ノルウェーで密かにサウナブーム? 「サウナとはアートでポピュラーカルチャー」
まずはこの動画を見てほしい。
ノルウェーにサウナカルチャーはあるのか
北欧でサウナといえばフィンランド。しかし同じ北欧といっても、ノルウェーではフィンランドのようには深く浸透していない。
もちろん、ジムやプールに行けばサウナはある。とてもレアだが、私の友人の自宅にサウナがあることもある(経済的に裕福な家庭で、一戸建ての場合が多く、サウナの使用頻度は低く物置きと化す場合も多い)。
オスロから離れた場所に出張に行き、ホテルにサウナがあれば入ることもある。
しかし、ほとんどの人が使わないので、たまたま一緒になったノルウェー人男性たちと「どうして温まらないんだろう」といろいろと試行錯誤したり、「別のホテルのサウナにいたら、なんとフィンランド人の宿泊客もいて、見事なロウリュ(蒸気浴)をしてくれた!さすがだ」とフィンランドのカルチャーを羨ましがる会話もする(ホテルのサウナでは水着を着用、なぜか女性とは私はあまり遭遇しない)。
だからフィンランドに匹敵するようなサウナカルチャーはないし、ノルウェーの人も張り合おうという気持ちは一切ないと思う。
ちなみに、私がノルウェー人の友人をカフェや登山に誘ったら誰かは来るが、サウナへの誘いには誰も乗ってくれない。私がオスロでサウナに行くときは一人か、日本人の友達がノルウェーに遊びに来た時だ。サウナを自宅に持つ知人には、クロスカントリースキーを楽しんだ後にサウナに入ることがもあるそうだ。
ノルウェーに住んで12年経つが、私がこの国でサウナに入ったことがあるのは10回もなかったかもしれない。しかしここ1~2年で、ノルウェーでサウナのことを考え、サウナに入ることが増えた。なぜなら、首都オスロにある再開発地区の勢いにのって、サウナ施設が増えているからだ。
フィヨルド再開発計画でサウナ施設が増加
中央駅から徒歩で5分ほどのところにあるオペラハウスには観光目的で行く日本人も多い。ここから広がる川のように見える水場は、実は塩味のする海水。氷河による浸食作用によって形成されたフィヨルドだ。
このフィヨルド一帯では「フィヨルド都市」、「フィヨルド・シティ」と呼ばれるウォーターフロント開発が進んでいる。そして、ちょこちょことサウナ施設が増えている。
ビョルビカと呼ばれるこの区域は、オスロ市議会にとって手腕の見せ所である都市開発計画のシンボル。
これからオープンする新ムンク美術館、今月オープンしたばかりの公共図書館、2008年にオープンしたオペラハウスの3つが並ぶ姿は圧巻ともいえ、政治家や市民が世界に向かって「どうだ」と自慢したい光景だ。
そもそもビョルビカ開発の計画がオスロ市議会で決定したのは1988年。油田を掘るノルウェーという、北欧の中でも財政の豊かさを分かりやすく表現しているのが、オスロフィヨルド沿いの街並みの変化ともいえる。
オスロの政治や都市開発計画を把握するためには、ビョルビカ開発地区のことは知っておいたほうがいい。それほどカルチャー、環境や気候対策、政治の駆け引き、お金の渦が巻いている場所なのだ。サウナ施設の増加もこの流れの中にある。
フィヨルドに飛び込む習慣がある、世界で2番目に海岸線が長い国
ノルウェーでは海岸線が83,281km。その長さは世界第2位を誇る。
そのような地理的条件があり、暖流の影響で凍らない湾も多いため、1年を通して「フィヨルドに飛びこむ」という習慣があった。
ここ数年では選挙活動の一環として、政党のやる気を示し、自然のありがたみを改めて実感するために、「緑の環境党」などが冬のフィヨルドにジャンプするという新しい選挙運動も出始めている(珍しいのでノルウェー公共局などもニュースにしたほど)。
「フィヨルドを市民に開放し、みんなで楽しもう!」
もともとあるフィヨルドを市民にさらに開放し、「もっと楽しもうよ」という流れ。
以前は人間活動で汚染されていたフィヨルドだが、今は泳げるほどクリーンになり(これは政治家の自慢)、オスロ市はフィヨルド地区を盛り上げようと乗り気だ。
「では、どうしたらフィヨルドを楽しめるか?」。今は続々と人口の海水浴場やサウナ施設ができている。
