メイ首相、EU離脱法案の議会通過で倒閣の危機回避(上)
英国のEU(欧州連合)離脱の是非を問う国民投票からちょうど3年目を迎えた6月20日、今後のEU離脱協議を占う意味で一大転機となる出来事が起きた。テリーザ・メイ首相を苦境に陥し入れていたEU離脱法案がこの日、与党・保守党の造反議員との土壇場での妥協工作が功を奏し、すったもんだのあげくようやく下院を通過したのだ。
同法案は上院が4月に可決し下院に送付されたものだが、上院はEUとの離脱協議で政府がEUと最終合意した決定を覆すことができる、いわゆる、「意味のある投票」を可能にするなど議会が政府の手足を縛る15項目の修正法案を可決していた。下院採決前、フィリップ・リー司法副大臣(閣外相)が突然、メイ首相に辞表を提出してEU残留を狙う保守党の造反グループに加わったため、下院通過が危ぶまれる緊急事態となった。英BBC放送は6月17日、「保守党造反議員がEUとの最終合意に反対投票すれば、政府は倒れる可能性がある」と伝えるなど、英国メディアは連日のように政界の混乱を報じた。
話は複雑になるが、上院から下院に送付されたEU離脱法案に対する15項目修正案の下院採決は今回が2度目だった。最初の下院採決は6月12日に行われ、このときはメイ首相の造反議員への懸命な説得工作ですべての修正案は否決され、EU離脱法案は議会を無事に通過するかにみえた。このときのメイ首相の説得工作について、英紙デイリー・テレグラフは6月13日付で、「メイ首相はEU残留派の造反議員を説得するため、EUとの離脱協議が最終的にノーディールに終わった場合、議会にその是非を問う投票、つまり、意味のある投票を認める妥協案を示し合意した」と報じた。議会に「意味のある投票」の権限を認めたことは、政府のノーディールという最後の選択肢が封じられたことを意味した。メイ政権にとって大きな制約となる。
ところが、造反議員との妥協案に基づいて、政府が策定し直したEU離脱修正法案が6月14日に公表されると事態が一変する。妥協案では「議会投票の結果は政府に対し拘束力を持つ」との文言があったが、政府案では「ニュートラルな動議」と、議決に拘束力がないという内容に書き換えられていたからだ。ニュートラルというのは、議決を必要としない議事運営に関する手続き動議という意味だが、BBCは6月15日、「政府がEUとノーディールで最終合意した場合、政府は議会に事後報告の声明文を提出するだけで、議会はそれに対し、交渉のやり直しや移行期間の延長、EU離脱の撤回などといった新たな修正要求ができない。これでは政府はノーディールで離脱することが可能になる」と報じた。この政府修正案に対し、造反議員グループのリーダーのドミニク・グリープ議員(元法務長官)らは政府の裏切り行為と非難し、上院と下院に元の修正案を再提出し、メイ首相と仕切り直しとなっていた。
一方、造反議員の主張に批判的な英紙デイリー・テレグラフの元政治部デスク、チャールズ・ムーア氏は6月15日付で、「コチコチの残留支持派が意味のある投票などと呼ぶのは笑わせる。2年前の国民投票で離脱が決まった。このとき、議員らはこの投票は意味のある投票になると明確に述べていた。我々が離脱すると投票したのだから離脱する。英国民は離脱に投票したのに、残留に投票した人々はそれなのに、まだ、我々の意味のある投票がなかったようにしようとしている」と批判する。
結局、EU離脱法案は議会を通過し、その結果、造反議員が望んでいたように、英国が19年3月29日のEU離脱日に移行期間なしにいきなり離脱するという、いわゆる“クリフエッヂ”は回避されることになった。しかし、その一方で、政府もノーディールでEUと最終合意した場合、または、議会が最終合意を拒否した場合、議会は政府に次の対策を指示できるという強権発動が否決されたことで、ノーディールという究極の選択肢を残せることになった。それよりも、メイ首相はもし造反議員らと妥協に失敗した場合、造反議員らによる首相退陣を迫る倒閣運動に発展するとの論調があったが、今回の妥協成立で倒閣の動きを封じ込めることができたことは大きい。(次回に続く)