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「新・ガザからの報告」(1)(2024年4月26日)

土井敏邦ジャーナリスト
(破壊された家の前で茫然とする男たち/撮影・ガザ住民)

【改善された食料事情】

(Q・現在の状況はどうですか?)

 この2,3日間は平穏です。毎日の死亡数は以前と比べ減少しています。毎日の死者数は平均30~40人です。3~4カ月前は200~300人でした。イスラエル軍の空爆の数も、ガザ地区内での標的の数も減っています。またイスラエル軍の地上部隊もガザ地区から撤退しつつあります。ガザ地区中部、ガザ市の南部でガザ市からヌセイラート難民キャンプの間にあるネツァリーム回廊(ガザ地区を南北に分断するために、イスラエル軍がイスラエル国境から地中海まで、幅1~2キロほどの帯状の地帯を設けた)という地域にイスラエル軍は集中しています。

 現在、ガザ市やハンユニス市、ジャバリア難民キャンプ、ラファにはイスラエル軍は存在しません。その結果、死亡数は以前より減少しています。

 生活環境も少し改善されているように見えますが、ある面では状況は悪化しています。

 食べ物や水に関しては私たちがいるガザ地区中部では手に入ります。ガザ地区北部はかつては飢餓に苦しんでいました。今はそこでも食料が手に入るようになりました。食料はいろいろなところから入ってくるようになったからです。エジプト側のラファから、食料や薬を乗せたたくさんのトラックが入っています。また空からも食料が投下されていて、パラシュートで何トンという食料が投下されています。またイスラエルからも北部のエレズ検問所を通して食料が入ってきます。

 食料の値段も下がってきました。1キロの砂糖が70シェケル(2800円)だったのが10シェケルに、1キロの米は12シェケル(480円)から7シェケルに下がりました。冷凍チキンも80シェケルから40シェケルに、トマトの缶詰が1つが10シェケルから5シェケルになりました。また薬もどこの薬局でもほとんど手に入り、値段も下がりました。昨日、子どもたちのために咳止めの薬を買いに行きました。エジプト産の咳止めシロップを買ったのですが、その値段に驚きました。平常の値段だったんです。

【蔓延する病気と悪化する精神状態】

 しかし健康状態は悪化しています。住民は環境の危機的な状況に直面しています。空気や土からの感染です。住民の間にパンデミック(感染爆発)が広がっています。肝炎です。何千人という人がこの感染症に苦しんでいます。特にテント暮らしの人びとに集中しています。

 今はイスラエル軍の攻撃で死ぬ人は少なくなったけど、しかしこの戦争がもたらした結果によって人びとが死んでいます。この戦争がこの危機を生み出しているのです。

 私はテント暮らしをしている人たちのもとへ時々、通っています。彼らはゴミや下水の傍で暮らしています。ハエや蚊、毒をもった蟻、蛇などで苦しんでいます。

 状況はひどいです。夏が近づき、高温に悩まされていいます。この温度上昇が感染症を増やしています。

 現在の大きな問題は遺体です。何千という遺体が瓦礫の下に放置されているのですから。

(Q・心理的な面はどうですか?)

 心理的な面ではひどい状態で、状況は悪化しています。特にテント暮らしをしている人びとです。テントはナイロンとプラスティックでできていて、太陽の熱を吸収します。そのテントの中で1時間もいられません。オーブンのようなものです。だから人びとはその生活環境に苛立っています。

 そんな人びとはシンワール(ガザ地区でのハマス最高責任者)をひどい言葉で罵っています。「くそ野郎」「気が狂っている」「この気が狂った男が、私たちにこんな大惨事をもたらした」などとシルワールを罵っているのです。ハニーヤ(ハマスの最高指導者)やメシャル(前最高指導者)ではありません。ほとんどの人はシルワールを非難しています。人びとは生活に疲れ切っています。だから彼らは勇気をもって自分の意見を表現しているのです。

 ハマスは弱体化し、戦争前のように、批判する住民を治安警察が直ちに捕まえに来るほどの力はない。住民はハマスの弱体化に付け込んで、ハマスの指導者たちを非難しているのです。

(破壊された自宅の前に立つ男たち/撮影・ガザ住民)
(破壊された自宅の前に立つ男たち/撮影・ガザ住民)

【なぜシンワールが非難の標的になるのですか?】

(Q・ガザ住民は最高責任者であるハニーヤではなく、ガザの指導者であるシルワールを非難しているのですか?)

