのヘリコプターが破壊された」とした投稿は、1,000万回を超すインプレッション、3,000回を超すリポストを集めた。
いずれも投稿アカウントは有料サービス「Xプレミアム」のユーザーとして青の認証マークを付けており、本稿執筆時点で、投稿は削除されていない。
ただし、ボランティアユーザーによるファクトチェック機能「コミュニティノート」によって、それぞれが流用動画であるとの指摘が表示されている。
ブルトン氏が「関係のない武力紛争の古い画像を再利用」と述べる投稿も、拡散している。
英ファクトチェック団体「フルファクト」の10月9日付の検証によると、「ハマスによるイスラエル・テルアビブ空港への攻撃」とされる動画は、2020年2月に「シリア北西部におけるトルコ軍によるアサド政権への攻撃」の動画として公開されていたものだった。
前述の「アルマ3」の動画投稿と同じアカウントによる10月9日の投稿は、55万回を超すインプレッション、1,100回を超すリポストとなっている。
米ファクトチェック団体「リードストーリーズ」の10月9日付の検証によると、「ガザの今」とされた空が真っ赤に染まった動画は、2020年8月、アルジェリアのサッカーチームの優勝を祝う花火の動画だったという。
また、同じ動画を「ガザ」の状況とする投稿(インプレッション・20万回超、リポスト・100回超)と、「イスラエル」の状況とする投稿(インプレッション・46万回超、リポスト1,500回超)の両方が入り乱れている。
●「偽ホワイトハウス文書」も
流用動画だけではない。
10月7日には、「バイデン米大統領がイスラエルへの80億ドル軍事供与に署名」というホワイトハウスの発表文書らしき画像が投稿され、11万回を超すインプレッション、200回を超すリポストが行われた。
投稿アカウントは、10月12日朝までに凍結された。
AP通信やロイター通信によれば、ホワイトハウスはこの文書を正式に否定。投稿された画像は、7月25日に公開された、ウクライナへの4億ドル供与の文書を改ざんしたものだという。
ポリティコの10月11日付の検証によれば、これらのファクトチェックの対象となった動画に加えて、遺体が写った、より生々しい動画や画像などが、X上で拡散している、という。
●Xとメタへの「24時間回答」通告
ブルトン氏は、マスク氏への緊急書簡を公開した翌日の10月11日に、メタCEOのザッカーバーグ氏宛ての書簡も、Xとブルースカイで公開している。
やはりイスラエル・ハマス軍事衝突をめぐるフェイクニュース氾濫への対応を求め、24時間以内の回答を要求。DSAにおける罰金の規定にも言及している。
ただし文面のトーンは、マスク氏宛のものに比べると穏当で、今回の軍事衝突に加えて、9月末のスロバキア総選挙や2024年に控えた欧州議会選挙などにおけるフェイクニュース対策にクギを刺す内容となっている。
拡散の舞台はXや、メタの運営するフェイスブックだけではない。
Xやフェイスブックへのフェイクニュースの投稿も、そもそものフェイク動画・画像は、ウクライナ侵攻でも情報戦の舞台となったメッセージサービス「テレグラム」や動画共有アプリ「ティックトック」などで広がり、プラットフォームを超えて氾濫しているケースが少なくない。
このようなフェイクニュース氾濫に対処するため、プラットフォームの義務などを定めた法律として2022年10月に成立、2023年8月に発効したのがDSAだ。
DSAには、違反した場合の罰金の規定がある。その額は、最大でグローバルの年間売上高の6%と巨額だ。
その当面の照準は、Xに向けられている。
今回のイスラエル・ハマスの武力衝突に先立ち、EUが9月に公表した各プラットフォームのフェイクニュース対策の現状に関する報告書では、Xがフェイクニュースの発見率が最も高かった、と指摘している。
Xに次いでフェイクニュースの発見率が高かったのが、フェイスブックだった。
欧州委員会委員のベラ・ヨウロバー氏は、報告書を受けて、Xにこう警告していた。
●「何を言っているのかわからない」とマスク氏
マスク氏は、ブルトン氏の投稿から1時間半後、そう返信している。
これに対して、ブルトン氏もさらに1時間半後、こう切り返す。
「私たちはオープンに行動する。裏取引はしない」「彼らが何を言っているのか分からない! 多分、郵便か何かに紛れているんだろう」と、なおもマスク氏は投稿を続けた。
その後、24時間の回答期限は過ぎたようだ。
(※2023年10月12日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)