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吸血型M&Aとはなにか~中小企業経営者への「注意喚起」の意味

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
M&Aを巡る不祥事が相次いでいる(写真:イメージマート)

・M&A仲介協会の注意喚起

一般社団法人M&A仲介協会(2025年1月1日から一般社団法人M&A支援機関協会に名称変更予定)が、2024年10月29日に「不適切なM&A取引に関する注意喚起」を発表した。

 この中で「不適切な譲受け事業者」を「譲渡企業の経営権を取得後、譲渡側経営者の個人保証の解除を行わず、対象会社の現金などの資産を抜き取った上で、そのまま事業を放置したり、失踪したりなどする譲受け事業者や、資力のない譲受け事業者などを指します」と説明している。

 そして、同協会は「2024年10月からは、不適切な譲受け事業者の情報を業界内で共有する『特定事業者リスト』の運用を開始」しており、「事業承継・M&Aを検討されている中小企業の皆様におかれましては、当協会の同基準を遵守しているM&A支援事業者を選択いただくなど、被害に合わないよう」に注意喚起を行っている。

 同協会がこのような発表を行わなくてはいけなくなった理由は、今年(2024年)に入ってから、複数のM&A案件で「不適切な譲受け事業者」について、社会問題化してきたことがある。

 また、一般社団法人事業承継学会の「事業承継M&Aリサーチプロジェクトチーム」が2024年8月27日に発表した中小企業の経営者・後継者・経営幹部および中小企業むけ経営支援者に対して行った「事業承継M&A仲介会社の営業姿勢と業務遂行の信頼性に関するアンケート調査」では、M&A仲介会社の営業姿勢に関する評価がとしては、「非常に悪い」「どちらかと言えば悪い」の合計が75%超となり、特に「非常に悪い印象をもっている」人も24%といった結果になったことが報告された。

 中小企業の高齢化や後継者難による廃業の急増が経済に与える影響が大きく、その対策として政府も中小企業のM&Aに力を入れてきた中で、多くの不祥事やM&A仲介会社の強引な営業姿勢に批判が集まったことを業界団体である同協会も放置できないと判断したようだ。

・協会加盟仲介会社はわずか5%

 しかし、中小企業庁のM&A登録支援機関に登録しているM&Aに関わるフィナンシャル・アドバイザー業務を行ったり、仲介業務を行う者の数は、2024年8月20 日現在で2,766件と、ここ数年で急増している。

 さらに中小企業庁の発表した登録状況を見ると、2020年代に登録された業者が1,482社と過半数を占めており、約半数のM&A仲介会社等は、この5年間に参入していることが判る。

 さらにM&A支援業務専従者数を見ると1人が1,359社、0人が624社という状況だ。実に72%は専従者が1人か0人だ。

 M&A仲介協会の会員数が129社である。つまり、M&A登録支援機関のうち、協会に加盟しているのはわずか5%に過ぎない。協会の自主規制だけでは、実効性が充分とは言えないだろう。
 許認可制度など制度整備を行わずに、M&Aを奨励した結果、「儲かる」と考えて雨後の筍のように参入した企業や個人事業者の一部が現在の問題を引き起こしている。いずれにしても、こうした問題発生はある程度、予想できたはずであり、政府の対応が後手に回っているという批判は逃れられないだろう。

M&A登録支援機関の72%は専従者が1人か0人という状況
M&A登録支援機関の72%は専従者が1人か0人という状況

2020年代に登録が急増している。
2020年代に登録が急増している。

・吸血型M&Aと呼ばれる理由

 問題となっているM&Aにはいくつかのパターンがあるが、共通しているのは買収する企業の事業継続は考えておらず、所有している資産を奪取することだけが目的であるという点である。

 後継者が不在であるという点を除けば、事業は堅調な企業あるいは事業そのものは低調であるが資産を保有している企業が狙われる。通常の企業買収の場合、事業そのものの価値が重視されるのに対して、吸血型M&Aの場合、現金化できる資産が目当てである。その結果、本来であれば一定の収益を確保でき事業継続ができていた企業が、資産を収奪され、倒産に追い込まれる。元気に泳いでいる魚にタガメがとりつき、血液を吸い取って殺してしまうのと同じである。

売却側企業の資産はすべて奪取され、倒産に追い込まれる。新たな後継経営者が来たことで再開された金融機関からの新規融資も本社(購入企業)に送金されてしまっている。
売却側企業の資産はすべて奪取され、倒産に追い込まれる。新たな後継経営者が来たことで再開された金融機関からの新規融資も本社(購入企業)に送金されてしまっている。

・残酷な吸血型M&A

 M&A仲介協会は、2025年1月1日施行予定で、自主規制ルールの中に「経営者保証に関する基準」を定めたことを発表している。この基準では、会員であるM&A仲介に対して、「M&A取引において、経営者保証が解除されないことが懸念される場合等について、書面を交付して明確に説明する義務」を課すとしており、「不適切なM&A取引に対する抑止効果は大きい」としている。

 本来、全株式を譲渡するのと同時に、元の経営者(売却側)が金融機関などに行っている経営者保証(借入金の返済責任)も、新たな持ち主(買収側)に名義変更しなくてはいけない。ところが、これを履行せず、いろいろと理由をつけて、信用保証の名義変更を行わないままにされ、倒産してしまった場合に負債を元の経営者がすべて負うという事態が発生しているのだ。

 買収側の本社は、いわゆるダミーで、名義変更を行わなかったことなどで訴訟を起こそうとしても、すでに消滅してしまっているケースも出ている。結果的に奪取した資金などの流れを解明することは難しい。これらのケースは、ドラマでも話題になった「地面師」と似ており、かなり大掛かりに違法行為が行われているようだ。

 売却側の元経営者は売却金額を手にはしているが、それ以上の負債を返済する義務を負うこととなる。さらに、経営者の高齢化から融資を中断していた金融機関も、後継経営者ができたことで新たな融資を行った結果、その資金も奪取されてしまったケースもある。

 しかし、最も大きな影響を受けるのは、従業員たちであり、悪質な場合、従業員のための各種保険なども解約され、退職金なども手にすることもできずに放り出されることになる。

・株主が自分の会社をどうしようと勝手?