 疑いもなく、10月7日の攻撃に関してハニーヤが最も責任があります。ハニーヤがもっと力を持ち、決定権を持ち、強い影響力を持っています。シルワールはガザ地区内だけの政治指導者です。ハニーヤは世界中のハマスの指導者です。

 人々がシルワールを侮辱しているのは、過去の反動です。シルワールはこの戦争の前にずっと民衆を扇動してきました。「我われは最終的な戦闘を準備している」「我われはヨルダン川から地中海までパレスチナを解放する」「エルサレムを解放する」「ガザ住民全員と(エルサレムの)アルアクサ・モスクで祈ることができる」「我われは脆弱なイスラエル軍兵士を壊滅する」「我われは勇敢な戦士だが、イスラエル軍は子どものように脆弱だ」・・・

 シンワールはこんなふうにずっと民衆に「イスラエルに対する勝利や解放」といった大仰なスローガンを叫び続けてきました。

 しかしハニーヤはシンワールのような語り方はしません。ほとんどの場合、沈黙し、語るときは冷静な言葉で理性的に語ります。「全パレスチナを解放し、イスラエル人を海に追い落とす」などとは語りません。だから民衆はハニーヤではなく、シルワールに怒っています。シルワールは決して現実的な人間ではなく、幻想を語ります。だから人びとは今。シルワールに怒っているのです。

(Q・2014年ガザ攻撃のあと、住民の中には貧困に絶望し自殺したり、撃たれ補償をもらうために国境デモに行く者も出てきました。今回はこのような状況にはならないだろうか?)

 このような状況は今まさに存在し、起こっています。毒を飲んだり、銃で自分を撃って自殺する者がいます。しかしそれは社会の表面に現れていません。戦争、攻撃のニュースで埋まってしまっていて、戦況の話、イスラエル軍の攻撃の話で持ちきりだからです。実際、自殺はあっても、戦争中だから人びとは注意を払いません。 

【急増する犯罪】

 いまガザで、犯罪が蔓延しています。特に窃盗です。何千という家が盗難にあっています。いまガザにたくさんのギャングがいて、住民が避難している空家から盗んでいるのです。

 例えば、デイルバラ町にイスラエル軍が砲撃したとします。すると住民はその地域から避難し、砲撃されない安全な地域に移動します。その後何が起きるか。イスラエル軍の砲撃の中でもギャング、窃盗団がその家に侵入し、家の中の物を盗むんです。その窃盗団の中にはイスラエル軍の砲撃で殺された者がたくさんいます。イスラエル軍はこの窃盗団を、イスラエル軍の戦車や兵士を攻撃しようとしているハマスらの戦闘員と勘違いするんです。窃盗の最中に殺された者を社会は「殉教者」とみなすのですが、実際は盗人なのです。正確な数はわかりませんが、50~60人以上の盗人がこの攻撃の初期に殺されたと思います。

 「窃盗団」はプロではなく、若者たちのグループです。若者たちが集まって、「この家を襲おう」と決めるのです。友達同士だったり、親戚同士の子らだったりします。

【モラル・倫理の崩壊】

(Q・私が見てきた戦争前のガザでは、人びとが団結しモラルを維持し、他者を気遣う社会でした。この戦争はこのようなものを失い、人びとが利己的になったということですか?)

 以前のガザ住民が持っていたこの素晴らしい価値観(value)が不幸にも変わってきました。今、人びとはとても利己的で、自分自身の利益のことばかり考えるようになりました。自分や家族の安全や食料のことを最重視し、お互い助け合おうとしなくなったのです。

 この膨大な数の盗難の実例の中で、マーケットで出会う人びとや親戚など多くの人から聞いた言葉があります。それはデイルバラ町だけではなく、ガザ全体で衝撃的な言葉ですが、これが今の人びとの心情を率直に表していると思います。

 「この戦争はパレスチナ人のほんとうの姿を露わにした。パレスチナ人の真のモラル、倫理をさらけ出した」と言うのです。不幸にもこの言葉を最近、何度も聴きました。父も、タクシードライバーも、マーケットでの普通の人も、親戚も、友人もこの言葉を口にします。それは衝撃的で破壊的な言葉です。このような残酷な時期に、団結しお互いを助け合い、守り合うどころか、野蛮な動物のようにお互い盗みあい、お互いを攻撃しあっている。犯罪が蔓延する一方、商人たちは物を高値で売りさばき、ハマスは支援物資を配布するどころか、それを奪い、「親ハマス」の商人たちを通して、金をもった人たちに売っている。トラックで運ばれてくる支援物資を売っているのです。

「この戦争は真の実像、倫理、モラルを露わにした」という言葉の「真の」とは、それは悪い実像です。これが、この戦争中のパレスチナ人の倫理です。盗みなど犯罪を犯し、商売でも独占し高価で売る。それは「悪い実像」です。今のガザのパレスチナ人の実像はとてもひどいものです。世界中で今のガザのような状況になったら、お互い協力し、守り合い、ケアしあい、助け合うべきです。しかし私たちは今、逆になっています。

(Q・本来、ガザのパレスチナ人は貧しくても、お互いケアしあっていました。それが私がガザで体験したことです。それをこの戦争が破壊したということですか?)

