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ネットカジノ利用者の摘発 単純賭博罪はこのままでいいのか

園田寿甲南大学名誉教授、弁護士
写真は記事の内容と関係はありません。(写真:ロイター/アフロ)

■はじめに

京都新聞によると、京都府警は、海外にサーバーがあるオンライン・カジノ(賭博サイト)に日本からアクセスし、ブラックジャックで金銭を賭けたとして、埼玉県の男性ら3人の自宅を強制捜査したということです。

捜査関係者の説明では、3人は2月、各自宅などで、海外にサーバーがある賭博サイト「スマートライブカジノ」にそれぞれ接続し、「ブラックジャック」で賭博をした疑いがあるという。同サイトのホームページによると、登録制で、「ブラックジャック」や「ルーレット」などで金を賭け、クレジット決済などで払い戻しができる仕組み。日本語版ページでは、日本人の女性ディーラーが登場し、チャットで会話しながらゲームができるという。

出典:京都新聞 2016年3月10日

3人の被疑罪名は、単純賭博罪(刑法185条)です。

刑法185条(単純賭博)

賭博をした者は、50万円以下の罰金又は科料に処する。ただし、一時の娯楽に供する物を賭けたにとどまるときは、この限りでない。

単純賭博罪は、日本国内で行われた場合にのみ処罰されますが、本件では海外のネットカジノへのアクセスが日本国内からであったため、犯罪行為の一部が日本で行われたとして〈国内犯〉の扱いになっています。このような法律の解釈じたいには特に問題はありません。しかし、彼らの行為を〈犯罪〉として処罰することにどのような意味があるのでしょうか。

競馬や競輪などのいわゆる公営ギャンブルの愛好者は多く、また、安い費用で手軽に海外旅行に行くことができ、現地のカジノで実際にギャンブルを行っても処罰されません。本件でも、彼らが実際に海外のカジノに行って賭けを行っていれば、まったく犯罪の問題は生じなかったのです。かつて一流会社の会長が海外のカジノで数十億円失ったというとんでもない話がありましたが、数十億円失ってもいささかも〈犯罪〉ではありません。

本件のようなギャンブルを単純賭博罪として処罰することは、はたして妥当なのでしょうか。

■単純賭博はなぜ〈犯罪〉なのか

―賭博罪の認知件数の推移―

まず、賭博罪は、そのときどきの警察(国)の検挙方針にもっとも左右されやすい犯罪の一つであると言われています。下の図は昭和元年から昭和50年までの賭博事犯の発生件数(認知件数)の推移です。これによれば、戦前は、単純賭博罪は2万件から5万件の間で推移していますが、終戦を契機に激減しているのが分かります。これは、戦前は、賭博が風俗を乱し、社会の健全な秩序に反するものとして、警察によって強力に取り締まられており、とくに戦時中は享楽的な風潮を取り締まる中で賭博の摘発に力が注がれたのだろうと推測されます。また、戦後になって激減しているのは、宝くじや競馬・競輪などのいわゆる公営ギャンブルの開催などによって、ギャンブルが必ずしも悪とはされなくなったという、国民の意識の変化が大きな原因だと思われます。

そして、現在では100万件弱の窃盗事犯を除く一般刑法犯が約33万件ありますが、ここ数年は賭博罪の認知件数は100件から400件と、大変少なくなっています(警察白書犯罪白書より)。

昭和元年から昭和50年までの賭博事犯の推移(昭和51年版「犯罪白書」より)
昭和元年から昭和50年までの賭博事犯の推移(昭和51年版「犯罪白書」より)

―賭博行為が処罰される理由―

賭博罪は、一般に風俗犯と言われますが、これは賭博行為が(コツコツと額に汗して働いて社会に貢献するという)社会の善良な勤労道徳に反し、社会秩序を乱すという点にその犯罪性が認められているからです。しかし、公認の競馬や競輪、また事実上の賭博であるパチンコなどが存在していることから、善良な勤労道徳に反するという賭博の犯罪性についての説明に説得力があるとは思えません。

また、単純賭博を処罰する理由として、賭博に耽溺することによって経済的破綻を来し、結婚生活や家庭の崩壊に至ることがあり、それを防ぐために処罰するのだといわれることがあります。しかし、このような理由も妥当であるとは思えません。賭博による生活の窮状をもたらすのは当の本人であって、賭博に依存している者を守るためにその者を〈犯罪者〉として処罰するというのは、どう考えてもおかしな理屈ではないでしょうか。

このような考え方は〈パターナリズム〉と呼ばれています。これは、親がいたずらをした子に罰を与えるように、(親である)国家が賭博から抜け出せないでいる(子である)国民を救済し、教育するために、その者を犯罪者として〈罰〉を与えるという考え方です。しかし、その〈罰〉を与える国家自身が〈胴元〉となって公営ギャンブルを主催しているわけですから、そのような理屈に説得力があるかといえば、これもまた疑わしいといわざるをえません(タバコを吸った中学生を、先生がタバコを吸いながら説教しても効き目はないと思います)。ギャンブル依存という状態が深刻であることはその通りだと思いますが、その対策として刑罰を予定することは正しい方策であるとは思えません。

■単純賭博の非犯罪を

単純賭博罪のほとんどは、(交通違反と同じように)書面審理だけで済まされる略式命令で処理されていますが、自制の効かないギャンブル依存に対しては、家族や友人は言うまでもないことですが、専門のカウンセラーによる治療が何よりも有効だと思われるのです。刑罰による威嚇や処罰で、このような行動(症状)がコントロールできるかははなはだ疑問なのです。

このように考えると、単純賭博については刑法典から削除し、福祉的な援助策を充実させることこそ現実的で、かつ妥当な選択ではないでしょうか。

賭博は(野球賭博やノミ行為など)暴力団の資金源になっているという事実がありますので、賭博罪の全体は、違法な賭博経営という観点から、風俗営業の適正化や暴力団対策として新たに組み立て直すべきではないかと思うのです。(了)

なお、賭博の問題性については、次の拙稿も合わせてお読みいただければ幸いです。

甲南大学名誉教授、弁護士

1952年生まれ。甲南大学名誉教授、弁護士、元甲南大学法科大学院教授、元関西大学法学部教授。専門は刑事法。ネットワーク犯罪、児童ポルノ規制、薬物規制などを研究。主著に『情報社会と刑法』(2011年成文堂、単著)、『改正児童ポルノ禁止法を考える』(2014年日本評論社、共編著)、『エロスと「わいせつ」のあいだ』(2016年朝日新書、共著)など。Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。趣味は、囲碁とジャズ。(note → https://note.com/sonodahisashi) 【座右の銘】法学は、物言わぬテミス(正義の女神)に言葉を与ふる作業なり。

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