 一方で、「会社は買収した株主のもので、株主が自分の持ち物をどう処分しようが勝手だ」と主張するむきもある。つまり、正常なM&A取引で企業買収を行った後に、事業継続をするのか、資産をすべて回収し、廃業するのかは新たな株主が決定することであり、他人は口を挟むなという意見である。

 この場合、買収側は事業継続による新たな価値創出は初めから考えていないということになる。不動産を購入するのと同じで、できるだけ資産価値が高いものを、いかに安く購入し、現金化なり、高値で転売するかが大切になるわけだ。

 日本の中小企業経営者は、後継者がいないために企業譲渡を考える経営者の多くが、M&Aにおいて買収側が事業と従業員の継続を希望する。一方、買収側からすると、特に同業者の場合、できれば事業だけを引き取り、間接部門を中心に重複する部分の従業員は引き継ぎたくないということが多い。

 「それだけに、従業員の雇用を守るという条件で、譲渡価格について譲歩する経営者も少なくありません。ただ、継続雇用に関しては、最終的には買収側に任されるわけで、口約束でしかない場合も多いです」と、ある地方金融機関の担当者は指摘する。

 中小企業だけではなく、中堅企業、大企業においても、買収した企業に乗り込んできた新経営陣が、いきなり資産を売却し、従業員を解雇し廃業させる事例や、本社の負債を肩代わりさせたり、新事業と称して赤字事業に巨額の資金を投入するなどして、倒産させる事例が実際に起きている。こうした事例も、吸血型M&Aの一種であると言える。

・M&A業界の雇用形態や商習慣の改善も

 こうした事件が続発する背景にあるのは、M&A業界の商習慣や雇用形態にあると指摘する意見も多い。

 M&A仲介業者においては、成功報酬型の給与体系が導入されており、その結果、一部の業者においては案件を無理にまとめようとするあまりにしつこい営業活動や、強引な商談の進め方に陥っている可能性が高い。これまで明らかになっている事例の中には、買収側の問題を知りながら、売却側に正確な情報を伝えていなかったのではないかとの疑惑を持たざるを得ない仲介業者も存在する。

 過去にも一部の金融機関で過度の実績主義に走った結果、書類偽造や架空案件などで住宅ローンなどを行う事件が発生している。M&A業界の商習慣や雇用形態についても、今後、業界全体で改善が不可欠である。

・中小企業経営者の意識改革も必要

 M&Aを利用しようと考える中小企業経営者も、買収、売却双方においても、信頼のおける相談先を慎重に選択する必要がある。また、安易に提供された情報だけで判断したり、契約書などを精査せずにサインすることの無いように注意が必要だ。

 中小企業の創業経営者の場合、相談する相手も少なく、こうした契約などに関して不慣れな場合が多い。結果的に契約書などの確認が不充分となり、一方的に不利な契約を結んでしまい、問題が発生して初めて発覚する結果となる。

 中小企業経営者に対しての注意喚起はもちろんのこと、経営者自身の意識改革も重要である。

・従業員保護にも配慮を

 欧州連合(EU)では、EU法にM&Aの際に従業員の権利を保護するための規定が存在している。EU法の規定では、企業の合併や買収が行われる場合、従業員は事前に通知され、協議される権利を有しており、労働契約の条件が一方的に変更されることがないようにするための保護も確立されている。(注)

 吸血型M&Aの問題では、ともすれば売り手と買い手ばかりに注目が行き、従業員に関して取り上げられることは少ない。しかし、EUと同様に日本でもM&Aの一般化に合わせて、従業員保護の観点からの法整備も急がれる。

・迅速な対応を

 後手に回ったという批判は避けられないにしても、今後、協会による取り組みも強化されることが発表されている。今回の協会による中小企業経営者に対する注意喚起の影響も大きいが、残念ながらそれで充分な対策とは言えない。併せて、政府による規制強化、資格制度などM&A関連法規など制度設計の見直しおよび整備も重要である。

 日本の高齢化に伴う中小企業の後継者不足とそこからくる廃業の急増は、地方経済はもちろん、日本の経済活性化の足かせになる。その一つの対応策としてM&Aは重要であることは間違いない。中小企業におけるM&Aが定着していくように、政府、業界ともに問題への対応を急ぐべきである。

(注)EU指令2001/23/EC(Transfer of Undertakings Directive、いわゆる「TUPE指令」)

Article 7 (1) - Duty to inform and consult representatives

The transferor and the transferee shall be required to inform the representatives of their respective employees affected by the transfer of the following:

(a) The date or proposed date of the transfer.

(b) The reasons for the transfer.

(c) The legal, economic and social implications of the transfer for the employees.

(d) Any measures envisaged in relation to the employees.

神戸国際大学経済学部教授

1964年生。上智大学卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、京都府の公設試の在り方検討委員会委員、東京都北区産業活性化ビジョン策定委員会委員、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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