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今夜放送!『魔女の宅急便』のキキは、ホウキで空を飛ぶ。それはどれほど大変な行為なのか!?

柳田理科雄空想科学研究所主任研究員
イラスト/近藤ゆたか

こんにちは、空想科学研究所の柳田理科雄です。マンガやアニメ、特撮番組などを、空想科学の視点から、楽しく考察しています。さて、今回の研究レポートは……。

4月29日21時「金曜ロードショー」で、スタジオジブリの『魔女の宅急便』が放送される。なんと16回目のテレビ放送で、過去15回の視聴率は最高24.4%、最低でも12.5%と驚異的だ。

キキの健気ながんばりが、観る人たちの胸を打つのだろう。筆者ももう何度も観て、展開も結末も知っているのに、観るたびにハラハラして「キキがんばれ!」と応援してしまう。

筆者が『魔女宅』にハラハラしてしまうのは、空想科学的に気になる問題もあるからだ。

それは「ホウキで空を飛ぶ」こと。

『魔女宅』に限らず、古来より魔女というものはホウキにまたがって飛行してきたが、冷静に考えると、そう簡単にできることではない。相当なテクニックと忍耐が必要である。

◆ぐるんとひっくり返る!

『魔女の宅急便』は、旅立ちのシーンから始まる。

魔女の女の子は、13歳になったら家を出て、他の街で1年間修行をしなければ、本当の魔女にはなれない。

この掟にしたがって、キキは13歳になった満月の夜、希望に胸を膨らませ、ホウキに乗って出発していった。

この旅立ちのシーンをつぶさに観察してみると、魔女とホウキの関係がよくわかる。

ホウキで飛ぶことに慣れていないキキは、必死に両手でホウキにつかまっていた。ラジオのスイッチを入れる余裕もなかった。

しばらくすると慣れてきて、両手をホウキから離したりしていたが、たちまちバランスを崩し、落ちそうになっていた。

ここからわかるのは「浮かぶ力を持っているのは、ホウキだけ」ということだ。

もしキキの体にも浮かぶ力が働いていれば、ホウキから落ちそうになることはないだろう。おそらく魔法を使って、ホウキだけに飛ぶ力を与えていると思われる。

だとしたら、キキが空飛ぶホウキにまたがるのは、われわれが鉄棒にまたがるのに近い行為であろう。

手で鉄棒をつかみ、脚でバランスを取らねばならず、なかなか大変だ。

いや、鉄棒にまたがるよりずっと難しい行為かも。

鉄棒は両端が柱に固定されているけど、空中のホウキはどこにも固定されていないからだ。

そんなモノにまたがると、どうなるか?

ホウキの下にあるのは足だけで、キキの体の重心はホウキの上に来る。すると、キキがどんなにシッカリつかまっていても、ホウキそのものがぐるん!と回転してしまう。

キキは逆さまになって、ホウキにぶら下がることになる。

イラスト/近藤ゆたか
イラスト/近藤ゆたか

科学的に見れば、この逆さま体勢は悪くない。重心が下だから、キキとホウキは安定する。

ただし、問題点が3つほどありそうだ。

1つは、自分の体重を手と足で支えなければならず、たぶんとってもツライこと。

2つめは、頭に血が下がってしまうこと。

そして3つ目は、宅急便の仕事をするのにこの体勢は怪しすぎることである。

◆急げ! でもツラい……!

これらの問題を解決するためには、キキはホウキに「上下を固定する」という魔法をかけていただきたい。

ホウキが回転しなければ、鉄棒にまたがるのと同じだから、しっかりつかまってさえいれば、キキはひっくり返らないで済む。

とはいえ、鉄棒にまたがるのと同じということは、飛んでいるあいだ、細い棒の上に全体重が集中し続けることに他ならない。配達の距離が長いと、かなりキツイだろう。

心配しながらアニメをよく観察すると、おおっ、キキはホウキの柄ではなく、掃く部分の付け根に座っている。ここなら幅も広いし、柔らかいから、だいぶラクかもしれない。

ところが、ホッとしたのも束の間だった。

物語の後半で、キキは魔法の力を失い、飛ぶことができなくなってしまう。

そこで焦って練習しているうちに、なんとホウキを折ってしまった。そのタイミングで、友達になったトンボくんが飛行船に宙吊りになる。いろいろ重なって、大ピンチだ。

ここでキキはどうしたか?

道路掃除のおじさんにデッキブラシを借りて、トンボくんを助けにいこうとする!

その思いのおかげで魔法の力も復活し、デッキブラシは宙に舞い上がる。よーし、がんばれキキ。

――と、物語はぐぐ~っと盛り上がるのだが、同時に筆者は心配でたまりません。

このたびキキが乗っているのは細いデッキブラシで、座り心地のよさそうなところが全然ない。これはちょっと大変かも!

いちばんキビシそうなのは、7階建てのビルの脇を抜けて、一気に上昇したシーンだ。

画面を観察すると、1秒ほどで高さ20mくらいまで舞い上がっている。そのスピードを計算すると、時速72km!

車が急発進すると、体はシートに押しつけられる。1秒間の平均時速が72kmにもなる急発進など普通はあり得ないと思うが、やったとしたら大変なことになる。

1秒で20mの上昇とは、物体が自由落下する勢いの4倍だ。キキの全身には、体重の4倍の力がかかるわけで、キキの体重が40kgなら、かかる力は160kg!

これは相当ツラい。鉄棒にまたがって、その足に体重160kgの力士(たとえば貴景勝が166kg)がぶらさがるのと同じ状況なのである。

イラスト/近藤ゆたか
イラスト/近藤ゆたか

キキはこんなにツライ思いをして、トンボくんを助けるのだ。立派というほかない。

とはいえ科学的に考えると、あまりに気の毒である。筆者としては、デッキブラシやホウキで空を飛ぶのはおススメしません。同じ掃除道具でも、チリトリや、バケツや、ゾウキンなど、平らな面のあるものや、柔らかいものを使って飛ぶほうがいいと思う。

そんなことを考えながら、ぜひ今夜の放送をお楽しみください。

まあ、筆者もたぶん最初のうちは「キキ、チリトリで飛んだほうがいいぞ」などと考えるものの、いつしかそれも忘れて、ひたすらキキを応援すると思います。

空想科学研究所主任研究員

鹿児島県種子島生まれ。東京大学中退。アニメやマンガや昔話などの世界を科学的に検証する「空想科学研究所」の主任研究員。これまでの検証事例は1000を超える。主な著作に『空想科学読本』『ジュニア空想科学読本』『ポケモン空想科学読本』などのシリーズがある。2007年に始めた、全国の学校図書館向け「空想科学 図書館通信」の週1無料配信は、現在も継続中。YouTube「KUSOLAB」でも積極的に情報発信し、また明治大学理工学部の兼任講師も務める。2023年9月から、教育プラットフォーム「スコラボ」において、アニメやゲームを題材に理科の知識と思考を学ぶオンライン授業「空想科学教室」を開催。

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