思いがけないエンタメ性とカンヌグランプリ監督らしい作家性、その相乗効果が興奮を呼ぶ。『サンセット』
長編デビュー作にして第68回カンヌ映画祭グランプリを受賞した『サウルの息子』から3年。ハンガリーの気鋭ネメシュ・ラースローの監督第2作『サンセット』(原題:Napszallta/英題:Sunset)は、前作の題材からは意外と思える世界を描きつつ、紛れもないネメシュらしさで興奮させてくれる野心作です。
アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所でゾンダーコマンドとして死体処理の任務につくハンガリー系ユダヤ人サウルが、その極限状況下で息子を正しく弔うべく奔走する姿をドキュメンタリーさながらの空気感で描いた前作とは一転、今回の舞台はオーストリア=ハンガリー帝国が栄華を極めた1913年。上流社会御用達の高級帽子店レイターで働くべく、ブダペストへやってきたイリス(ユリ・ヤカブ)を軸に、物語は進行します。
ブダペストの街並みがタイトルどおり日没を迎えて闇に包まれていくオープニングが、時代の先行きを暗示しているとはいえ、イリスが訪れたレイター帽子店の瀟洒な内装や、洗練された社会を象徴する帽子というモチーフが彩る世界は、前作の強制収容所とはまさに対極。
しかも、物語はミステリー仕立て。実はレイター帽子店は、イリスの両親が遺した店。彼女の素性を知った現オーナーは、イリスを雇うことを良しとしません。入れ替わり立ち代わり現れる、事情を知るらしき人々も、ことごとく「ここを立ち去れ」とイリスに告げるのです。彼女の両親の死に何か知られてはまずいことが隠されているのではないかと疑念を抱かずにいられないではありませんか。さらに、イリスは自分に兄がいるという事実を知り、失踪した兄の行方を探ろうとするのですが…。
帽子店には男女さまざまな従業員がいれば、兄と因縁のある伯爵夫人も登場する。さらには翌1914年にサラエボ事件で暗殺され、第一次大戦勃発の引き金となるフランツ・フェルディナント皇太子夫妻も姿を見せるという具合に、繁栄の裏側で時代のうねりが迫りくる世界で、それぞれの思惑が蠢いていることを想像させる登場人物たちの多様さとドラマティックな展開は、プライムタイムで連ドラ化できそうなほど。そんななか、レイター帽子店の秘密が明らかになっていくあたりは、重厚なエンターテインメントといった趣。ネメシュがこうした物語を撮るという意外性ともあいまって、このミステリー仕立てな構成だけで興奮せずにいられません。
しかも、カンヌ映画祭グランプリ監督は、この王道ミステリーな世界を、彼らしいスタイルで語り、イリスの物語に引きこんでいきます。カメラは、『サウルの息子』同様に、イリスに張り付くようにして動きまわり、被写界深度の浅い映像は主人公以外の背景をぼんやりさせる。結果、映像でも言葉でも多くを説明しない世界のなか、観客は俯瞰で物事を見る感覚を失ったかのように、兄の行方や謎を追って街を彷徨うイリスと視線を同化させ、緊張と不安がますます高まるのです。
映画作家魂が溢れるミステリーとしてだけでも見応え十分すぎるほどですが、それだけで終わらないのがネメシュ。存在さえ知らなかった兄に会いたいと願うイリスの思いは、彼女の運命を第一次世界大戦へと向かうヨーロッパの激動と無縁でいられなくすることに。最後の最後まで、まさしくラストカットそのものまで、ものすごい緊張感が張り詰めるなか、イリスを軸にしたミステリーが、いつしか、時代の変換点にあるヨーロッパで生き方を選びとる女性の物語へと変貌していたことを目撃する興奮ときたら!
そんなイリスの家族への強い思いは、サウルの息子に対する思いと重なれば、待ち受ける争乱や、その原動力となる抑圧への抵抗も、前作に重なるもの。
「観た人それぞれで感じ、考えた後、別々の反応を見せる、というのが私の究極の目的」というネメシュですが、受け止め方はそれぞれでもこの作品には誰もが興奮するはず。そして、彼が惹かれる題材が何なのかも見えてきます。
『サンセット』
ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて公開中
配給:ファインフィルムズ
(c) Laokoon Filmgroup- Playtime Production 2018