Yahoo!ニュース

市の魅力を全国に届けるコラボキャンペーン~相模原市役所とアイドルマスターミリオンライブ!の意外な関係

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
画像提供・相模原市役所観光・シティプロモーション課

 アニメやゲームのキャラクターを地域おこしに起用することは、よくあることだ。最近では、アニメの舞台が「聖地」などと呼ばれて、多くの人が訪れるという現象も一般化している。

 しかし、急に多くの人たちが訪れ、中にはマナーが悪い人たちが地元住民とトラブルを起こしたりということも起こっている。人はたくさん訪れるようになったが、地元とのつながりが今一つ明確ではなく、公的機関が関与することに批判的な意見が出ることもある。

 そんな中で、「聖地」でもなかったのに、市役所が自ら手を挙げてコラボを企画し、地域おこしに好影響を与えている事例があるというので、相模原市役所を訪問し、関係者の話を聞いてみた。

・アイドルと市役所のコラボ

 若い世代を中心に人気の「アイドルマスター ミリオンライブ!」の太陽、月、星にちなんだ3チームのアイドルたちの力を借りて、地域の認知度向上と来訪勧誘を図る「アイドルマスター ミリオンライブ!×相模原市コラボキャンペーン」を実施したのは、相模原市役所だ。

 都心から電車で約一時間。神奈川県相模原市は、小田急線とJR横浜線、相模線と鉄道が発達し、ベッドタウンとして人気の街だ。

 今回は、この相模原市で市の観光や魅力などをPRする観光・シティプロモーション課の市橋剛輝課長と、担当者として今回のプロジェクトを推進し、SNSなどで絶え間なく情報発信をしている相模原市公式Twitterアカウント「相模原市シティプロモーション」の「中の人」のお二人にお話を伺った。

相模原市はベッドタウンとしても人気の街だ。JR・京王橋本駅周辺(画像提供・相模原市役所観光・シティプロモーション課)
相模原市はベッドタウンとしても人気の街だ。JR・京王橋本駅周辺(画像提供・相模原市役所観光・シティプロモーション課)

・アイドルたちの力を借りて、市の魅力を全国に届けるコラボキャンペーン

 『アイドルマスター』とは、2005年にアミューズメント施設向けゲーム機からスタートした株式会社バンダイナムコエンターテインメントのアイドルプロデュースゲームだ。プロデューサーとしてアイドルを育成するゲームシステムや、個性豊かなキャラクター、楽曲が多くの人たちの人気を集めている。家庭用ゲームソフト、ラジオ、テレビアニメ、モバイルコンテンツ、さらにステージイベントの開催など、多方面に展開している。

 相模原市では、その中の「アイドルマスター ミリオンライブ!」の太陽、月、星にちなんだ3チームのアイドルたちの力を借りて、市の魅力を全国に届けるコラボキャンペーンを実施した。

・きっかけは公募

 なぜ「アイドルマスター」とのコラボをやることになったのだろうか。

 「バンダイナムコさんが、公募していたのです。それで、市役所として応募することにしたのです。」

 こともなげに言うが、通常、「お役所仕事」と揶揄されるくらい、役所は何につけても時間がかかる上に、悪い意味での「引っ込み思案」であることが多い。

 「今回の公募は、アイドルたちにお仕事をさせてくださいというものだったのです。もちろん、バンダイナムコさんの応募要領には企業や団体が対象で、はっきり言って役所は想定されていなかったようなのですが、だめだとも書いていなかったので思い切って応募しました」と「中の人」は話す。

・ほかの自治体職員が舌を巻く、即断即決、即行動

 バンダイナムコの募集を「中の人」が見つけたのが10月。11月に企画の構想を固め、12月から事業展開を始めている。

 他の自治体職員にこの話をすると、「ちょっと信じられない。企画内容も、スピード感も振り切れている」と言う。

 運も味方した。このアイドルマスターには、複数のグループがあり、今回、コラボ先を募集していたミリオンライブ!には、太陽、月、星にちなんだ3チームで構成され、チームの中のアイドルが星座の名称がついた3~4人のユニットに分かれていた時期があったことに着目し、これをピックアップしてコラボしている。「中の人」は次のように話す。

