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ライト級新星が覚醒か 2.9キロの体重超過ボクサーを東京五輪銀メダリストが完全KO

杉浦大介スポーツライター
Mikey Williams/ Top Rank

11月8日 バージニア州ノーフォーク スコープアリーナ

ライト級10回戦

キーショーン・“ビジネスマン”・デービス(アメリカ/25歳/12-0, 8KOs)

2回KO勝ち

グスタボ・レモス(アルゼンチン/28歳/29-2, 19KOs)

 スター誕生のパフォーマンス

 英語には“make a statement(強烈に印象付ける)”という表現があるが、レモス戦でのデービスの勝ち方は間違いなく“ステイトメント”と呼べるパフォーマンスだった。

 相手のレモスは4月の前戦で微妙な判定を落としたものの、その日まで17戦全勝だったリチャードソン・ヒッチンズ(アメリカ)に大苦戦を味合わせた実力者だった。そのインファイターの突進を初回はマタドールのようにかわしたデービスは、2回に合計3度のダウンを奪っての完勝。1度目のダウンを奪った右カウンターで天性のカンとタイミングの良さを印象付けると、2、3度目のダウンを追加した際の正確なパワーコンビネーションも出色だった。

 「パワーは感じなかった。2回で終わってしまったから、彼は私にパンチを当てるチャンスはなかった」。試合後の本人のそんな言葉通り、強敵相手にほとんど完璧と言える勝ち方だったことに異論の余地はない。

Mikey Williams/ Top Rank
Mikey Williams/ Top Rank

 この日はノーフォーク出身のデービスにとって初めての地元リング登場だった。10,568人(ソールドアウト)を飲み込んだスコープアリーナのアンダーカードには兄ケビン、弟キーオンも登場し、デービス・ブラザーズにとって文句なしの大舞台。ノーフォークでは地元の英雄だったパーネル・ウィテカー(アメリカ)が1994年10月、ジェームズ・バディ・マクガート(アメリカ)との再戦を制して以来では最大の興行と称された。注目度の高い地元戦は難しくなりがちだが、このビッグステージでデービスが最高の出来でファンを魅了したことの意味は大きい。

 体重オーバー選手を”成敗”したことの意味

 今戦にはもう一つ、無視できないサイドストーリーがあった。完全なBサイドだったレモスは前日計量で135lbsのライト級リミットを6.4lbs(約2.9キロ)もオーバー。本来であれば試合はキャンセルのケースだが、デービスを呼び物に会場はソールドアウトとなり、代役選手も用意されていないことを考えれば、主催のトップランクは興行を強行する以外の選択肢はなかった。

 結局、試合当日146lbsのリミットをレモスが144.6lbsでクリアしたことでメインイベント挙行が決まる。レモスはそんなシナリオを想定し、罰金を覚悟の上で無理な減量を避けて勝ちにいったのだろう。

 そんな厄介な状況でも、25歳のデービスが臆することはなかった。「罰金の分、自分のファイトマネーに加算されるからむしろラッキー」という考え方には賛否がありそうだが、自信満々の伸び伸びとした戦いぶりには目を見張らされた。

Mikey Williams/ Top Rank
Mikey Williams/ Top Rank

 「(試合挙行に)ためらいはなかった。あまりに重すぎたら戦わないが、(レモスは当日朝の)基準はクリアした。だから試合をこなし、スペクタキュラーな戦いを見せられた」

 アメリカでは体重超過に関する考え方、処置が甘いことに対してフラストレーションを感じることは多いが、今回のレモスの6.4lbsもの大幅オーバーはさすがにニュースになった。そんなプロ意識に欠ける相手をデービスが完璧に“成敗”し、カタルシスを感じたファンは多かったに違いない。結果的に、本当に様々な意味でレモス戦はデービスにとって最高の勝利となったのである。

 次はベリンチェックか デービスの背中も視界に

 こうしてエリミネーター的な試合をクリアしたデービスにとって、次戦は勝負の一戦となる可能性が高い。試合後のリング上ではWBA世界ライト級王者ジャーボンテイ・“タンク”・デービス(アメリカ)の名前も出した通称“ビジネスマン”。ただ、実際のターゲットはWBO同級王者デニス・ベリンチェック(ウクライナ)になりそう。ベリンチェックはデービスと同じトップランク傘下ではないものの、エマニエル・ナバレッテ(メキシコ)戦に付与されたオプションをトップランクが保持しているためマッチメイクは容易だろう。

 19戦全勝9KOの戦績を持つ元オリンピアンのベリンチェックももちろん好選手だが、衝撃的なレモス戦の後で、アメリカ開催であればデービスが優位とみなされるのかもしれない。

 「デービスはスピードとパワーを兼備し、まだアグレッシブだったライト級時代のフロイド・メイウェザーに最も近い存在だろう」

 元世界王者で現在はDAZNの解説を務めるセルジオ・モーラはそう述べ、デービスの力量を絶賛していた。

 レモスとは相性が最高だった感もあり、この1戦でメイウェザーとの比較にまで話を持っていくのは早計かもしれない。ただ、ここまでややムラがあった印象のあるデービスが、整った舞台で本格的に覚醒したのであれば今後が楽しみではある。

 「ブラザーのような存在」というシャクール・スティーブンソン(アメリカ)との対戦はないとしても、なかなかダンスパートナーの質が上がらないデービスとの激突が脚光を浴びるようになれば面白くなる。

 長きにわたって中量級を席巻したワシル・ロマチェンコ(ウクライナ)が引退間近と見られる現在。中量級にまた新たなタレントが開眼し始めていることは、ファンとって喜ばしいことに違いない。

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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