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高級ホテル並みの朝食代 環境車の主役が交代 姿を消した旅行客 米国で目にした日本の凋落

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
大勢の観光客で賑わうサンタモニカ・ビーチ。マスク姿はほぼ皆無(筆者撮影)

「久しぶりに海外旅行したら物価の高さにびっくりした」——。夏休みシーズンに入って海外旅行する日本人が増えるなか、帰国者のこんな嘆き節がテレビなどを通じて盛んに聞こえてくる。実は筆者もその1人。この夏の久しぶりの米国旅行は図らずも、物価を含め、日本の凋落ぶりを目の当たりにする旅となった。

ファミレスでの朝食が2人で8000円

訪れたのは米国カリフォルニア州ロサンゼルス。期間は7月末の5日間。現地ではレンタカーを借りて動いた。

レンタカー代から、ガソリン代、宿泊費、レストランでの食事代、カフェのコーヒー代にいたるまで、何から何まで高いと感じたが、中でも驚きが大きかったのは、外食費の高さだ。

ある朝、朝食をとろうと、ホテルの近くに見つけたパンケーキ・チェーン店「IHOP(アイホップ)」に入った。昔からあるパンケーキが売りのファミリーレストランで、家族連れに大変人気がある。この日も子ども連れの客などでほぼ満席だった。

すぐ席に案内され、大きなパンケーキ2枚に卵やソーセージなどがついたセットと、ジュース、コーヒーをそれぞれ2人分注文。食事を終えチェックを見ると、代金は税込みで52.85ドル。これにチップを乗せて60ドルをクレジットカードで支払った。その時も高いなと思ったが、帰国後、カードの使用明細書の8,223円(1ドル約137円)という数字を見て、改めて高さを実感。日本だったら、高級ホテルの朝食並みの値段だ。

2人で8000円の朝食(筆者撮影)
2人で8000円の朝食(筆者撮影)

カジュアルディナーのつもりが48,000円

ディナー代もすこぶる高かった。大勢の客で賑わうシーフードレストランに入り、生ガキの盛り合わせ、ロブスター、カレイの料理を一皿ずつ頼み、最後にデザートとコーヒーを2人分注文。通常、ディナー代が高くなる原因となるワインは、ボトルを頼むことはやめてグラス3杯にとどめたが、それでも勘定は税込みで286.98ドル。これにチップを加えて350ドルを支払った。同じく後でカードの明細書を確認すると、48,254円(1ドル約138円)だった。

実は、このシーフードレストランは、筆者が2004年から08年の4年間ロサンゼルスに駐在していた時に、手頃な値段でおいしいシーフードが食べられるお気に入りの店として、何度か行ったことのある店だった。カジュアルな雰囲気や料理のおいしさは当時のままだったが、勘定を見て「こんなに高かったっけ?」と思わず首を傾げた。日本だったら、ミシュランの星付きレストランで請求されるような金額だ。

ホテル代が2.3倍に

外食だけではない。宿泊したホテルの1つは、前回2009年にロサンゼルスに旅行した時に泊まって気に入ったホテルだった。季節もほぼ同じ。ところが、13年前と今回のホテルの明細書を比べたら、部屋代は1泊あたり71%も値上がりしていた。しかも、ベランダから海を見渡せた前回の部屋と違い、今回の部屋は中庭に面していてブラインドを下ろしていないと反対側の部屋から覗かれてしまうような、グレードの低い部屋。同じグレードの部屋に泊まっていたら、もっと高かったに違いない。さらに、前回は為替相場が1ドル約100円だったので、円建てで比較すると、2.3倍も上がっている計算になる。

なぜこんなにも米国の物価は高くなったのか。もちろん、最近の話に絞れば、コロナ禍やロシアによるウクライナへの軍事侵攻などの影響を受けたエネルギー価格や食料品価格の高騰がある。カリフォルニア州サンフランシスコに住む友人も、「物の値段が何でも上がってしまい、このままだと、今より収入が確実に減る老後が不安」と語るなど、米市民も物価高の直撃を受けているのだ。

「失われた30年」を実感

だが、日本人旅行者には、米国の物価は米国人が感じる以上に高騰しているように映る。原因は一言で言えば、「失われた30年」とも言われる日本経済の凋落だ。詳しい説明は経済の専門家に譲るが、わかりやすい例を1つ挙げれば、日本の賃金の伸び悩みがある。

