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選挙と金―公選法の買収罪―

園田寿甲南大学名誉教授、弁護士
(提供:イメージマート)

■はじめに

選挙は、選挙人(有権者)の自由な意思の行使によって行なわれなければならない。金銭などの不正な利益によって投票行動を左右しようとする買収行為は、選挙の自由や公正さ、ひいては民主主義という制度そのものを侵害する重大な犯罪行為である。公職選挙法では、買収行為に対する厳重な処罰規定が置かれている。

■買収の罪

買収の罪については、事前買収罪(普通買収罪)と事後買収罪(事後報酬供与罪)の2種類がある。

事前買収罪(普通買収罪)

事前買収罪は最も一般的な買収罪であり、とくに選挙人(有権者)に対する買収を「投票買収」、選挙運動員に対して行われる買収を「運動買収」と呼ぶこともある。

事前買収罪の内容は、特定の候補者を当選させること、あるいは当選させないことを目的に、選挙人(有権者)や選挙運動員に対して、(1) 金品その他の財産上の利益(現金や商品券など)や、(2) 公私の職務(仕事の契約など)を供与したり、その供与の申し込みや約束をしたり、又は (3) 供応接待(食事など)やその申し込み、約束をすることである(公選法第221条1項1号) 。

注意しなければならないのは、供与の申込み約束だけでこの罪が成立することである。これは、買収がそれほど重大な犯罪行為であることを意味している。

罰則は、3年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金と公民権停止(選挙権および被選挙権の停止)であり、公民権停止の期間は、罰金刑が確定した場合は5年間、拘禁刑が確定した場合は、刑期終了後さらに10年間となっている。

なお、選挙運動員に対しては、法定額の範囲内で宿泊費などの実費を支払うことはできるが、それを超えて報酬を与えると本罪に当たる(法197条の2)。

  • たとえばいわゆるウグイス嬢(車上等運動員)などに報酬を支払うことはできるが、法定額を超えた報酬を支払うと買収罪に問われる。また、有名人やタレントなどに応援演説を頼んで、その報酬を支払うことも本罪に該当する。
  • 要するに、報酬を支払うことが禁じられている協力者に報酬を支払ってはならないのはもちろんのこと、合法な支払いであっても、法が許容する限度を超えて支払った場合には犯罪となるのである。

事後買収罪(事後報酬供与罪)

投票や選挙運動をしたこと、あるいはしなかったこと、またはそのあっせん勧誘をしたことなどの報酬として、有権者や選挙運動員に対して金品、その他財産上の利益や公私の職務などを供与したり、その申し込みや約束をした場合、さらに供応接待をしたり、その申し込みや約束をした場合に成立する罪である(法第221条1項3号) (罰則は事前買収罪と同じ)。

■買収された側も罪になる

公職選挙法では買収をする側だけでなく、買収を受けた側、すなわち金品等を受け取ったり、供応接待を受けた側にも、次のような厳しい罰則規定が設けられている。

買収目的交付罪

事前買収や事後買収を目的として、選挙運動員に対して金銭や物品を交付したり、その約束をしたりすると、買収目的交付罪に問われるが、選挙運動員が金銭等の交付を受けたり要求したりした場合も、同じく買収目的交付罪に当たる(法第221条1項5号) 。罰則は、3年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金である(法第221条1項)

買収周旋勧誘罪

買収罪に該当する行為の周旋又は勧誘を行った場合は、買収周旋勧誘罪に問われる(法第221条1項6号) 。罰則は、3年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金である(法第221条1項)

■連座制の適用も

買収罪については、いわゆる連座制の適用もある。

連座制とは、選挙における不正行為を防止し、選挙の公正性を確保することを目的としたものであり、選挙において候補者の関係者が一定の不正行為を行った場合、その行為に直接関与していない候補者本人も選挙の責任を負い、当選の無効や立候補の禁止などの制裁を受けるという制度である。

主な内容連座制の適用対象となる不正行為としては、候補者の親族や選挙運動を統括する人物(選挙運動総括責任者)などが、選挙運動に関連して買収行為を行なった場合や、その他の違法な選挙運動行った場合である。

連座制が適用されると、その候補者の当選が無効になり、さらに将来的に一定期間、選挙に立候補することもできなくなる(公民権停止)。

連座制については、次の条文に規定されている。

  • 候補者等の親族等の選挙運動に関する不正行為に係る連座制(法第251条の2)
  • 選挙運動総括責任者等の連座制(法第251条の3)
  • 会計責任者等の連座制(法第251条の4)
  • 組織的選挙運動管理者等の連座制(法第251条の5)

■まとめ

候補者本人が買収を行った場合、結果としてさまざまな制裁が課されることになる。

  1. 刑事罰:3年以下の懲役または50万円以下の罰金(公職選挙法第221条)。
  2. 公民権停止:罰金刑で5年間、懲役刑で10年間(公職選挙法第252条)。
  3. 当選無効:当選人が買収罪によって刑に処せられたとき(公職選挙法第251条)。

また、選挙において候補者の関係者が不正行為を行った場合であっても、連座制が適用され、重い制裁を受ける場合がある。(了)

甲南大学名誉教授、弁護士

1952年生まれ。甲南大学名誉教授、弁護士、元甲南大学法科大学院教授、元関西大学法学部教授。専門は刑事法。ネットワーク犯罪、児童ポルノ規制、薬物規制などを研究。主著に『情報社会と刑法』(2011年成文堂、単著)、『改正児童ポルノ禁止法を考える』(2014年日本評論社、共編著)、『エロスと「わいせつ」のあいだ』(2016年朝日新書、共著)など。Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。趣味は、囲碁とジャズ。(note → https://note.com/sonodahisashi) 【座右の銘】法学は、物言わぬテミス(正義の女神)に言葉を与ふる作業なり。

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