Yahoo!ニュース

歌丸師匠も苦しんだCOPD(慢性閉塞性肺疾患)〜患者と専門家の声から「タバコ病」の実態に迫る

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
「タバコ病」とも呼ばれるCOPD(慢性閉塞性肺疾患):イラスト素材:いらすとや

 早歩きがつらかったり階段を上るとすぐ息切れがしたりするという症状が出たら、あなたは「タバコ病」とも呼ばれるCOPD(慢性閉塞性肺疾患)かもしれない。今日11月21日は世界COPDデー。あまりよく知られていないCOPDという病気だが、専門家の医師と患者から実態と治療法、その切実な症状を聞いた。いま現在、あなたが喫煙者ではなくても、過去にタバコを吸っていたり、周囲からの受動喫煙のある人、家族にそうした人がいるなら必読だ。そしてCOPDのリスクは加熱式タバコも例外ではない。

ある日突然、呼吸困難に

 COPD(Chronic Obstructive Pulmonary Disease)とは、かつて慢性気管支炎、肺気腫と呼ばれた病気の総称だ。進行はゆっくりと遅く、低下した肺の機能はもとに戻らない。息が苦しくて動けないため、仕事にも支障が出て経済的な困窮状態になることも多い。苦しさから食欲もなくなって体力や免疫力が低下、肺がんや動脈硬化などの合併症にかかりやすくなる。さらに、活動的でなくなるため、閉じこもりがちになり、気鬱になって社会的なつながりが希薄になる。COPDが進行すると患者のQOL(生活の質)が極端に落ちかねない。

 COPDの主な原因は、受動喫煙を含むタバコの煙だ。2018年7月に亡くなった落語家の桂歌丸師匠はヘビースモーカーゆえに発症したCOPDに長く苦しみ、禁煙推進とCOPDの啓発活動を続けたことで知られている。

 日本には約530万人のCOPD患者がいると推定されているが、ゆっくり進行するため、高齢で発症が確認されることが多く、咳や痰、息切れなどが加齢のせいと考えて病気の発見や治療がされにくい。はっきりした症状が出てCOPDと診断されたときには、すでに病気がかなり進行していることも多い。

 COPDの権威の一人、東北大学の黒澤一教授は「日本人の喫煙者の5〜6人に1人は60歳からCOPDにかかります。もちろん禁煙すれば病気の進行を遅くできますが、タバコの煙が原因になる病気なので受動喫煙でも発症することもあります」という。

画像

黒澤一(くろさわ・はじめ)東北大学環境・安全推進センター教授(統括産業医)、東北大学大学院産業医学分野教授。東北大学医学部卒業、福島労災病院第二呼吸器科部長、カナダ・マギール大学特別研究員、東北大学病院内部障害リハビリテーション科講師、日本呼吸器学会「COPD(慢性閉塞性肺疾患)診断と治療のためのガイドライン2018」の作成委員会委員長など。写真撮影筆者

 男性の場合、つい10年前までの喫煙率は40%ほどだった。黒澤教授が「COPDは肺の生活習慣病であり、ありふれた病気」というように、過去の高喫煙率の影響が今になって現れてきているともいえる。

 黒澤教授はCOPDの特徴について「ありふれた病気ですが、治療を受けていない患者さんがとても多いんです。進行がゆっくりで自覚しにくかったり、加齢と思い違いされていることが多いのですが、COPDという病名があまり一般に広く知られていないことも大きく影響しています。こうした未治療の患者さんの半数以上は、重症を含む中程度以上の症状と考えられ、だからこそCOPDの認知度を上げることが重要です」と警告する。

 日本政府の健康日本21(第二次)では2022年までにCOPDの認知度を80%にするという目標を掲げている。肺気腫や慢性気管支炎といった病名は比較的よく知られているが、COPDという病気の認知度はなかなか上がらない。

 今日2018年11月21日は「世界COPDデー」だ。これはCOPDの研究推進や啓発活動をするGOLD(Global Initiative for Chronic Obstructive Lung Disease )が提唱、世界COPD患者団体連合会(International COPD Coalition)が協力して毎年、11月の第三水曜日に開催されている世界的なイベントとなっている。