 「JAXA(宇宙航空研究開発機構)相模原キャンパスがあることから、市が掲げる『宇宙を身近に感じられるまち さがみはら』の認知度向上を図るためにも、アイドルたちの力を借りたいと思いました。」

宇宙航空研究開発機構(JAXA)相模原キャンパスがあるため相模原市では「宇宙とつながるまち さがみはら」をテーマにしている。市役所にも「はやぶさ」の展示コーナーがある。(画像・筆者撮影)
宇宙航空研究開発機構(JAXA)相模原キャンパスがあるため相模原市では「宇宙とつながるまち さがみはら」をテーマにしている。市役所にも「はやぶさ」の展示コーナーがある。(画像・筆者撮影)

・秘密は課の名前にあった

 「バンダイナムコさんの企画に応募した理由は、うちの課の名前を見てもらえば、少し分かっていただけると思います。」

 課の名前は「観光・シティプロモーション課」だ。観光振興だけでなく、市内外の人たちに相模原市のことを知ってもらうことが、主な業務だ。

 「今回のバンダイナムコさんの企画は、アイドルたちにお仕事をさせるというものでした。市役所の事業で、相模原のことをPRするお仕事をしてもらう。まさに、シティプロモーションなのです。」

・コンサルや業者を使わず、市の職員が自ら企画、立案、実行

 こうしたタイアップ企画の多くは、コンサルや業者によって持ち込まれ、ともすれば市役所の職員は事務方だけということが多く、一歩間違えれば、事業は実施するけれど、所詮は他人事で愛着も湧かない。

 ところが、今回のキャンペーンは、市役所職員が自ら発案、企画、立案、交渉、実行まで展開している。しかし、そんなに簡単にここまでのキャンペーンを動かせるのだろうか。

 実は、この「中の人」がこうした企画を扱ったのは初めてではない。これまで、コロナ禍の中で市内の菓子店を応援するための企画や、現行の市公式観光ガイドブックの企画、制作を担当しており、現在は地元出身の声優とのコラボ企画など様々な事業を担当する傍ら、相模原市の情報発信をSNS担当者として担っている。それだけに、今回の企画でも市内の菓子店や観光施設の協力をすぐに取り付けることができた。

 さらに、情報発信するだけではなく、SNSで情報発信する企業などからもノウハウを学んでいた。「ある時、親近感のあるツイートが人気で多くのフォロワーを持つ某企業のTwitterの中の人が、相模原市内でキャンプをするというツイートを見つけました。これはチャンスだと、すぐに連絡を取り、現地へ向かい、先方の中の人にご挨拶をしました。」

 このことをきっかけに、さっそく市に来てもらい、TwitterなどSNSの情報発信の重要性や注意点などについて、全職員を対象に複数回職員研修を実施してもらうことまでやった。

 コンサルや業者の専門知識やノウハウを借りて事業展開することは、重要なことだ。しかし、「丸投げ」してしまっては、市役所職員の中に、専門知識やノウハウが残らない。

 「なんでもそうですが、特にSNSなどネット関係は、自分で使ってみないと、話だけ聞いても理解するのは難しい。できるところまで自分でやってみる。でも、分からないことやできないことは、自分よりも詳しい人に教えてもらうようにしています。」

・みんなが参加できることが大切

 キャンペーンは、2022年12月22日から2023年1月4日までの第一弾、2023年2月23日から3月12日までの第二弾に分けて行われた。

 第一弾では、「アイドルマスター ミリオンライブ!」の3チームから、どのユニットと、どの相模原市内スポットの組み合わせがぴったりか、Twitter投稿でアイデアを募集した。決定した組み合わせは、第二弾でコラボカードとして採用されるというもの。市内のスポットに関しては、「中の人」自身が制作を担当した市公式観光ガイドブック「相模原の栞」を参考資料として、ネットからダウンロードできるようにした。

