ファン垂涎のデービス対ガルシア戦が実現へ ライト級人気者対決はなぜ内定に至ったのか
黒人スター対ラテン系アイドルの激突
ボクシングファン垂涎の人気者対決が実現に近づいている。11月17日、ファンを驚かせ、喜ばせるニュースが届いたのだ。
WBA世界ライト級正規王者ジャーボンテ・デービス(アメリカ)と元WBC同級暫定王者ライアン・ガルシア(アメリカ)が、直接対決に合意したとそれぞれのSNSで発表した。136パウンド(ライト級の1パウンド上)の契約ウェイトによるノンタイトル戦で、開催時期は4月中旬の方向。場所はやはりラスベガスが予定されているという。
当の選手たちだけが先走ったのではない。彼らの発表直後、試合をPPV中継するShowtime、DAZN、ガルシアのプロモーターであるゴールデンボーイ・プロモーションズ(GBP)のオスカー・デラホーヤといった関係者たちが公式声明でコメントをリリースした。まだ契約の段階ではないものの、この最高級の好カードが“内定”といっていい状態であるのは確かなようだ。
「ボクシング界はこの試合を必要としている。ファンにとってこのスポーツが素晴らしいものだった地点に戻ろう。ラスベガス開催のグラマラスなファイトで、因縁の対戦というストーリーもある。何より大事なのは、最高のボクサー同士の対戦だということだ」
ガルシアがツイッター上に記したそんな言葉は大げさではなく、多くのファン、関係者の気持ちを代弁しているのだろう。7月のコラムで以下のように記した通り、マッチメイクの王道を征くようなパーフェクトなカードである。
アイドルばりのルックス、大量のSNSフォローワーを持ち、ボクサーとして以上にSNSのインフルエンサーとしても有名になったガルシア。フロイド・メイウェザーの秘蔵っ子として育成され、黒人層から圧倒的な支持を受けるデービス。いわば現代のデラホーヤとメイウェザーの激突であり、その2人の元スーパースターが両選手のプロモーターだというのも象徴的だ。
無敗の人気者対決は、ライト級戦線において重要な意味を持ち、試合内容もスリリングなものが期待できるだけでなく、興行的な成功も当確。ファンベースの種類が違うため、対戦が決まった際にはファンまで含めた人種間の激突が話題になるに違いない。
デービス対ガルシア戦が実現すれば、ラテン系、黒人層という業界内で重要な2つのファンベースをエキサイトさせることは確実だ。マニア以外の関心も惹きつけ、ボクシングの範疇を超えた話題を呼ぶことだろう。
今秋の米ボクシングは目玉になるようなビッグファイトが乏しく、ファンを改めてがっかりさせてしまっている。期待のエロール・スペンス・ジュニア(アメリカ)対テレンス・クロフォード(アメリカ)というウェルター級4団体統一戦も先送りになったばかり。11、12月だけで王座統一戦が3戦も挙行される日本ボクシングが羨ましく感じるくらいである。
そんな中、成立まで持っていくのは難しいと目されたデービス対ガルシア戦の内定報道は嬉しいサプライズだった。
放送局の違いもガルシアの熱意でクリア
これも先日の記事に記した通り、ライト級人気者対決の最大の障壁は両選手の試合を放映してきた放送局、プロモーターの違いだった。デービス、ガルシアの金銭分配等は早々と合意したという話だったが、それでも外堀を埋めることが至難と目されていたのだ。
メイウェザー・プロモーションズ傘下で戦ってきたデービスはPBCのアル・ヘイモンとも結びつきが強く、過去11戦はすべてShowtimeで放送されてきた。一方、ゴールデンボーイ・プロモーションズ(以下、GBP)と契約するガルシアの過去6戦はDAZN生配信。放送局、プロモーターはどちらもライバル関係にあり、対立会社の所属選手同士のマッチメイクは一筋縄ではいかない。最近では、状況的に似通っていたジャモール・チャーロ(アメリカ)対ハイメ・ムンギア(メキシコ)戦が中継局の意向で頓挫した例がある。
(中略)
デービス対ガルシア戦に関しては、PBC、GBPのどちらかが身を引くことは考え難い。前述通り、興行的な大成功は約束されている。いわばこういう試合を組むために選手を大事に育ててきたのであり、勝負の一戦は自身のプラットフォーム内に死守しようとするだろう。
