なぜアーセナルは“181億円”でライスを獲得したのか?変化するストライカーと中盤の選手の価値。
高額な移籍金での取引が、成立している。
アーセナルがデクラン・ライスの獲得を決めている。移籍金1億ポンド(約181億円)+ボーナス500万ポンド(約1億円)でウェスト・ハムと合意。ミケル・アルテタ監督が熱望していた選手の加入が決定した。
2021年夏に、マンチェスター・シティが移籍金1億1800万ユーロ(約177億円)でジャック・グリーリッシュ獲得を決めていた。だがライスのアーセナル移籍は、総額でそれを超える可能性がある。
■アーセナルの積極的な補強
アーセナルは今夏、積極的に補強に動いている。ライス、カイ・ハフェルツ(移籍金7000万ユーロ/約105億円/前所属チェルシー)、フリアン・ティンバー(移籍金4500万ユーロ/約67億円/アヤックス)をすでに確保している。
「才能には、値段が付く。アーセナルでは、常に若くて経験豊富な選手を注視してきた」とはアルテタ監督の弁だ。
「我々は世代交代を進めてきた。平均年齢は低くなり、価値は高まり、なおかつ好パフォーマンスを見せてきた。そんなに大金を投じて選手を獲得するのではなく、時間をかけて勝者のチームを作り上げる。我々とオーナーの考えは一致している。だが日に日に要求は高まっていく。なので、チームを強化するため、マーケットに目を向ける必要がある」
アルテタ監督はこのように語っている。
ライスは昨季、ウェスト・ハムでカンファレンスリーグの優勝に大きく貢献。昨年、行われたカタール・ワールドカップにもイングランド代表の一員として臨んでおり、キャリアの充実期を迎えている。
イングランド代表では、ライスと共に中盤を形成しているジュード・ベリンガムもまた、この夏の移籍を決断している。移籍金1億300万ユーロ(約154億円)をボルシア・ドルトムントに支払ったレアル・マドリーが、ベリンガムを射止めた。
ライスとベリンガムだけではない。ドミニク・ソボスライ(リヴァプール)、サンドロ・トナーリ(ニューカッスル)、メイソン・マウント(マンチェスター・ユナイテッド)、マヌエル・ウガルテ(パリ・サンジェルマン)がこの夏に移籍を果たしている。
■マーケットの変化
中盤の選手が、高額な移籍金で、移籍している。そこには何か示唆的なものがある。
本来、“高値”が付くのはストライカーやアタッカーである。
ネイマール(パリ・サンジェルマン/2億2200万ユーロ/約332億円)、キリアン・エムバペ(パリ・サンジェルマン/1億8000万ユーロ/約271億円)、フィリップ・コウチーニョ(バルセロナ/1億3500万ユーロ/約202億円)、ウスマン・デンベレ(バルセロナ/1億3500万ユーロ)、ジョアン・フェリックス(アトレティコ・マドリー/1億2700万ユーロ/約191億円)とこれまでの移籍金ランキで上位を占めるのはアタッカーたちだ。
ただ、思い返せば、昨年夏、CBの選手が高額な移籍金で移籍していた。
ヴェスレイ・フォファナ(チェルシー)、リサンドロ・マルティネス(マンチェスター・ユナイテッド)、ジュール・クンデ(バルセロナ)、クリスティアン・ロメロ(トッテナム)、グレイソン・ブレーメル(ユヴェントス)、カリドゥ・クリバリ(チェルシー)、スティーブン・ボットマン(ニューカッスル)、ナイフ・アゲルド(ウェスト・ハム)…。トップ30のうち、9選手がDFだった。
■CBと中盤の重要性
後方からの構築――。“後ろ”の選手の重要性が高まってきているのだ。
「かつて、僕は監督に『コントロールしてパスをするんだ』と教えられていた。でも、それを変えてくれた人がいる。(ジョゼップ・)グアルディオラだ」と語るのはバルセロナやアルゼンチン代表で活躍したガブリエル・ミリートだ。
「バルサのトレーニングで、僕はいつも通り、コントロールとパスを繰り返していた。だけど、ある時、ペップに言われたんだ『違うよ、ガビ。君がミドルゾーンまでドリブルでボールを運ぶんだ』とね」
そのグアルディオラ監督は、昨年夏、移籍市場の終盤でマヌエル・アカンジの獲得を決めている。移籍金1750万ユーロ(約26億円)で獲得したアカンジを最終ラインに据え、一方でジョン・ストーンズを“偽CB”へと化けさせた。
■ペップとアルテタの類似性
アルテタ監督は、シティでアシスタントコーチを務め、指導者キャリアをスタートさせている。グアルディオラ監督から学んだところは大きい。
奇しくもシティは、この夏にマテオ・コバチッチを獲得している。移籍金2910万ユーロ(約43億円)でチェルシーからクロアチア代表MFを引き入れた。
アーセナルに関して言えば、ウィリアン・サリバ、ガブリエウ・マガリャンイスの成長で最終ラインからの構築に目処が立った。そこで、中盤の補強へ、という考えだろう。
「勝利か、享楽か。その議論は間違っている。コンペティションを制するため、勝つために戦わなければいけないチームは存在する。そういったチームは、シーズン終盤、上位グループにいなければいけない。それは当然だ」
「クラブの歴史、誇り、環境といったものが、そうさせる。しかしながら、勝利というのは、常に楽しんでプレーすることに紐付けられていなければいけない」
これはヨハン・クライフの言葉だ。
楽しんでプレーするーー。それが勝利のために必要だという哲学が、グアルディオラに、アルテタに、根付いている。そこにマーケットにおける変化(FW→DF→MF)が加わり、選手の移籍が成立し、戦術に変化が起こるのかもしれない。