 「全国の皆さんから公募しましたから、ネット上の情報を参考にスポットを選んでもらえたらと思っていたのです。相模原市を実際に訪問しなくても、興味を持っていただけたらいいなと始めたのですが、ふたを開けてみると年末年始にもかかわらず、相模原市を訪れる方が沢山いらしたのです。」と「中の人」が言う。アイドルマスターは、ゲームの参加者はプロデューサーとして、アイドルをプロデュースしていくというものだ。プロデューサーたちは、コラボカードの作成のために相模原市にロケハンにやってきた。キャンペーンを作り上げる段階から、多くの人たちが参加できる形式を取ったことが、想像以上の効果を生んだ。

キャンペーンの第一弾はコラボカードのデザインの公募から(画像提供・相模原市役所観光・シティプロモーション課)
キャンペーンの第一弾はコラボカードのデザインの公募から(画像提供・相模原市役所観光・シティプロモーション課)

・地元企業も参画しなければ意味がない

 さて、いよいよ第一弾でカードのデザインが決定されると、第二弾に配布されるカードや、訪れる人たちに記念撮影などをしてもらうスポットの展示物の制作に取り掛かった。

 観光地や地元商店などをカードの配布場所や、スタンプの設置場所にして、周遊させるというのは、どこでもやっていることではある。

 「キャラクターの等身大のパネルを置くといった装飾が一般的ですが、もっと相模原市らしい、なにか、そして、見た方が思わずそれをSNSで拡散したくなる仕掛けが作れないかと思いまして。」

 地域の産業振興を考えれば、市内でできるものは、できるだけ市内の事業者に発注したい。配布するカードの印刷や、撮影ポイントに置くコラボ看板も市内の事業者に相談し、デザインや制作を市内で完結した。

 「私たちの仕事は、観光を地域の産業振興に結び付けていくことでもあります。こうしたイベント用のグッズならば、市外の専門事業者に発注してしまう方がスムーズな場合もあります。しかし、そうではなくて、出来る限り市内の事業者に関わってもらうことも自治体の重要な仕事だと思っています。」

 相模原市立博物館などに展示することになったコラボ看板は、メリーゴーランドと観覧車になった。作り上げられていく過程を知った「プロデューサー」の人たちから高い評価が寄せられた。

相模原市立博物館や相模湖観光案内所に展示されたメリーゴーランドと観覧車(画像提供・相模原市役所観光・シティプロモーション課)
相模原市立博物館や相模湖観光案内所に展示されたメリーゴーランドと観覧車(画像提供・相模原市役所観光・シティプロモーション課)

・コラボカード配布施設の売上げは、コロナ禍前の約2倍に

 こうした努力のかいもあり、さがみはらアンテナショップsagamixなどコラボカード配布施設の総売上額は前年度比で約4.8倍、コロナ禍前の2019年度と比較しても約1.9倍となった。さらに、市内の菓子店などでコラボコースターを配布するコラボキャンペーンを追加企画として実施したため、各店舗での売り上げにも貢献した。

・知らないことは弱みではない

 このような企画を進めた「中の人」は、アニメやゲームなどに精通している人なのだろうと考える人が多いだろう。ところが、「中の人」は、実は「アイドルマスター」を知ったのは、この公募が初めてだという。

 「みなさん、アイドルたちをとても大切に思っておられるんです。知ったかぶりをしても、すぐに見抜かれますし、失礼なことはしたくないと思いました。ならば、知らないことばかりだと、正直に告白して、協力していただいたり、色々教えていただこうと考えました。」

・「開催側の熱意と参加側の熱意が合わさり最強」

 このキャンペーンを組み立てていく上で、「中の人」が最大限に活用したのがTwitterだ。これまでも、相模原市の情報発信にTwitterを活用してきた「中の人」は、ノウハウと経験を積み上げてきた。Twitterは、一方的に情報発信するだけではなく、双方向でコミュニケーションが取れることが最大の特徴であることを実感していた。

