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「有機」「平飼い」「非遺伝子組み換え」は当たり前 米国で感じた「国産安全神話」の崩壊

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
スーパーマーケットの有機野菜売り場(筆者撮影)

「国産だから安心、外国産は不安」——。日ごろ口にする食べ物に関し、こう思っている日本の消費者は多い。ところが最近、米国を旅行した際にスーパーマーケットなど消費者が日々買い物をする現場を見て回ったら、日本とは比べものにならないほど安心・安全への取り組みが進んでいた。

(この記事は8月19日にYahoo!ニュース個人で公開した記事「高級ホテル並みの朝食代 環境車の主役が交代 姿を消した旅行客 米国で目にした日本の凋落」の後編です)

日本人にも人気の「ホール・フーズ」

まず訪れたのは、農薬や化学肥料、遺伝子組み換え技術などを使わずに製造された有機(オーガニック)食品を売りにする、スーパーマーケット・チェーンの「ホール・フーズ・マーケット」(略してホール・フーズ)。1990年代から2000年代にかけて急成長し、現在は全米各地に500店舗以上を展開。カナダや英国にも進出している。日本人観光客にも人気があり、日本でも、ホール・フーズのトートバッグを肩から提げている人をたまに見かけたりする。

筆者が十数年前、カリフォルニア州ロサンゼルスに住んでいた時、毎週末、買い出しに出かけたのも、このホール・フーズだった。2017年にアマゾン・ドット・コムに買収された時は、商品の質が落ちるのではないかとの懸念が利用者の間で広がったが、今回久しぶりにロサンゼルス市郊外の店舗を訪れたら、「安全な物を安心して食べたい」という消費者ニーズに合致した商品がますます増えているように感じた。

ホール・フーズ・マーケットの外観(筆者撮影)
ホール・フーズ・マーケットの外観(筆者撮影)

店内は、野菜や果物などの生鮮食品から、パスタやシリアル、乳製品、ジュース、スナック類、調味料などの加工食品に至るまで、有機食品や、独自の安全基準に基づいて生産された食品のオンパレード。その光景は十数年前とほとんど変わっていなかったが、大きく変わったと感じた売り場もあった。鶏卵売り場と食肉売り場だ。

放し飼いニワトリの卵

卵売り場をのぞくと、パッケージに「PASTURE RAISED」(パスチャー・レイズド)と大きく書かれた卵がずらっと並んでいた。PASTURE RAISEDは訳すと「放し飼い」。鶏舎の外に設けられた草地で、与えられたエサのほか草や虫などをついばみながら健康的に過ごす鶏から採った卵という意味だ。

採卵用の鶏は、かつては、薄暗い鶏舎の中で、何段重ねにもした狭い檻(ケージ)に閉じ込めて飼うのがどこの国でも主流だった。だが現在は、アニマルウェルフェア(動物福祉)意識の高まりで、ケージ飼いを禁止する動きが世界的に広がっている。米国でも州法でケージ飼いを禁止する州が増えており、カリフォルニア州では今年から、ケージ飼いの卵は販売できなくなった。卵売り場が大きく変わったと感じた一因は、それだった。

ケージ飼いに関しては、欧州連合(EU)も2012年、「バタリーケージ」と呼ぶ、鶏がほとんど身動きできない非常に狭い檻の使用を禁止。5年後の2027年からは、カリフォルニアなどと同様、一切のケージ飼いが禁止になる。鶏卵の生産量世界一の中国でも、ケージ飼いをやめる動きが広がっていると報じられている。

ケージ飼いを禁止するのは鶏のためだけではない。ケージ飼いの鶏の卵は、人の食中毒の原因となるサルモネラ菌に汚染されやすいとの調査結果が数多く報告されている。日本では、卵を殺菌剤などで洗浄してから出荷する対策が取られているが、洗浄してもサルモネラ菌を完全に除去できない可能性が指摘されている。

スーパーマーケットの卵売り場。「有機」「放し飼い」「非遺伝子組み換え」などの表示が躍る(筆者撮影)
スーパーマーケットの卵売り場。「有機」「放し飼い」「非遺伝子組み換え」などの表示が躍る(筆者撮影)