 その通りです。ガザの人びとが同じことを言っています。この戦争がガザの人びとの価値観・倫理を変えてしまった、と。

 とても辛いことだけど、盗んでいるのは家からだけではありません。病院に置かれた遺体から、人びとが奪っているんです。男がやってきて、遺体のポケットから携帯電話、財布を探し出し盗むんです。靴さえ盗むんです。想像できますか。パレスチナ人の間にこのような汚い現象が現れたことを。遺体を道で見つけて、救急車を呼んで病院に運ぶのではなく、遺体から財布や携帯電話や靴を盗む。それが今起こっているんです。

 人々が言っているのは「この戦争が民衆の倫理、価値観を変えてしまった」ということです。それは恥ずべきことです。最悪の事態です。

(Q・「変えた」というのは倫理観やモラルなどを失ったということですか?)

 そうです。しかしたとえどんなに残酷な戦争であっても、私たちはそうなるべきはない。もし家から盗んだとしても、それはその男が飢えていたからかもしれない。家の中で食べ物を捜していたかもしれない。何かの「言い分」を見つけることができるかもしれない。しかし道に横たわっている遺体のポケットから財布や携帯電話を探し出そうとするのは、どんな言い訳も見出すことはできません。それは受け入れられません。たとえ飢え死にしようとしたとしても、です。子どもたちの食べ物を買う金がなかったとしても、です。その行為にどんな言い訳も受け入れられません。

(Q・2014年のガザ攻撃の時も破壊はひどい状態でした。でもその時は、そのような事態は起こらなかった。なぜこの攻撃では人間性が破壊されてしまったのか。どこが違うのですか?)

 2014年の戦争ではガザ住民は10万人ほどが住処を失いホームレスになりました。しかし今回は150万人以上、全人口の65~70%の人がホームレスになっています。だから2014年とは比較にならないのです。

 空家から物を盗んだり、遺体から盗むような現在の住民の行動をどう分析していいかわかりません。私にはその行動様式を説明できません。私は衝撃を受けました。

 今、ガザには木製の電柱がありません。電線や電話線をつなぐ電柱がです。ほとんどの電柱が盗まれています。それを切って薪にするのです。調理をするためです。ギャングたちはそれを自分たちで使うのではなく、売るんです。1本の柱が200シェケル(8000円)で、60~65ドルです。ここではすべてが破壊されています。このような犯罪を「生きるために」ということで、正当化はできません。

(Q・戦闘が止んでも以前のようなパレスチナ人の社会を再構成することは難しいのではないでしょうか?)

 今回の戦争で多くを失いました。しかし最も深刻で破壊的な喪失は、物理的、人的、インフラの喪失などより私たちの倫理とモラルの損失です。この戦争による喪失のうち、最も危険なのは倫理と価値観とモラルの喪失です。この戦争が終わった後、ガザ住民の未来に最も深刻なインパクトを与え、将来、大きな障害や問題を引き起こすのはこれらの損失です。

【なぜ民衆はハマスに怒るのか】

(Q・ハマスは生き残れるだろうか?)

 不幸にもそうなると思います。ハマスは75~80%の軍事力を破壊されました。私はネタニヤフ首相がハマスを完全に破壊するか懐疑的です。イスラエル軍はハマスの軍事力を壊滅することはできます。しかしイスラエル政府の計画は、何を目指しているかわかりません。

 戦争の初めの頃、同じ質問に対して私はこう答えました。

 「イスラエル軍はハマスを完全に消滅することはできるけど、私はネタニヤフを信用できない。ハマスを支援するカタールの金がガザに流れることを看過したのだから」と。

 「ハマスの消滅」「ハマスのガザ支配の阻止」と言うネタニヤフ首相の本気度を私が信用できないのです。

(Q・「ネタニヤフ首相はラファを攻撃したいが、バイデンの圧力でそれができないでいる」と見ている人がいますが、どう思いますか?)

