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映画作りという“祭り”を、虚実皮膜の揺れで見せる『山田孝之のカンヌ映画祭』

碓井広義メディア文化評論家

いまや「テレビ東京に最も愛されている男」かもしれない。俳優・山田孝之のことだ。

『勇者ヨシヒコ』シリーズはもちろん、今期の『山田孝之のカンヌ映画祭』も山田孝之ならでは、テレビ東京ならではのドラマになっている。他の役者、他のテレビ局では出来ない1本だ。

そもそも山田孝之は自らの価値観で仕事を決める俳優である。予算が少なかろうと、放送が深夜であろうと、仕事の選択には関係ない。それは挑戦的で面白い企画か。そこには共感できるスタッフがいるか。何より自分にとってその現場が刺激的かどうかで判断するのだ。

俳優・山田孝之が作り出す“現場”

2年前の『山田孝之の東京都北区赤羽』も、そんな1本だった。主演映画の撮影中、演技が出来なくなった山田は現場を去る。たどり着いたのが北区赤羽、という“設定”だ。

1Kのアパートに住み、地元の人たちと交流していく。登場するのは実在の場所と実在の人物たちでありながら、どこまでが「実」で、どこからが「虚」なのか。その境界部分に生まれる怪しさと妖しさが可笑しかった。

今回の『山田孝之のカンヌ映画祭』は一層、手がこんでいる。山田がカンヌ国際映画祭での受賞を目指して、映画製作に取り組むという話だ。作品名は『穢(けがれ)の森』。主演は超難関私立中学に合格して話題の芦田愛菜である。父親を死なせた母親とその愛人に復讐を果たそうとする少女役だ。

監督は、妻夫木聡主演『マイ・バック・ページ』や前田敦子が出演した『苦役列車』などで知られる山下敦弘と、東日本大震災直後の東京をドキュメントした『トーキョードリフター』の松江哲明。撮影は是枝裕和監督作品で知られる山崎裕カメラマン。そしてプロデューサーが山田孝之だ。うーん、これが本当に制作されるなら、マジで見てみたい。

番組は山田と山下の映画作りを追っていく。なんと2人は敵情視察とばかりに、実際のカンヌ映画祭に潜入してしまう。そこに集う映画関係者に『穢の森』のデモ映像を見せたり、映画製作についてのアドバイスを受けたりしたのだ。

山田は脚本を書くかわりに、大まかなストーリーとイメージを漫画家・長尾謙一郎に伝え、何枚もの絵にしてもらった。脚本無しで大丈夫なのかと思うが、映画作りの常識みたいなものにも挑戦したいのだとわかってくる。

芦田愛菜の“プロフェッショナリズム”

つい先日は、キャストのオーディションを行っていた。そこでは本物の犯罪者、いや犯罪の経験者を探していたようだが、さすがに難しい。応募者たちに、警官から職務質問された経験の有無などを聞き、ある雰囲気をもった素人さんを選んでいた。

人数が絞られた段階で、主演の芦田愛菜とからむ場面を演じてもらう。芦田は相手が素人であっても、監督から細かな説明がなくても、きちんと自分の役柄を造形し演じようとしていた。

このドラマで目が離せないのが、芦田愛菜の“プロフェッショナリズム”だ。前述のオーディションだけでなく、打ち合わせでの態度も、「しっかり仕事をする女優」の姿を見せていた。それはカメラが回っているからという話以前の、彼女の素の一面だろう。

天才子役というステレオタイプな見方を恥じるくらい、ここでの芦田は山田や山下たちよりも数倍しっかりしている(笑)。“プロの女優”として彼女がそこにいるだけで、映画『穢の森』が現実感、リアリティを帯びてくるのだ。

船酔いにも似た”虚実皮膜の揺れ”

また、『殯(もがり)の森』でカンヌの審査員特別大賞を受賞した、河瀬直美監督も登場した。最近では審査員も務めた河瀬監督が、「賞うんぬんより中身でしょう。この作品に魂はあるの?」と山田を叱る。さすがの存在感。そして、「一度、私と仕事してみたら」と誘われた山田は、河瀬監督の短編映画に出演する。撮影終了後、何か突き上げてくるものがあったのか、山田は涙を流す。このあたり、ドラマだと分かっていてもドキドキする。

そう、この番組、もちろんドラマなのだが、映画制作のプロセス、裏側を見せるというドキュメントにもなっているのだ。作り手たちは何を考え、何に悩み、どう解決していくのか。元々監督(この作品では企画・製作の山田)の頭の中にしかなかったイメージを、どんなふうに具現化していくのか。『穢の森』がフェイクであろうとなかろうと、一種普遍的な“現場”の空気感がそこにある。

毎回、「クランクインまで、あと**日」というテロップが入る。本当にクランクインできるのか。というか、本当にクランクインするのか。

あらためて、ここで展開されていることの、一体どこまでが「実」で、どこからが「虚」なのかと思う。もちろん全部が「虚」かもしれないが、その中に隠された「実」があるのも確かだ。しかもその「実」は映画作りという“祭り”の大事な部分であり、創造することの本質に関わる部分であって、それを垣間見ることができるのだ。

あと数回で終わってしまう山田孝之ショーだが、どう決着をつけるのか。この船酔いにも似た”虚実皮膜の揺れ”を、最後まで楽しんでみたい。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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