薬剤耐性菌の脅威

また、鶏に限らず、劣悪な環境で飼育された家畜は、ストレスから免疫力が低下して病気にかかりやすくなるため、抗生物質の投与が欠かせない。家畜の成長を早めるために抗生物質をエサに混ぜて与える場合もある。だが、抗生物質を安易に家畜に使うと、家畜の体内で抗生物質の効かない薬剤耐性菌が生まれ、その菌が何らかの経路で人に感染すると、最悪の場合、感染者が死亡することがある。

実際、米疾病対策センター(CDC)によると、米国では毎年280万人以上が薬剤耐性菌に感染し、35,000人以上が死亡している。CDCは、牛や豚、鶏などの家畜やその家畜の肉を耐性菌の主な感染源の1つと見ている。日本でも、厚生労働省が調査したところ、国産鶏肉の59%、輸入鶏肉の34%から耐性菌が検出されたとの報道がある。2016年の先進国首脳会議(伊勢志摩サミット)では、薬剤耐性菌対策の強化が首脳宣言に盛り込まれるなど、耐性菌問題は国際的な政治課題になっている。各国がアニマルウェルフェアの取り組みを強化しているのも、このためだ。

ただ、日本では依然、消費者が手にする卵の少なくとも約9割が、バタリーケージの中で産み落とされた卵だ。ケージを使用しない飼育を意味する「平飼い」とパッケージに書かれた卵も最近見かけるようになったが、例外にすぎない。

穀物肥育より牧草肥育

食肉売り場ものぞいた。「抗生物質不使用」を意味する「NO ANTIBIOTICS」(ノー・アンティバイオティックス)の大きな表示が目を引く。ホール・フーズでは以前から抗生物質不使用の肉が売られていたが、今回見た限りでは、ほぼすべての肉が抗生物質不使用肉に置き換わった印象だ。

牛肉のパッケージにも、鶏卵と同じようにPASTURE RAISEDと書いてあった。これは「牧草肥育」という意味。草食動物の牛は本来、牧草が主食だが、いつのころからか主に穀物で育てる「穀物肥育」が主流になった。専門家によれば、穀物肥育は牛にとってはストレスで、病気を発症し死ぬこともある。そうした病気の予防・治療のために抗生物質を使う生産者も多い。また、牧草肥育と穀物肥育の肉を比較すると、前者のほうが人に有用なビタミンやミネラル、不飽和脂肪酸を多く含む傾向がある。牧草肥育は地球環境に優しい持続可能な畜産という観点からも注目が高まっている。

こうした理由から近年、牧草肥育肉の人気が上昇。英国やアイルランド、ウルグアイなど、牧草肥育肉の生産・輸出に力を入れる国も増えている。筆者が今回、食事をしたロサンゼルスのイタリアンレストランにも、「牧草肥育した和牛肉のタルタル」というメニューがあった。一方、日本では、サシのたっぷり入った穀物肥育肉の人気が高く、「牧草肥育」と表示した肉はほとんど見かけることはない。

ファーマーズ・マーケットでもさまざまな有機農産物を買うことができる。右端にぶらさがっているのは、米農務省の認証マーク(筆者撮影)
ファーマーズ・マーケットでもさまざまな有機農産物を買うことができる。右端にぶらさがっているのは、米農務省の認証マーク(筆者撮影)

有機が当たり前に

ときどき利用していた米国の典型的なスーパーマーケットにも久しぶりに立ち寄ってみた。卵売り場をのぞくと、PASTURE RAISEDや、同じく「放し飼い」を意味する「FREE RANGE」(フリー・レンジ)とパッケージに書かれた卵が何段にも積み重なっていた。驚いたのは、有機野菜の売り場面積が十数年前に比べて格段に大きくなっていたことだ。

米国ではホール・フーズの成功に刺激され、ウォルマートやコストコなど安さを武器にするスーパーでも有機食品の品ぞろえを強化。その結果、有機業界団体によると、有機食品の市場規模は2021年までの10年間で約2.3倍に膨らみ、年間の売上高は575億ドル(約7兆9,000億円)に達している。野菜と果物を合わせた青果物に占める有機の割合は15%にまで拡大した。くだんのスーパーの有機野菜売り場の拡張には、こうした背景があったのだ。