 高齢化が進む日本では、これからCOPDの患者が増えていくと考えられている。黒澤教授がいうように、知らず知らずのうちにCOPDの病状が進んでいかないように、認知度を上げる必要があるだろう。

 黒澤教授は「40歳以上で喫煙歴のある場合、呼吸器科を受診して肺年齢(肺機能)を調べてみたほうがいいでしょう。実際の年齢より肺年齢が10歳以上多い人はCOPDの可能性が高いといえ、精密検査を受けて早いうちに治療を始めることが大事」という。

タバコが原因と実感している患者たち

 筆者は、神奈川(横浜)もみじ会というCOPDを含む呼吸機能障害者団体を訪ね、前田稲二郎会長(77歳)と浅尾毅理事(76歳)に話を聞いた。お二方ともCOPDの患者であり、かつては喫煙者だった。

──COPDと診断されたのはどういう経緯でしたか。

前田「2002年に膀胱がんになり、精密検査を受けたら肺気腫が発見されてCOPDと診断されました。それまでウォーキングもできていましたので驚きました」

浅尾「2014年に別の病気で地元の病院を受診し、CTをとってみたらCOPDも見つかりました。全く自覚症状がなくて私も驚きました」

──あまりCOPDの自覚症状が出なかったんですね。

前田「はい。しかしCOPDと診断されてから8年後、急に息苦しくなって救急車を呼んだんです。最初に診断されてからもタバコを止めなかったのでCOPDが進んだんでしょう。それからは息が苦しくて腕も上げられないほどになり、食事も1日5〜6回に小分けにしないと苦しくて食べられなくなったんです」

──喫煙歴はどれくらいでしたか。

前田「18歳から1日25〜30本くらい吸っていました」

浅尾「20歳から52年間、1日30本吸っていました。タバコを美味しいと思ったことは一度もないんですが、依存というか、もう習慣になって吸い続けていたんです」

──COPDになったのはタバコのせいだと思いますか。

浅尾「そうですね。タバコを吸ってCOPDになるのは自己責任とも考えられますが、確実に肺をやられてしまうのも事実です。そうした情報が正しく喫煙者に伝わっていないのかもしれません。私はタバコを止めてから手足がポカポカ暖かくなりました」

画像

取材に応じてくださった呼吸機能障害者団体の神奈川(横浜)もみじ会の前田会長(右)と浅尾理事。お二方とも、喫煙するなと強要することはできないが、タバコ会社はタバコの害をきちんと明示して欲しいと訴えた。写真撮影筆者

 大阪在住のCOPD患者も訪ねた。74歳の田所毅さんだ。

──おいくつの時にCOPDと診断されたんですか。

田所「ひどい喘息の発作に襲われた67歳のときです。レントゲンを撮ってみたら、本来なら伸縮する肺がほとんど弾力がなく伸びっぱなしの状態で、先生からCOPDといわれたんです」

──COPDの自覚症状は何かありましたか。

田所「入浴時に肺が水圧に抵抗できにくくなったり、自転車で坂道を上れなくなったりしました」

──タバコは吸われていたんですね。

田所「はい。16年前にがんの大手術をしてから1日20本に減らしましたが、20歳の頃から1日40本、吸ってきました。止めたのはCOPDと診断された7年前です」

──タバコについて何かおっしゃりたいことはありますか。

田所「私の場合は45年も吸ってきた結果の自業自得、反面教師ですが、若い人でタバコを吸っていたら今すぐに止めたほうがいいと思います。親からいただいた大事な命ですから」

画像

COPDという病名は、診断された67歳で初めて知ったという田所さん。紹介いただいた社会福祉法人恩賜財団大阪府済生会野江病院の三嶋理晃総長、山岡新八副院長兼呼吸器科特任部長に感謝します。写真撮影筆者

 COPDはかつて治療法が少なく、タバコを止めて安静にして病気の進行を遅らせることしかできないと考えられていた。だが、最近になり有効な薬物療法が開発され、逆に運動や呼吸リハビリテーションといった身体活動が治療に効果的ということがわかってきた。

