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上司との交渉や職場での会話の録音~バレたら解雇?

佐々木亮弁護士・日本労働弁護団幹事長
怒鳴っていても、裁判では怒鳴ってないと主張してきます。(写真:アフロ)

みなさん、こんにちは。いかがお過ごしでしょうか?

さて、数日前ですが、次のニュースが報じられました。

録音で解雇は無効、女性勝訴 東京地裁

毎日新聞のニュースです。

これは、記事によると、JPモルガン・チェース銀行日本法人の秘書業務を担当していた女性労働者が、2010年に勤務態度や上司の命令に従わず職場で会話を録音していたことなどを理由に解雇されたという事件のようです。

結論として解雇は無効となり、解雇から現在までの賃金の支払が命じられることとなったようです。

ちなみに、同じ事件の報道ですが、朝日新聞は

米金融会社「解雇無効」判決 東京地裁

としており、記事内で特に録音の問題については触れていません。

おそらく、JPモルガン・チェース銀行日本法人側の主張する主な解雇理由は「業績不良」の方なのでしょう。

しかし、「録音しやがったな!それも許せん!」ということで、解雇理由にこれがくっついていたものと推察されます。

こういうことはよくあります。

録音していいの?

さて、よく質問されるのですが、会社とトラブルになっているとき、職場での会話などを録音していいのか、という問題があります。

たとえば、

  • 退職勧奨を受けているのでその様子を録音したい
  • パワハラを受けているので上司の言動を録音したい
  • 解雇されそうなので用心のために上司との会話を録音しておきたい

など、その必要性は様々です。

結論から言うと、職場におけるトラブルがある場合に録音することは全く問題ありません

むしろ、私は推奨しています。

というのも、そもそも労働トラブルで、証拠は使用者側には豊富にありますが、労働者側にはほとんどないことが多いのです。

ただでさえ証拠がないのに、録音もダメとなったら、「じゃあ、どうすりゃいいんですか?」という話です。

しかも、会話で「ああ言った」「こう言った」というのは、裏付けがなければ、裁判で認定される確率はかなり低くなります。

そして、裁判になれば会社側は、100%に近い高確率で、「そんなこと言っていない」と主張してきます。

しかし、録音があれば、「そんなこと言っていない」とは言えず、「そういう趣旨ではない」「そういうつもりではない」「意図が違う」という主張に変わり、一気に劣勢に追い込めるのです。

こっそり録音しても証拠になるの?

一部に誤解があるようですが、こっそり録音しても証拠になります。

有名な事件として東京高裁の判決(昭和52年7月15日判決)があります。

この事件では、次のように判示されています。

ところで民事訴訟法は、いわゆる証拠能力に関しては何ら規定するところがなく、当事者が挙証の用に供する証拠は、一般的に証拠価値はともかく、その証拠能力はこれを肯定すべきものと解すべきことはいうまでもないところであるが、

としています。

ここで「証拠能力」というのは、裁判の証拠として使っていい、という意味です。

続けて、

その証拠が、著しく反社会的な手段を用いて、人の精神的肉体的自由を拘束する等の人格権侵害を伴う方法によって採集されたものであるときは、それ自体違法の評価を受け、その証拠能力を否定されてもやむを得ないものというべきである。

として、よほどひどい証拠収集をしたような場合はさすがに証拠として使えないよ、と言っています。

そして、肝心のこっそり録音については、次のように述べます。

そして話者の同意なくしてなされた録音テープは、通常話者の一般的人格権の侵害となり得ることは明らかであるから、その証拠能力の適否の判定に当っては、その録音の手段方法が著しく反社会的と認められるか否かを基準とすべきものと解するのが相当であり、

としています。

そうです。

録音の手段方法が著しく反社会的と認められなければ証拠として使ってOKということです。

そして、この事件は酒席での会話を録音していたようですが、

これを本件についてみるに、右録音は、酒席における石上らの発言供述を、単に同人ら不知の間に録取したものであるにとどまり、いまだ同人らの人格権を著しく反社会的な手段方法で侵害したものということはできないから、右録音テープは、証拠能力を有するものと認めるべきである。

として、OKとなっています。

就業規則とかで禁止されていたらどうなるの?

問題は、こういうことを察知した会社が、

「裁判で録音を出されてはかなわんなぁ。そうだ! 社内で録音を禁止する就業規則にしよう!」

という場合です。

この場合、録音したことを理由に不利益(解雇や懲戒)を労働者に課せるのかですが、その答えの1つが冒頭の事件であるといえます。

記事によると、判決では、「女性は勤務評価が低く『辞めさせられる』との認識を抱いていた。録音は雇用上の地位を守る以外に使っていない」と指摘しているそうです。

つまり、録音をする合理的な理由があれば、それが形式的には就業規則違反(労働契約違反)であるとしても、その使途、目的、背景事情を酌んで判断されるということだと思われます。

もし、これが、形式的に判断され、就業規則違反だから解雇は有効!となっていたらどうでしょうか?

労働者としては、罵声を浴びても、人格を攻撃されても、不当な解雇理由を述べられても、それを証明する手段が奪われたと等しいことになるのです。

これでは労働者はサンドバッグ同然です。

冒頭の事件の判決はそれを回避するもので、至極真っ当な判決だと言えるでしょう。

弁護士・日本労働弁護団幹事長

弁護士(東京弁護士会)。旬報法律事務所所属。日本労働弁護団幹事長(2022年11月に就任しました)。ブラック企業被害対策弁護団顧問(2021年11月に代表退任しました)。民事事件を中心に仕事をしています。労働事件は労働者側のみ。労働組合の顧問もやってますので、気軽にご相談ください! ここでは、労働問題に絡んだニュースや、一番身近な法律問題である「労働」について、できるだけ分かりやすく解説していきます!2021年3月、KADOKAWAから「武器としての労働法」を出版しました。

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