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反ロシア・トルコ化するシリアのアル=カーイダ系組織の司令官を米主導の有志連合ドローンがミサイルで殺害

青山弘之東京外国語大学 教授
Zamanalwsl、2020年6月14日

シリアのアル=カーイダがさらなる「進化」

「シリア革命」を主唱する反体制派の支配下にあるシリア北西部のいわゆる「解放区」で活動を続けるアル=カーイダ系の武装集団5組織が6月12日、「堅固に持せよ」なる新たな作戦司令室を設置し、糾合したと発表した。

Eldorar、2020年6月12日
Eldorar、2020年6月12日

「堅固に持せよ」作戦司令室に参加したのは、ジハード調整、アンサール戦士旅団、アンサール・イスラーム集団、アンサール・ディーン戦線、フッラース・ディーン機構。

ジハード調整は、シリアのアル=カーイダであるシャーム解放機構(旧シャームの民のヌスラ戦線)の司令官を務めていたアブー・アブド・アシュダーが、イドリブ県とアレッポ県西部での戦闘継続を呼びかけて2020年2月に結成した組織。

アシュダーは、シャーム解放機構の司令部を非難したために逮捕され、禁固2年の有罪判決を受けていた。だが、この「粛清」がSNSで非難を浴びるなかで、釈放され、新組織を結成するに至った。

Jesrpress、2020年2月9日
Jesrpress、2020年2月9日

アンサール戦士旅団はアブー・マーリーク・シャーミーなるシリア人が率いる武装グループ。

アンサール・イスラーム集団、アンサール・ディーン戦線、フッラース・ディーン機構は2018年10月に「信者を煽れ」作戦司令室を結成し、共闘を続けてきた組織。

「信者を煽れ」作戦司令室は、この3組織に加えてアンサール・タウヒードが参加していたが、同組織は2020年5月4日に離反を宣言している。

なお、作戦司令室の名である「堅固に持せよ」は、コーランの戦利品章(第8章)の第45節「あなたがた信仰する者よ、(敵の)軍勢と遭遇する時は堅固に持して、専らアッラーを唱念せよ。恐らくあなたがたは勝利を得るであろう」にちなんだもの。

5組織は声明のなかで、「侵略者の一群を押しのけ、占領者の陰謀を打ち砕くため、「堅固に持せよ」作戦司令室の結成を宣言する」と表明し、シリア、ロシア、イランへの敵意を露わにしている。

有志連合ドローンによるミサイル攻撃

反体制系サイトのZamanalwslやEldorarによると、シャーム解放機構(旧シャームの民のヌスラ戦線)が軍事・治安権限を握るイドリブ市内で6月14日、乗用車がミサイル攻撃を受け、乗っていた2人が死亡、1人が重傷を負った。

攻撃は、午後6時、イドリブ市南西部郊外にあるアブドゥルカリーム・ラーズカーニー学校近くから市内のシュアイブ・モスクに向かって移動中の乗用車を狙って行われた。

死亡したのは、新興のアル=カーイダ系組織のフッラース・ディーン機構の司令官2人。

1人はカッサーム・ウルドゥンニーを名乗るヨルダン人司令官。もう1人は、フッラース・ディーン機構に所属する砂漠(バーディヤ)軍の幹部を務めるビラール・サナアーニーを名乗るイエメン人。

重傷を負ったのは、車に同乗していたムハマド・アフマドなる人物。

ミサイル攻撃を行ったのは、米主導の有志連合所属の無人航空機(ドローン)MQ-9リーパーで、6枚の刃で標的を切り裂く空対地ミサイルR9X(通称ニンジャ)が使用された。

The Sun、2019年5月10日
The Sun、2019年5月10日

フッラース・ディーン機構は、「堅固に持せよ」作戦司令室に参加した2日後に司令官2人を失う結果となった。

ロシア軍も爆撃

有志連合の爆撃に先立って、ロシア軍もフッラース・ディーン機構が活動を続ける北西部への爆撃を行った。

英国で活動する反体制系NGOのシリア人権監視団によると、ロシア軍は6月12日深夜から13日未明にかけて、イドリブ県のザーウィヤ山地方のバーラ村やカフルナブル市近郊の灌木地帯を爆撃した。

ロシア軍が爆撃を行ったのは、6月9日以来3日ぶり。

M4高速道路沿線で拠点を増設するトルコ

一方、トルコ軍は6月11日と13日、ザーウィヤ山地方のマンタフ村とブライカ村に新たな拠点を設置した。

これにより、シリア領内のトルコ軍監視所・拠点は68カ所となった。

トルコ軍の監視所・拠点が設置されている場所は以下の通り:

監視所

  • イドリブ県:サルワ村、タッル・トゥーカーン村、サルマーン村、ジスル・シュグール市(イシュタブリク村)
  • アレッポ県:登塔者聖シメオン教会跡、シャイフ・アキール山、アナダーン山、アレッポ市ラーシディーン地区(南)、アイス村(アイス丘)
  • ハマー県:ムーリク市、シール・マガール村
  • ラタキア県:ザイトゥーナ村

拠点

  • イドリブ県:マアッル・ハッタート村、サラーキブ市(3カ所)、タルナバ村、ナイラブ村、クマイナース村、サルミーン市、タフタナーズ航空基地、マアーッラト・ナアサーン村、マアッラトミスリーン市、マストゥーマ軍事キャンプ、タルマーニーン村、バルダクリー村、ナフラヤー村、ムウタリム村、ブサンクール村(3カ所)、ナビー・アイユーブ丘、バザーブール村、バータブー村、ラーム・ハムダーン村、アブザムー町、ムシャイリファ村、タッル・ハッターブ村、ビダーマー町(2カ所)、ナージヤ村、ズアイニーヤ村(2カ所)、ガッサーニーヤ村、クファイル村、バクサルヤー村、フライカ村(2カ所)、バルナース村、アリーハー市、ジャンナト・クラー村、バサーミス村、カイヤーサート村、マルイヤーン村、マアッラータ村、タフタナーズ市、マンタフ村
  • アレッポ県:アナダーン市、アレッポ市ラーシディーン地区、ジーナ村(2カ所)、カフル・カルミーン村、タワーマ村、第111中隊基地、アターリブ市、ダーラ・イッザ市、カフル・ヌーラーン村
  • ハマー県:ムガイル村

なおこのほかにも、トルコ軍はM4高速道路沿線に監視ポスト14カ所を設置している。

ロシア、トルコに従順な姿勢を示す(?)シャーム解放機構

一方、シリア人権監視団によると、シャーム解放機構がアレッポ市とラタキア市を結ぶM4高速道路沿線に設置していたすべての検問所を撤去した。

理由は不明。

M4高速道路は、3月5日にロシアとトルコが交わした停戦合意において、南北それぞれ6キロの沿線に「安全回廊」を設置し、通行の安全を確保することが定められていた。

この合意に従い、ロシア・トルコ両軍はM4高速道路で合同パトロールを実施していたが、シャーム解放機構によって動員された市民らが座り込みや投石を行い、反抗を繰り返していた。

(「シリア・アラブの春顛末記:最新シリア情勢」をもとに作成)

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリアの友ネットワーク@Japan(シリとも、旧サダーカ・イニシアチブ https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』など。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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