ともに加入者を増やすのが目的の中継局側にとっても、今戦での儲けのみならず、この試合を中継することの宣伝効果は計り知れないものがある。Showtime、DAZNはこれまでデービス、ガルシアに相場以上と思える大枚を叩いてきた。だとすれば、ここで大人しく手をこまねいて見ているはずがない。
報道によると、結局この試合はShowtimeが番組制作し、ShowtimeとDAZNがともにPPV中継することで決着したという。DAZNには100万ドル以上の金銭が払われ、その上でPPV売り上げも入るのであれば、悪い話ではないように思える。それでもDAZN側には、目玉選手の1人であるガルシアを自前の番組で売り出せないことに忸怩たる思いはやはりあったはずだ。
情報筋の話を聞く限り、ガルシア本人がGBPに対してかなり強くこの試合の実現を迫ったのだとか。かつての目玉だったサウル・“カネロ”・アルバレス(メキシコ)にはすでに去られ、DAZNとも当初よりは小規模の契約を結び直すことを余儀なくされたGBP。 そんな経緯を経て、ここでは新たなドル箱であるガルシアの希望を受け入れざるを得なかったというのが正直なところかもしれない。
もっとも、最終的に看板ボクサーの希望を叶え、好カードを組んだのであれば、理由はどうあれ、GBPは称賛されてしかるべきのように思える。
「リング内で戦いたいものたちがリング外の要素に阻まれなかった。私たちのモットーは常にファンが第一というもの。今回の試合はその好例となるだろう」
デラホーヤは実際に以前から好カードの実現に尽力している1人であり、ここでの声明は決して口先だけのものに感じられなかった。
最大の懸案事項はデービスの裁判か
ここまで確定事項のように述べてきたが、実はデービス対ガルシア戦の開催に向けてまだ超えなければならないハードルはいくつか残っている。
主役の両選手はともに前哨戦の消化を望んでおり、デービスはいち早く1月7日、ワシントンDCでWBA世界スーパーフェザー級王者エクトール・ルイス・ガルシア(ドミニカ共和国)の挑戦を受けると発表した。過去2戦、クリス・コルバート(アメリカ)、WBA同級王者ロジャー・グティエレス(ベネズエラ)を連破したガルシアはたくましさを感じさせる好選手。これまで対戦相手の質を揶揄されることも多かったデービスが、ビッグファイト前にこのレベルの実力派との対戦を選んだことは周囲を再び驚かせた。
一方、ガルシアの対戦相手は未定(SI.com、DAZNのクリス・マニックス氏によると、デービスと同じサウスポーの元WBA世界スーパーフェザー級スーパー王者ジェスレル・コラレス(パナマ)が候補の1人とされる)だが、1月21日がターゲットの日程だという。
デービス、ガルシアともに前哨戦でも優位と目されるはずだが、ここまでのキャリアで最大のビッグファイトの約3ヶ月前にリング登場はやはりリスクに違いない。勝敗の興味はもちろん、ケガがないかも気になるところではある。
また、デービスの方には前哨戦以上に難しいかもしれない一件がある。2020年11月、故郷ボルチモアで4人を負傷させた上で逃走したひき逃げ事件の司法取引が却下され、来年2月16日(12月12日から延期)からこの件に関する14容疑の裁判が開始される。複数年の禁固刑を課せられる可能性もあるとのこと。そうなったらもちろんガルシア戦は吹き飛ぶ。様々な人間の思惑が絡み、この裁判にはボクシング界から大きな注目が集まるはずだ。
被害者も存在するひき逃げ事件に関しては軽はずみに意見できないが、陪審員の公正な判断の結果、デービスのキャリアに支障が出ないことを望んでいるファン、関係者は多いことだろう。その中にはもちろん、デービスとの対戦を誰よりも熱望しているガルシアも含まれる。
「この試合が内定してとても気分が高揚しているよ。これ以上、望むものはない。今がキャリアの全盛期で、世界最大のボクサーになってみせる。そのレガシーはここからスタートするんだ」
そんなガルシアの希望通り、現代の人気者バトルはこのままスムーズに実現に向かうのかどうか。
条件面ですべて折り合っているのであれば、本来は楽観的になってしかるべきなのだが、主役たちがリングに立つその瞬間まで、一筋縄でいかないのがボクシング界。まだどうなるかはわからない。今後、約5ヶ月間、このメガファイトに関わるすべての人々がヤキモキしながら日々を過ごすことになりそうである。