 先述の黒澤一東北大学教授は「歩くことが大事という本当の意味は、筋肉を動かすことにあります。苦しくなったら休んでもかまいません。胸や背中などを柔らかくするための柔軟体操も効果的です。体力も症状も患者さんそれぞれですので、その患者さんに合った方法で身体を動かしていただけば、活動的になって気持ちも前向きになり、患者さんのQOLが悪化することを防ぐことができ、それを継続することによってQOLを格段に向上させることさえ可能になる」という。

 COPDになると、肺機能が低下することで呼吸に必要なエネルギーの割合が多くなる一方、呼吸が苦しいために食事が細り、カロリー不足になりがちだ。黒澤教授は「基礎代謝に占める呼吸の消費エネルギーの割合は、健常者の場合は数%に過ぎませんが、COPDの患者さんでは30〜40%にもなることがあり、体重あたりの基礎代謝が相対的に高い状態です。効率的な呼吸を学んだり、高タンパク高カロリーの食事指導をしたりすることが重要なポイントになりますが、食欲も重要です。筋肉を動かして空腹にして、しっかり食べるという、良い循環をつくることが大切です」という。

加熱式タバコもCOPDの危険が

 COPDとタバコの因果関係は、タバコ煙の有害物質が微細粒子となって肺の中へ入り込んで発症すると考えられている。

 では、最近になって広がりつつある加熱式タバコではどうだろう。進行がゆっくりな病気なので、加熱式タバコでCOPDになるかどうか、科学的、医学的にはっきり因果関係がわかるまでには時間がかかりそうだが気になるところだ。

 タバコ対策や禁煙治療を積極的に行っている村松弘康医師に加熱式タバコとCOPDの関係について聞いたところ、健康被害が低減するとPRしている加熱式タバコでもCOPDの危険性は考えられるという。

 村松医師は「加熱式タバコもかなりの有害物質を含み、ニコチンは従来のタバコとほぼ同等量が含まれています。ニコチンには強力な血管収縮作用があり、心臓や脳血管系の病気発生率は同等以上の可能性があります。また、加熱式タバコの有害物質は、仮にタバコ会社の広告どおり90%低減されているとしても十分有害な量なのです。たとえば、タールを10mgから1mgまで削減したタバコは従来から存在していますが、これでCOPDやがんの発生率が減少することはありませんでした。さらに、最近ではニコチンもCOPDを引き起こすことが分かってきましたので、加熱式タバコでもCOPDを発症する可能性があるのです」という。

 タバコをなかなか止められないのは、ニコチンという薬物による依存のためだ。ニコチンに依存性がなければ、タバコなど即座にこの世からなくなるだろう。

 そのため、タバコ会社はニコチンの依存を強めるように工夫する。加熱式タバコも例外ではない。村松医師は「タバコ会社は、ニコチンの依存性を高めるためにアンモニアを添加しています。アンモニアでニコチンをアルカリ性にすると、ニコチンの吸収が良くなり、脳に到達しやすくなるのです。しかし、アンモニアは高温で燃やすと分解されてしまうため、加熱式タバコのように低温で加熱したほうが効果的なのです。加熱式タバコのほうが、従来のタバコよりもニコチン血中濃度が上昇するという動物実験データもあり、むしろニコチンへの依存は強まるかもしれません」という。

画像

村松弘康(むらまつ・ひろやす)医学博士、中央内科クリニック院長。武蔵野大学客員教授、東京都医師会タバコ対策委員会委員長。東京慈恵会医科大学卒業、同呼吸器内科非常勤講師、日本国際医学協会評議員、日本生活習慣病予防協会参事など。写真撮影筆者

 タバコが原因のCOPDだが、加熱式タバコにも要注意ということだ。肺年齢には個人差があり、タバコに対する感受性も遺伝的に個々人で違いがあるようだが、明らかに症状が出てからでは治療も困難になりかねない。

 COPDは進行が遅く、見つかりにくい、だが確実に肺を蝕むやっかいな病気だ。現在喫煙者や過去喫煙者はもちろん、加熱式タバコの使用者や受動喫煙の被害者も含め、少しでもタバコの煙を浴びたことがあれば、一度は自分の肺年齢(肺機能)をチェックしてみたらどうだろう。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人の企画支援記事です。オーサーが発案した企画について、編集部が一定の基準に基づく審査の上、取材費などを負担しているものです。この活動は、個人の発信者をサポート・応援する目的で行なっています。】

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

石田雅彦の最近の記事