【駅の旅】廃止を免れた、温泉への準秘境駅/JR宗谷本線・天塩川温泉駅(北海道)
最果ての地に向かう鉄路の純秘境駅
最果ての稚内に向かう宗谷本線の普通列車は、乗降客のいない小さな無人駅に丹念に停車する。車窓には時折、ゆったりとした天塩川の流れが見えるが、人家のほとんどない無人の荒野である。このあたりでは、鹿やキツネがしばしば出没するという。
小さな無人駅、天塩川温泉(てしおがわおんせん)でこの日の旅を終えた。列車が去ると、あたりは静まりかえっている。夕方の風が心地いい。
この駅は、国鉄時代、南咲来(みなみさっくる)という仮乗降場だったが、昭和56年に天塩川温泉に改称。国鉄民営化と同時に正式な駅に昇格した。だが、今は駅のそばに農家が一軒あるほかは何もない。木製の片側ホームに小屋のような待合室があるだけの小さな無人駅である。この駅に停車する列車は1日上下合わせて8本のみ。利用者は限りなくゼロに近い。わずかに人家や宿があるので秘境駅とは言えないかもしれないが、純秘境駅と言っても差し支えないだろう。利用者の極端に少ない駅の廃止を進めるJR北海道は、この駅の廃止を検討したが、令和3年度は地元音威子府(おといねっぷ)村により維持管理されることになり、当面、廃止を免れた。
音威子府村営の宿、天塩川温泉で癒やされる
駅から歩いて10分あまり、悠々とした流れの天塩川を渡った対岸にある「天塩川温泉」で、荷を解いた。ここは音威子府村営の温泉で、鮎や山菜、黒い麺が特徴の音威子府そばなど、ご当地の味と温泉に心身ともに癒される。
だが、この温泉のホームページのアクセス案内には、音威子府駅からのバスだけが記載されており、最寄駅である天塩川温泉駅のことは書かれていない。この温泉を訪れるのに、この駅を利用する人はほとんどいないのだろう。
翌朝、6時に起きて露天風呂につかる。温泉で迎えた朝は、必ず湯に入る。山にかかった朝靄が、なんともいえない風情をかもし出してくれる。昨夜は暗くて宿から見えなかった天塩川と白樺林が美しい。小鳥のさえずりが聞こえてくる。実に清々しい朝だ。
ここって電車が来るんですか?
稚内行の下り列車に乗ろうと駅で待っていると、レンタカーで回っている東京からの観光客に声をかけられた。昨夜、天塩川温泉に泊まっていた夫婦である。
「ここって電車が来るんですか?」
非電化路線なので電車は絶対に来ないが、ディーゼルカーなら来る。でも、大抵の人は線路の上を走るのはすべて電車だと思っているので、あえて言い直さない。
「もちろんですよ。駅ですから」
「線路が東京のより小さい気がしますが・・・」
「いや、JRの線路の幅は新幹線のほかは全国共通なので山手線と同じですよ。上に架線がないし、単線だから小さく見えるのかも。もうすぐ列車が来ますから見ていってください」
「えっ、もしかして、乗るんですか?」
「もちろんですよ。駅ですから」と、また、同じ返事をする。
駅から列車に乗ることが、びっくりされるほど珍しいことなのだろうか。昨夜の泊まり客のほとんどはクルマでやって来た人たちばかり。ローカル線の「電車」など乗ったことも見たこともなさそうな人たちばかりだった。
彼らの見送りを受け、9時前に発車する下り一番列車に乗り込む。乗降客は私ひとりだけ。この列車は旭川を早朝6時過ぎに発車し、稚内まで直通する唯一の普通列車である。車内には10人ほどの客が乗っていた。終点の稚内までは3時間あまりの道のりだ。