有機市場の急成長は、欧州など他の多くの国や地域でも同様だ。かつての「毒入り冷凍餃子事件」などの影響で、日本ではイメージのよくない中国は、いつの間にか米国、ドイツ、フランスに次ぐ世界4位の有機食品大国になっている。これに対し日本は、農林水産省が昨年「みどりの食料システム戦略」を発表し、ようやく有機農業が本格的に普及し始めるかどうかという段階だ。

チョウのマーク

いろいろな売り場や食品のパッケージをながめていて、おや?と思ったことがある。非常に多くの商品に、黄色いチョウをあしらったマークが付いていたのだ。実はこれ、遺伝子組み換え技術を使わずに生産した「非遺伝子組み換え食品」であることを証明する認証マーク。草の先にとまるチョウのイラストと非遺伝子組み換えを意味する「NON GMO」(ノン・ジーエムオー)を組み合わせたデザインで、2010年に市場に登場。瞬く間に普及し、現在は3,000を超えるブランドの5万を超える商品が、このマークを管理する非営利組織から認証を受けて使用している。

非遺伝子組み換え食品であることが一目でわかる認証マーク(筆者撮影)
非遺伝子組み換え食品であることが一目でわかる認証マーク(筆者撮影)

ホール・フーズで販売されているスナック類や調味料などの商品の多くにこのマークが付いていたし、宿泊したホテルの部屋に置いてあった有料のスナック類にも付いていた。地元の人たちでにぎわうファーマーズ・マーケット(朝市)で朝食用にパンを買った時、ふと見上げたら店のテントにまでこのマークが付いていた。マークの存在は以前から知っていたが、こんなに多くの商品に使われているとは、まったく想像していなかった。

遺伝子組み換え食品に関しては、米政府は食べても安全とのお墨付きを与えている。しかし、消費者の不安は根強い。また、安全だと理解していても、遺伝子組み換え技術が引き起こす自然環境への予期せぬ影響や、地域社会を支える小規模農家の経営への悪影響などを懸念し、拒否感を示す消費者も多い。チョウのマークの普及は、食品メーカーや流通業界がそうした消費者の不安や多様な価値観に応えようとしている表れとも言える。

根強い国産信仰

チョウのマークを見た時に、おや?と思ったのは、日本はそれとは正反対の方向に進んでいるように見えるからだ。日本でも現在、「遺伝子組み換えでない」と表示された加工食品が流通している。しかし、遺伝子組み換え大豆などが原料として混入している可能性があるのに「遺伝子組み換えでない」と表示するのは消費者を欺く行為だとの議論がどこからか出て、内閣府の専門委員会で検討した結果、2023年4月から表示の要件が厳格化されることが決まった。この結果、「遺伝子組み換えでない」との表示は、その大半が姿を消すとみられている。

今回、米国の食品流通の現場を見て回りながら頭に浮かんだのは、日本人の根強い「国産信仰」だ。日本政策金融公庫が昨年7月に実施した消費者動向調査では、3人に2人(68.3%)が食料品を購入する時に国産品かどうかを「気にかける」と答えている。国産食品の安全性についての質問では、「安全である」と思う人は68.9%で、「安全面に問題がある」と思う人は2.8%だった。多くの日本人が、「国産は安全」と考えているのだ。

しかし、東京大学大学院の鈴木宣弘教授は、近著『農業消滅』の中で日本の安全規制の緩さなどを挙げ、「日本の農産物の『安全神話』は崩壊しつつある」と指摘して、国産信仰に警鐘を鳴らしている。

もちろん、米国内で作られ売られている食品すべてが有機だったり、抗生物質不使用だったり、非遺伝子組み換えだったりするわけではない。だが、米国の消費者はそうした食品を買おうと思えば手軽に買うことができ、消費者の選択を助けるための表示も充実している。それと比べた時、日本で売られている国産を含めた多くの食品は、果たして安心・安全と言い切れるのだろうか。広々としたホール・フーズの店内を歩きながら、そんな思いを改めて抱いた。

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

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