 さて、今回、Twitterでの反応はどうだったろうか。

 「開催側の熱意と参加側の熱意が合わさり最強」

 「買ってもらう以上に、知ってもらうことに重きを置いた考えに舌を巻いた」

 「市名さえ知らなくて、何があるんやって話だったけど、今回行ってみたら、観光スポットメチャクチャ多くてビックリした」

 主催者である市側の熱意と発想の柔軟さ、さらには参加型のキャンペーンへの高い評価。さらに、コラボ商品を作って、「売らんかな」という姿勢が多い中、第二弾では相模原市内の対象店舗で「さがみはらスイーツ」を購入することで貰えるコースターなど、相模原市を訪問し、地域の商店の自慢の品を購入してもらうことを目標としていることへの称賛。さらに、多くの人たちがネットで完結せず、現地を訪れることで、さらに相模原市に関心を持ったことが伝わってくる。

さがみはらアンテナショップsagamixに設置されたノートと「アイドルマスター」名刺入れ。キャンペーンをきっかけに相模原市を訪問する人が増えた。(画像提供・相模原市観光・シティプロモーション課)
さがみはらアンテナショップsagamixに設置されたノートと「アイドルマスター」名刺入れ。キャンペーンをきっかけに相模原市を訪問する人が増えた。(画像提供・相模原市観光・シティプロモーション課)

・硬直した発想からの脱却を 

 アニメやゲーム、SNSなどという自分が理解できないものについて、まず否定することから始める人も多い。一方で、限られた情報だけで「この程度のものを与えておけば喜ぶんだろう」という安易な発想を持つ人もいる。いずれにしても、ちゃんと理解しようという姿勢のない、硬直した発想と言える。

 SNSの積極的な利用とノウハウの取得。市内事業者を訪問し、対話を繰り返すことで、連携関係を構築。さらに、これらを基盤にして、今回のキャンペーンを広く参加型で実施する。もちろん、これらを進展させてきた「中の人」もすごいが、短期間に企画、提案されたものを、迅速に認め、実行に移すようにしてきた市の管理職や上層部の柔軟さも、まさに現代に必要なことだろう。

 さらに「今回、参加してくださった方たちに敬意を持ち、知らない点、分からない点に関して教えていただく。企画段階から、みなさんに参加していただき、興味を持っていただいて、相模原市に来ていただく。そして、そこで相模原市自慢の逸品を買ったり、食べたりすることで、市内事業者も参画していただく。みんなが楽しく参加できたことが、一番の収穫です」と「中の人」は言う。

 市橋課長は、「相模原市に来ていただき、住んでいただくには、きっかけが必要。担当者から、公募に手を挙げる提案を聞いたときに、これはきっとそのきっかけになると思い、応募を決めました。これからも、SNSなどの効果的な運用や、人気のあるゲームなど力のあるコンテンツを上手く活用しながら、多くの方に相模原市の魅力を知っていただけるよう取り組んでいきたい」と話す。

 変化が激しく、人材の確保が困難になっているのは、どの自治体も同じであろう。最近は、公務員といえども優秀な職員が転職してしまうケースも増えていると聞く。

 だからこそ、自治体においても高い専門性を持つ職員を確保し、そのスキルを最大限に活かした人事配置と柔軟でスピード感のある対応が可能な、相模原市のような体制づくりの重要性が増している。

*参考

相模原市公式ホームページ

相模原市公式Twitterアカウント「相模原市シティプロモーション」

アイドルマスター ミリオンライブ!【ブランド公式】Twitterアカウント

アイドルマスター ミリオンライブ! 765プロダクション プロデューサー企業 募集プロジェクト

株式会社バンダイナムコエンターテインメント

神戸国際大学経済学部教授

1964年生。上智大学卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、京都府の公設試の在り方検討委員会委員、東京都北区産業活性化ビジョン策定委員会委員、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

中村智彦の最近の記事