浜辺や海水浴場はノルウェー中に以前からあるが、首都の開発地区の魅力は、海水浴場に公共交通機関ですぐアクセスできて、中心部のど真ん中にあり、飲食店やトイレもすぐ側にある。これまでの野性的な浜辺とは便利さが異なるのだ。だから夏の快晴の日には大勢の人が集まりすぎて、市が「分散してください」と呼びかける事態になっている。
日光浴とフィヨルド水泳を繰り返す以外に、カヤックやボートを楽しむ人も前からいた。特に男性にとっては、マイホーム、丸太小屋の別荘、車(できれば電気自動車EV)、ボートがあるのがステイタスともいえる。
そして今、サウナとフィヨルドの行き来という温冷交代浴に夢中な人も増加中。彼らがフィヨルド浴場を賑やかにしているのだ。私がノルウェーに引っ越してきた2008年には見られなかった光景だ。
アートとカルチャーの複合施設であるサルト(SALT)がオープンしたのは2017年。
サルトのイメージといえば、サウナ、コンサート、家族向けのイベント会場、アート展覧会など人によってさまざまだ。
私にとっては期間限定イベントの取材でよく訪れる場所だ。例えば「欧州グリーン首都・オスロが始動! 最先端の環境の取り組みを世界に発信」(朝日新聞GLOBE)やオスロ・ファッションウィーク。
サルトの創設者であるアルラン・モーゴール・ラーシェン(Erlend Mogard Larsen)さんは、オスロより北にある北極圏トロムソでもサウナカルチャーを盛り上げている人物だ。
トロムソといえば、日本からの観光客がオーロラ鑑賞を目的にたどり着く街。「北極圏スパ」という看板で、漁船に乗ってサウナを楽しむサービスを提供している。詳しくは公式HP「Vulkana」をチェック。
ラーシェンさんは、ノルウェーにも実はサウナはもともと存在するカルチャーだと取材で語る。
昔からノルウェーにもサウナはあった
ここでノルウェー百科事典をちょっと見てみよう。ノルウェー語で「サウナ」(badstue)はどう説明されているのだろう?
「ノルウェーの人が思っている以上に、この国にはサウナの歴史があるのです、誤解している人が多いのは、サウナに関する記述が少ないことが原因でしょう」と、サルトのラーシェンさんは説明する。
オスロに急速に増えているサウナ現象を、彼は「ポピュラーカルチャー」だと解釈している。
サウナはアートでポピュラーカルチャー
ラーシェンさんにとって、今のサウナはアートの一部でもあり、カルチャーでもあるそうだ。
「サウナ体験は、コンサート会場やアート展覧会で得る体験と同じものだと思っています。ここでは熱波があってもなくても、サウナ内で文学や演劇の体験ができる。文化行事の舞台になることもあれば、サウナになることもある」
「日本の温泉やフィンランドのサウナとは違って、ここではアートも音楽も起こる。友達と一緒に色々なことができるパーティーのような場所とでもいいましょうか。今起きているのは新しいトレンドです」
これからのサウナの未来、コロナ渦で運営どうする
ノルウェー政府からの補助制度は利用したが、それでも経済的打撃は大きかった。「今は人が戻ってきて、とても良い感じだ。ただ、今日みたいに30度の天気でサウナに入る人はいないけれど」。そう話すラーシェンさんは、これからのノルウェーのサウナカルチャーの発展に期待している。
サルトでのサウナ体験でインスピレーションを受けて、自宅にサウナを作り始める人もいるという。イースター(復活祭)には近隣のサウナ施設と協力して「ビッグ・サウナデー」(Den Store Badstuedagen)というイベントも始めた。
サウナになにかをセットにするのがノルウェー流?
書いていてふと思ったが、ノルウェーでは「サウナ」だけを目的にするのではなく、「なにかに」サウナをセットにしたら「行こう」という気になる人が増えるのかもしれない。
あえていうと、漁業の国なのに魚料理の仕方が分からない保護者が多くて、「魚料理をもっと毎日の食卓に登場させ、魚好きの子どもを増やす」ことが国の課題のように(詳しくは料理通信「子どもたちをもっと魚好きに!」)。
サウナだけだと楽しみ方がわからずに腰が重いノルウェー人の私の友人たちも、クロスカントリースキー、日光浴、フィヨルド海水浴、カヤック、バーベキューなど、なにかとセットにしたら興味を持つのかも?
そういえば今まで見かけたサウナも、プールやジムの後にある「おまけ」としてサウナが利用されていた。今度から何かにサウナをセットにする誘い方をして、ノルウェーでサウナ友だちを増やしていこう。