【京都市】南区『鎮守八幡宮』は「東寺」創建時に創建、僧形八幡神と二尊の女神が祀られる必勝祈願の社!
世界遺産で観光スポットとしても大人気の『東寺(教王護国寺)』さん。
私が大好きなお寺さんで、『高津商会』の小道具たちも映画やドラマの撮影などでお世話になっている場所です。
『東寺』の境内にある『鎮守八幡宮』は、東寺が創建されたとき、王城鎮護を願って祀った社です。
796年創建、平安京と東寺を守護する社殿として建てられました。
ご本尊は、弘法大師作と伝わる僧の姿をした僧形八幡神(そうぎょうはちまんしん)と二尊の女神(じょしん)の三躰。
日本で、最古の神像と伝わります。
武内宿禰(たけのうちのすくね)と呼ばれる男神像が付属しています。
世界遺産の『東寺(教王護国寺)』さんは弘法大師空海が、真言密教の根本道場と位置づけた場所です。
桓武天皇によって平安京鎮護の官寺として創建され、 のちに弘法大師に下賜され、我が国初の密教寺院となりました。
「鎮守八幡宮」は、平安時代に『薬子(くすこの)変』を鎮めたと伝えられ、戦勝祈願の社として名高く足利尊氏も祈願に訪れました。
薬子の変、または平城太上天皇の変(へいぜいだいじょうてんのうのへん)は、平安時代初期の朝廷内部の政変。
嵯峨天皇側と平城上皇側で権力を争った抗争事件です。
その後、勝利した嵯峨天皇・藤原冬嗣側が更に大きな権力を握ることになりました 。
弘法大師空海が、嵯峨天皇の戦勝祈願を行い、これを鎮めたと伝えられてます。
南北朝時代には、東寺に陣を置いた足利尊氏が、鎮守八幡宮から飛んだ神矢によって勝利したと伝えられています。
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1868年に一度、消失しますが、1992年(平成4年)に再建されました。
弘仁元年(810年)に嵯峨天皇は空海に命じ、この社で「薬子の変(平城太上天皇の変)」の戦勝祈願を行わせ勝利したという史実をここで感じながら必勝祈願します!
東寺(教王護国寺)
住所 京都市南区九条町1