ターフを去った伯楽に、異国で恩返しなるか?! ドゥレッツァが英国遠征を表明
海外経験豊富な調教師
ドゥレッツァ(牡4歳、美浦・尾関知人厩舎)のイギリス遠征が正式に発表された。鞍上はC・ルメールで、向かう先はヨーク競馬場。8月21日に行われるインターナショナルS(GⅠ、芝10ハロン56ヤード)へ参戦する。
尾関といえば、定期的に大仕事をやってのける感のある敏腕トレーナーだが、海を越えた挑戦にも縁がある。サクラゴスペルやレッドファルクスでも遠征した香港は、19、21年と2度にわたりグローリーヴェイズで香港ヴァーズ(GⅠ)を優勝した。
昨年の凱旋門賞(GⅠ)ではGⅠ未勝利のスルーセブンシーズで果敢に挑み4着に健闘。ちなみにそれ以前にGⅠ未勝利の身で凱旋門賞に挑戦した日本馬は延べ6頭いたが、その成績は17、16、17、14、18、14着。「能力が劣っても馬場適性がある馬で通用するのではないか?」という人が時々いるが、ヨーロッパ最高峰のレースに臨むにあたり、能力の高さは絶対的な条件である事がこのデータからわかると言えるだろう。
そんな中、スルーセブンシーズの4着は突出して良い結果だった。これは、宝塚記念(GⅠ)でイクイノックスに肉薄した彼女の能力が本物だった事を証明すると同時に、尾関の度重なる海外遠征経験が活かされたといえる結果だったのだろう。事実、凱旋門賞自体は初挑戦だったが、13年にはキズナ(栗東・佐々木晶三厩舎)の帯同馬としてステラウインドをかの地に送り込んでいた。馬は違えど、時を経て、シャンティイで過ごした当時の経験が活かされたのは明白だ。
「勝ったから良い」ではなく反省
また、大久保洋吉厩舎(解散)で調教助手をしていた時代にもリージェントブラフと共にドバイへ挑んだ(04年)事があったし、技術調教師だった08年には藤沢和雄調教師(引退)のカジノドライヴのアメリカ遠征に同行した経験もあった。当時のエピソードは、事あるごとに記して来たが、改めて紹介すると、次のような出来事があった。
3きょうだいでのベルモントS(GⅠ)制覇を目指し、太平洋を越えたカジノドライヴ。技術調教師だった尾関は、トレセン入りして最初に所属したのが藤沢和雄厩舎だった事もあり、この遠征に連れて行ってもらう事にした。
カジノドライヴは日本で新馬戦を勝っただけという身だったため、本番前に、ピーターパンS(GⅡ)を前哨戦として使う事にした。その際、最終追い切りで、誘導役のシャンパンスコールの鞍上に指名されたのが尾関だった。藤沢からの指示は「5ハロン66秒前後で引っ張って……」。しかし……。
「普段とは違う環境での追い切りで、全く違う時計になってしまいました」
シャンパンスコールの時計で61秒台。それを追いかけたカジノドライヴは更に速い時計で走ってしまった。
それでもカジノドライヴはピーターパンSを快勝するのだが、歓喜に沸く陣営の中で、尾関は1人、硬い表情を崩さなかった。
「藤沢先生には『どうせ速くなると思ったからあえて遅めの時計で指示しただけなので問題ない』と言っていただき、レース後も『良かったな』と声をかけてもらえました。でも“勝ったから良かった”ではなく、自分の仕事をちゃんと出来なかった事を、ずっと反省していました」
異国で師匠に恩返し
冒頭で記したように尾関は今夏、ドゥレッツァでイギリスのインターナショナルSに挑む。レース後、剥離骨折が判明した天皇賞・春(GⅠ)こそ15着に惨敗してしまったが、昨年の菊花賞(GⅠ)では驚異的なラップで先行し、一旦控えながら最後にまた伸びて突き放すという驚きのレースぶりで快勝。高い能力の持ち主なのは疑いようがない。また、日本馬得意の中距離戦は、ドゥレッツァ自身も実績がある点も心強い。独特の形状が多いイギリスの競馬場だが、舞台となるヨーク競馬場で一風変わっているのは4コーナーが逆バンクになっている点くらい。向こう正面も最後の直線も長い左回りのコースは天皇賞・秋(GⅠ)が行われる東京競馬場と似た設定で、ほぼ平坦な事を思えば、むしろ府中より楽かもしれない。ドゥレッツァにかかる期待は大きい。
このインターナショナルSだが、05年にはゼンノロブロイが挑み、エレクトロキューショニストの2着に健闘した。ゼンノロブロイといえば、ご存じ、藤沢和雄が世に出した名馬の1頭だ。その伯楽の着順を上回る結果を残せれば、尾関にとっては最高の恩返しとなるだろう。果たしてどんな結果が待っているのか。今から楽しみにしたい。
(文中敬称略、写真撮影=平松さとし)