ノルウェー・ベルゲンが切り開く、新たな「インクルージョン」の形 市民と移民・難民の交流拠点を訪問
とにかく最初に目にした途端に気になった施設名だった。移民や難民が社会に溶け込むようにと政策が議論されるとき、ノルウェーでは「統合」を意味する「インクルージョン」という言葉がよく使用される。その言葉をそのまま施設名にしているとは、なんとも大胆ではないか。
一体どんな場所なんだろう。市民の税金を使って、どのような「インクルージョン・センター」ができるのだろう。とにかく気になったので、取材に向かった。
旧教員養成大学として残っていた建物を、これからどのように使おうか?
ベルゲン市議会は話し合った。当時は中道左派の労働党が中心となり提案されたのが、「ノルウェー初の人権のための空間に」。
では、「人権を柱とした公的空間とは、なんだろう?」
市議会やベルゲン市民は議論を重ねたと、センターリーダーであるソルフリド・ヘルネスさんは取材で話す。
ベルゲン各地に散らばっていた様々な移民や難民のためのサービス事務所が、ここに統一されることになった。
ベルゲン成人小学校、ノルウェー語・社会科学習センター、難民紹介センター、同事務局の管理部門などだ。職探しだけではなく、これからノルウェーで起業したい人に向けても、「この国ではどのような準備が必要か」などのサポートを受けることができる。
このような施設が一か所に集まることには、意味も効果もある。まだよく知らない国で、各サービス施設の情報を集めるのは一苦労だし、アクセスするのも大変だ。情報格差などのさまざまな壁を乗り越えなければいけない「次から次へとくる苦労」を減らすことができる。
さらに、ベルゲン成人教育センターと移住健康センターというスペースも確保された。ベルゲン市のスポーツ局とも話し合い、スポーツエリアの共同使用も合意された。
移民や難民だけではなく、市民やボランティア団体なども利用できる地域コミュニティの場として機能している。
「インクルージョンと尊厳を促進する魅力的な建物」という、北欧市民ならではの高い理想が実現された建物ともいえるかもしれない。
「人間の尊厳を促進する解決策を優先する」という言葉は、この現代において遠い道のりのようだが、この施設はそれを実現しようとしているし、ある程度は実現できている。
4月にオープンしたばかりで、全てが順調というわけでもない。ベルゲン市は市議会で各党派の連立が不仲に終わったりと、政界はカオスな状態が続いている。そのため、市からの補助が足りず、十分な人員を雇えないという課題も抱えているという。
それでも、市民たちはこの場所を有意義に使おうとしている。食堂に案内されると、そこにはウクライナとポーランドを背景にもつ市民たちが、母国の料理を提供していた。まだ人と話すことに慣れていない人もいれば、片言のノルウェー語で積極的に話しかけてくる明るい人もいる。
「食堂オープン中」という看板を見て、新施設に関心があるベルゲン市民たちも「なんだなんだ」と覗きにきて、ウクライナとポーランドの食事を楽しんでいた。
まだ新しい国にきたばかりで、さざまな理由で、家(内)にこもりがちになることもあるだろう。そういう時、「カフェを開くから、おいでよ」と、まずは家から一歩出て、社会になじむ「きっかけ」がこの施設には無限に含まれているような気がした。
食堂をたまたま訪れた、あるカップルがいた。この施設のご近所に引っ越してくる予定だそうだ。筆者が取材のために建物を案内してもらっているところだと耳にして、「私たちも同行していいか」と一緒に視察することになった。
この夫婦は、建物がもつ様々な可能性に魅力を感じたようで、「私にはこのようなスキルがあるから、こういうことで貢献できるかもしれない」とスタッフに提案もしていた。
ここは移民・難民にとって「安心できる空間」だけではなく、ベルゲン市民がより街に溶け込めるようにするための空間でもあることを感じた。
「つながる場」を自治体が用意する責任
実は、この取材にはNGOピースボートのスタッフである金元明(きん うぉんみょん)さんも同行していた。欧社会について講演するために、筆者は水先案内人として乗船していたのだが、寄港先のベルゲンで取材に行くことを話すと、「インクルージョン・センター」という名前が気になった金さんも、ぜひ一緒に、となったのだ。
金さんは、ベルゲン自治体がこの施設に100%出資している事にまず驚いていた。
執筆後記
ここまで堂々と、「人権」「インクルージョン」「尊厳」「移民・難民」などを全面的に押し出して、市民の税金を使って公的施設を作ることは、日本で可能だろうか?
そんなことを感じながら、また数年後に、この施設がどのように変化しているのか、取材にきたいと感じた。