 私はアメリカがイスラエルの戦争計画に決定権を持っているとは思いません。私はネタニヤフがバイデンより強い決定権を持っていると思います。イスラエルはアメリカでの大統領選挙などを気にはかけていません。バイデンでもトランプでもいずれにしろイスラエル支持には変わりはないのですから。

(Q・イスラエル対する民衆の感情はどうですか?そしてハマスへの感情は?)

 イスラエルの攻撃に人びとはほんとうに怒っています。イスラエル軍は多くの人権侵害を犯している。無実の人に虐殺を行なっている。今は3万4千人殺されたと発表されていますが、2万人が破壊された建物の瓦礫下で埋もれています。だから実際の死者の数は5万人を超えていると思われます。

 繰り返しますが、民衆はイスラエル軍に怒り狂っています。一方、ハマスの武装勢力は難民キャンプや都市で、民衆にとても近い距離に拠点を設けています。だからそこが攻撃されると何百人という市民の犠牲者が出ます。それは病院でも起こっていることです。500人以上が殺されました。ジャバリア難民キャンプのファフラで起こった虐殺もそうです。300人以上が殺されました。たくさんの虐殺が行なわれています。ほとんどの犠牲者が女性や子どもたちで、何千人も殺されました。彼らは戦士ではありません。闘うこともできないし、テロも行なえません。

(Q・イスラエルへの怒りが大きいから、ハマスへの怒りを忘れてしまうことにならないですか?)

 とても重要なことを明確にします。もちろん人びとはイスラエルの残忍なやり方に対して怒っています。しかし重要なことをお話しします。

 多くの人たちはイスラエルを外の人が想像するほど非難していません。もちろんイスラエルの犯罪を受け入れているということではありません。しかしもし彼らに「なぜイスラエルを強く責めないのか?」と尋ねると、彼らはとてもシンプルの答えを返してくるでしょう。

 「我われがイスラエルに対してそれほど非難しないのは、それは予想がついていたからです。イスラエルとのナクバ(1948年、パレスチナ人が故郷を追われた大災厄)からの歴史を振り返ると、イスラエルはこれまでの歴史で同じようなことをずっとやってきました。我われはイスラエルの残忍さ、虐殺のやり方をこれまで何度もずっと体験してきたんです。我われの祖父母の時代からです。それは決して新しいことではなく、我われはそれに慣れています。

 一方で民衆はハマスをさらに非難しています。なぜなら、このジェノサイド(集団殺戮)の理由をハマスがイスラエルに与えてしまったからです。だから私を含め多くのパレスチナ人がハマスを批判しているのです。だからハマスへの批判がますます強まっています。この馬鹿な行動によってイスラエルのジェノサイド、虐殺をもたらしたからです。イスラエルがやったことはすでに予想できたことでしたが、しかし予想していなかったのはハマスの愚かさです。誰もハマスがこのような惨事をもたらすとは予想していませんでした。

 世界の人びとはハマスが犠牲者で、イスラエルは加害者だとみなしています。私はそれに同意できません。私たちは「パレスチナ人の権利」と「ハマス」とを分離すべきです。なぜなら10月7日の越境攻撃でハマスがやったことは“テロ”です。レジスタンスではありません。国際法が我われに軍事的な抵抗を含め、あらゆるレジスタンスの権利を与えています。しかしハマスがあの時やったことは軍事的なレジスタンスではありません。

 1930年代からのパレスチナ人の抵抗の中でハマスが10月7日にやったようなことは見たこともない。これはレジスタンスではない。それは恥ずべきことです。それは私の倫理観、私の価値観にも宗教にも、私の人道主義にも反するものです。

(Q・あなたの意見はたくさんの他の人と同じですか?)

 この意見は多くの人とシェアしました。中には私がイスラエル側に味方していると言う人もいますし、私の意見を非難する者もいます。中には「ハマスは神聖だ」という愚かな考えをまだ持っている人たちもいます。SNSの「メッセンジャー」では多くの人が私と同じように考えています。

ジャーナリスト

1953年、佐賀県生まれ。1985年より30数年、断続的にパレスチナ・イスラエルの現地取材。2009年4月、ドキュメンタリー映像シリーズ『届かぬ声―パレスチナ・占領と生きる人びと』全4部作を完成、その4部の『沈黙を破る』は、2009年11月、第9回石橋湛山記念・早稲田ジャーナリズム大賞。2016年に『ガザに生きる』(全5部作)で大同生命地域研究特別賞を受賞。主な書著に『アメリカのユダヤ人』(岩波新書)、『「和平合意」とパレスチナ』(朝日選書)、『パレスチナの声、イスラエルの声』『沈黙を破る』(以上、岩波書店)など多数。

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