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「ゲームを研究する環境がない」 留学生の嘆きがきっかけで生まれた一大ゲーム通史

鴫原盛之ライター/日本デジタルゲーム学会ゲームメディアSIG代表
「日本デジタルゲーム産業史」の著者、芝浦工業大学の小山友介教授(筆者撮影)

2020年5月、人文書院から新書「日本デジタルゲーム産業史 増補改訂版」が発行された。

本書は2016年に発行された「日本デジタルゲーム産業史」をさらに加筆し、1970年前後の黎明期から現在のトレンドに至るまで、約半世紀におよぶ歴史を網羅した、掛け値なしに画期的な一冊である。

なぜ本書が画期的なのか? その答えは、おそらく日本どころか世界でも初となる、ゲーム産業の通史をまとめた本だからだ。これまでに、特定のメーカーやゲーム機、時代にフォーカスしたビジネス書や関連書籍はいくつも出ているが、ゲーム産業あるいは業界全体の通史を書いた本は不思議と出ていなかったのだ。

では、本書の著者は具体的にどのようなコンセプトを定め、どんな思いを込めて執筆されたのだろうか? 芝浦工業大学の小山友介教授にお話を伺った。

ゲーム研究・教育の推進、環境改善の契機に

小山氏によると、本書を書こうと思ったきっかけは、ゲームをテーマにした博士論文を書くために来日したある留学生から、「参考文献・資料がとても少ない。ゲームを研究する環境が十分に整っていない」と嘆いていたのを聞いたことがきっかけだったという。

「その留学生が愚痴をこぼしていたことをSNSに書いたら、出版社の方の目に偶然留まったんです。後日、お会いしてお話をしたところ出版することが決まりました」(小山氏)

拙稿、「『ゲーム大国』なのに研究体制が不十分な日本 留学希望者がスルーしてしまう実情」でもご紹介したように、実は日本では昔から「ゲーム大国」と言われて久しいにもかかわらず、ゲーム分野における研究事例、研究・教育機関、教員や研究ポストの数が非常に少なく、特に歴史や文化、産業についての研究ができる所が極めて少ない。

そして、執筆を始めてから最初の「日本デジタルゲーム産業史」の発売までに約3年、そして今回の「増補改訂版」には2年もの時間を掛け、実に400ページを超える一大ゲーム通史が完成した。

2016年に発行された「日本デジタルゲーム産業史」(※筆者撮影)
2016年に発行された「日本デジタルゲーム産業史」(※筆者撮影)

では、先日刊行された「増補改訂版」は、具体的にどんな内容を追記したのだろうか?

「最初の本は、Nintendo Switchが発売される直前に出したので、Nintendo Switchの記述がないまま歴史書を標榜するのはどうかと思いましたので、『増補改訂版』を書くことにしました。その後も、クラウドサービスやゲーム障害などの話題が出てきましたので、情報収集と新しい本を出すタイミングをずっと計っていました。

 『増補改訂版』では、第1章のゲーム産業史の時代区分をわかりやすく整理をして、第16章の『現在』を全面的に書き直し、補論『新しい動き』を追加しました。」(小山氏)

本書の刊行後、授業で本書を使い始めた大学・専門学校の教員から立て続けにSNSで連絡があったそうだ。また、「以前は、『ゲームをテーマにした卒論を書く学生がいるから、相談に乗ってほしい』という連絡をよく受けたのですが、今はなくなりました。おそらく、ずっと前から日本中でそういう需要があったんでしょうね」(小山氏)というのだから、教育・研究機関に少なからず本書が貢献しているようだ。

本書の執筆にあたり、特にご苦労された点を尋ねると、「海外にも、各国のゲームの歴史をきちんとまとめた本はまだないんです。また、日本のゲームメーカーのほとんどが社史を作っていなかったので、業界紙や新聞の過去記事など数百本の記事を読み込んだり、ほかの資料をいろいろとあたって情報を集めました。特にPCゲームは、既に存在しないメーカーも多くて情報が少なかったですね」(小山氏)とのこと。まだ世界中を探しても類書がないのに、膨大な資料から情報を集めたうえで本書の刊行が実現したことが、いかに素晴らしいことなのかがおわかりいただけるだろうか?

ちなみに、本書の執筆を通じて他の業種にはない、ゲーム産業ならではの特徴などは何か発見があったのだろうか?

「新しいマーケットができると、そこには新しい強いプレイヤーが登場するのですが、ゲーム産業ではその特徴が顕著に出ていると思います。それから、社会からの反応が避けられないことでしょうね。例えば、自動車やコンピューター産業の場合は、国から政策としてのフォローがいろいろとあったりするのですが、ゲーム産業についてはゲームセンターはダメ、コンプガチャはダメとか、『これはやっちゃダメ』としか言われず、まだまだ健全な産業とはみなされていないことですね。なまじ産業として強かったばかりに、『別に支援しなくてもいいだろう』と思われているようです」(小山氏)

「日本デジタルゲーム産業史 増補改訂版」(※筆者撮影)
「日本デジタルゲーム産業史 増補改訂版」(※筆者撮影)

では、これからゲームの歴史を学び、研究を始めようと考える方々に対して、本書を通じて特に何が学べるのか、著者に直接アドバイスをしていただこう。

「第1章の『ゲーム産業の歴史』と、時代の大きな転換点をまとめた第9章の『1994年の激変:技術革命とビジネス革命』、それと第16章の『現在』はぜひ読んでいただきたいですね。ここでものの見方を覚えておくと、将来のゲーム産業はどうなるのか、自分自身で考えるときにあまり外さなくなると思います」(小山氏)

コンピューターゲームの誕生に始まり、アーケードゲームビジネスの成立過程、家庭用ゲーム機市場の変遷、ソーシャルゲームの隆盛、そして現在のスマホアプリやサブスクリプションサービスの状況に至るまで、ゲーム産業のトレンドをあまねくまとめた「日本デジタルゲーム産業史 増補改訂版」。本書の刊行を機に、ゲームに関する論文や研究発表が増え、産業面でも文化面でも業界の発展に寄与することを大いに期待したい。

(参考リンク)

「日本デジタルゲーム産業史 増補改訂版」(人文書院のページ)

ライター/日本デジタルゲーム学会ゲームメディアSIG代表

1993年に「月刊ゲーメスト」の攻略ライターとしてデビュー。その後、ゲームセンター店長やメーカー営業などの職を経て、2004年からゲームメディアを中心に活動するフリーライターとなり、文化庁のメディア芸術連携促進事業 連携共同事業などにも参加し、ゲーム産業史のオーラル・ヒストリーの収集・記録も手掛ける。主な著書は「ファミダス ファミコン裏技編」「ゲーム職人第1集」(共にマイクロマガジン社)、「ナムコはいかにして世界を変えたのか──ゲーム音楽の誕生」(Pヴァイン)、共著では「デジタルゲームの教科書」(SBクリエイティブ)「ビジネスを変える『ゲームニクス』」(日経BP)などがある。

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