経済協力開発機構(OECD)によると、日本の実質平均賃金は1990年から2020年の30年間で約4%しか増えていない。対照的に、米国は約1.5倍、ドイツ、フランスはいずれも30%以上増えるなど、ほとんどの主要先進国では、労働者の賃金が大幅に上昇している。この結果、現在の日本の賃金水準は、韓国にも抜かれ、OECD加盟国の中では下から数えたほうが早い。これでは、日本人が今、欧米諸国に旅行したら、物価が高いと感じるのは当然だ。

コロナ前は来日する中国人観光客の爆買いがよくニュースになったが、20数年前は、ニューヨークやパリなどの高級ブランド店に大挙して押し寄せる日本人観光客が海外でも話題になっていた。筆者は1994年から95年にかけて留学生としてニューヨークのマンハッタンに住んでいたが、当時は為替が一時1ドル80円を切るまで上昇するなどかなりの円高ドル安だったこともあり、あらゆるものが安く感じた記憶がある。振り返ると隔世の感がある。

日本の凋落を実感したのは物価だけではない。

プリウスからテスラへ

ドライブ中や街中を散歩中に、非常に目立つ車があった。米テスラ社が製造販売する電気自動車(EV)テスラだ。日本でも時々見かけるようになったが、ロサンゼルスでは「あっ、またテスラ」といった感じで走っている。ドライブ中に信号待ちした時、目の前にテスラが横に3台並んだこともあった。テスラが売れているのは、「環境に優しい車」というイメージが大きい。ロサンゼルスで多く見かけたのは、カリフォルニア州という、環境意識のとりわけ高い土地柄のせいもあるかもしれない。

3車線すべてテスラ。右車線はその1台前もテスラ(同乗者が助手席から撮影)
3車線すべてテスラ。右車線はその1台前もテスラ(同乗者が助手席から撮影)

「環境に優しい車」と言えば、かつてはトヨタのハイブリッド車プリウスがその名をほしいままにしていた。映画スターのレオナルド・ディカプリオさんがこれ見よがしに、アカデミー賞の授賞式にプリウスで乗り付けた話は有名だ。筆者が前回ロサンゼルスに住んでいた時も、最もひんぱんに見かけた環境車がプリウスだった。しかし今回の旅行でプリウスを見かけた回数は、片手に収まる程度だった。

EVが本当に環境に優しいかどうかという議論はさておき、米最大の経済規模を持つカリフォルニア州で、時代の最先端を行く環境車の主役がプリウスからテスラに交代していたことは、筆者にとっては、「日本株式会社」の象徴でもある自動車産業の衰退、ひいては日本経済の凋落を強く感じる出来事だった。

「ウィズコロナ」で活気

日本の凋落ぶりをしみじみと実感した例をもう1つ挙げるとすれば、日本人観光客の少なさだ。夏休みのこの時期は例年、ロサンゼルスにも多くの日本人観光客が押し寄せる。しかし今回は、ハリウッドやビバリーヒルズ、サンタモニカ、ベニスビーチといった観光地をドライブしたり散歩したりしても、観光客と見られる日本人を見ることはほとんどなかった。唯一、多くの日本人に出会った場所は、大谷翔平選手が活躍する大リーグのロサンゼルス・エンゼルスの本拠地エンゼルスタジアムくらいだった。

長引くコロナ禍が影響しているのは間違いない。しかし、人気の観光地はどこも観光客でごった返していた。米国人だけでなく、耳に入ってきた言葉から判断して、ヨーロッパからも多いように見受けられた。しかも、屋外、屋内にかかわらず、ほぼ誰もマスクをしていない。エンゼルスタジアムも同じで、ファンはマスクなしで大きな声援を送っていた。

検査から帰国便への搭乗まで3日間も間が空き、日本人旅行者に大きな負担を強いる割には、水際対策としてあまり効果があるようには見えない帰国前のコロナ検査(筆者撮影)
検査から帰国便への搭乗まで3日間も間が空き、日本人旅行者に大きな負担を強いる割には、水際対策としてあまり効果があるようには見えない帰国前のコロナ検査(筆者撮影)

日本同様、米国でもけっしてコロナが収束したわけではない。滞在中も、新たな入院患者数の高止まりを受け、ロサンゼルス郡が屋内でのマスク着用の再義務化を検討したが、反対意見が多数出て見送ったというニュースをテレビでやっていた。米国は新型コロナによる死者数が世界で唯一100万人を超すなどコロナによる打撃をどこよりも受けた国だが、少なくとも筆者が見た限りは、その“後遺症”はほとんど感じられず、むしろ、いわゆる「ウィズコロナ」が軌道に乗り、経済や社会が再び活気づいているという印象を強く受けた。

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

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