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20勝20KOのベテルビエフか、カネロを完封したビボルか Lヘビー級4冠戦を米記者が展望

杉浦大介スポーツライター
Mikey Williams/Top Rank

10月12日(現地時間) サウジアラビア・リヤド キングダムアリーナ

WBA、WBC、IBF、WBO世界ライトヘビー級4団体統一戦

WBC、IBF、WBO王者

アルツール・ベテルビエフ(ロシア=カナダ/39歳/20-0, 20KOs)

12回戦

WBAスーパー王者

ドミトリー・ビボル(アメリカ/33歳/23-0, 12KOs)

 ボクシングファン垂涎の一戦が間近に迫っている。ライトヘビー級の2人の無敗王者、ベテルビエフとビボルが10月12日、サウジアラビアのリヤドで激突する。

 全勝全KOのベテルビエフはその強靭なパワーで同階級のライバルたちを蹴散らし、すでに同階級の3冠を制してきた。端正なオールラウンダーのビボルは2017年以降、世界王者であり続け、2022年には当時無敵と目されたサウル・カネロ・アルバレスを下すという貴重な勝利も挙げている。

 ベテルビエフのパワーと馬力か、ビボルのスキルとアウトボクシングか。楽しみな決戦を前に、ラスベガス在住のボクシング・ジャーナリスト、ショーン・ジッテル氏がこの試合の持つ意味、展望、勝敗予想をじっくりと語ってくれた。

 FightHype.comのレポーターを務め、厳格な全米ボクシング記者協会(BWAA)からビデオグラファーとしては史上初めてメンバーに迎えられたジッテル氏。甘いマスクと確かな眼力を備えた新進気鋭のジャーナリストも、激戦が予想される今戦に対する期待感を抑えきれないようだった。

ショーン・ジッテル記者 撮影・杉浦大介
ショーン・ジッテル記者 撮影・杉浦大介

 (以下、ジッテル氏の1人語り)

 2024年最高のカードか

 ベテルビエフ対ビボル戦は真の意味で“ハードコア・ボクシングファンのための戦い”と呼べる一戦です。ジャーボンテ・“タンク”・デービス対ライアン・ガルシア戦のように、SSNで大きな影響力を持ったボクサーの激突ではなく、潤沢なストーリーラインがあるわけでもありません。よりシンプルに、2人の偉大な王者たちの直接対決。ロシアのアマチュアシステムで腕を磨き、10代の頃に知り合い、ライトヘビー級の強者たちの中で勝ち上がってきた両雄がここで雌雄を決するのです。

 ビボルは素晴らしいアウトボクサーであり、パワーも過小評価されています。ベテルビエフは巨大なパンチャーであり、スキルも一般的に思われている以上のものを持っています。スタイル的にも最高級のマッチアップであり、2024年のボクシング界では最高のカードかもしれません。

 オレクサンデル・ウシク対タイソン・フューリー、デビン・ヘイニー対ライアン・ガルシアといったメガファイトが行われてきましたが、特にパウンド・フォー・パウンドの視点から考えても、ベテルビエフ対ビボル戦こそが今年度ベストのマッチアップではないかと私も思っています。

 サウジ介入があればこそ

 現実的に考えて、今回の4団体統一戦はサウジアラビアのトルキ・アル=シャイフ娯楽庁長官の影響力がなければ実現は難しかったでしょう。私は個人的にサウジがボクシングを“スポーツウォッシング”に利用していることに関しては批判的でした。ただ、ベテルビエフ、ビボルという2人は素晴らしいボクサーではあっても、アメリカ、それ以外の国に巨大なファンベースを持っているわけではありません。

 このレベルの試合に必要な報酬と生み出されるであろう興行収入が見合わないがゆえに、エリート王者同士の統一戦を巨大イベントにするのは難しかったというのが実情でした。特にカネロ戦ですでに高額報酬を受け取った経験があるビボルは、些細な金額では承諾しなかったでしょうから。

 

Mikey Williams/Top Rank
Mikey Williams/Top Rank

 しかし、トルキの介入で状況は変わりました。両陣営を満足するだけの高額を提示したおかげで、最高のカードは成立に至ったのです。その点に関し、ボクシングファンの希望に応えたサウジのキーマンを賞賛しなければなりません。

 焦点は距離の取り合い

 ここで展開を予測しておくと、ビボルにとって鍵になるのはリングの中央で戦い、カウンターを取れるかどうかでしょう。ベテルビエフとパンチを交換しなければいけない時間帯もあるとは思いますが、多くの時間でフットワークを使うのが得策。よく動き、時に真っ直ぐに立ちがちなベテルビエフの癖を優位に生かさなければなりません。

 両選手ともにガードを上げて戦うタイプですが、ビボルはロープを背負うべきではありません。リング中央で戦う限り、ビボルのハンドスピード、ジャブが生きるはず。その立ち位置でカウンターを決め、ベテルビエフのアタックを止めることができれば、優位な展開になっていくでしょう。

 一方、ベテルビエフの側の焦点は、ダニエル・デュボアがアンソニー・ジョシュア戦で有効に使ったようなダブルのジャブを上手く戦術に入れ込めるかどうかだと思います。ビボル相手に正面から突っ込めば、カウンターを浴びる可能性が高い中で、どうやって距離を積めるか。ビボルのジャブに右カウンターを合わせるか、ダブルジャブを巧みに突き、最終的にロープを背負わせるような展開になれば勝機が見えてきます。相手をロープに詰めた時のベテルビエフは世界最高級のボクサーであり、そこでコンビネーションを叩き込むのが勝利パターンです。

常に冷静沈着なビボル
常に冷静沈着なビボル写真:ロイター/アフロ

 ビボルはジョー・スミス戦で右フックを浴びてダメージを受け、前戦のマリク・ジナード戦でもKO勝ちを飾る前には右パンチをもらっていました。今戦でもベテルビエフが決着をつけるとすれば、フィニッシングブローは右のはず。それを可能にするために、左ジャブの精度、そしてボディ攻めが重要になってくるでしょう。

 判定でビボルか、後半KOでベテルビエフか

 序盤からポイントはビボルに流れる展開が想定できますが、これまで述べた通りの方法でうまく距離を詰めていければ、後半はベテルビエフのペースになっても不思議はありません。

 一般的に今戦は50/50の戦いと捉えられていますが、より若く、スピードがあり、コンスタントに試合をこなしてきたビボルを支持するファン、メディアが多いように感じられます。ただ、ここで予想すると、実は私はベテルビエフが勝つと思っています。

 ベテルビエフにはビボルに圧倒されないだけのスキルがあり、その上で流れを決定づけるパワーを備えています。2019年、同じく技術に恵まれた世界王者オレクサンデル・グボジアクを追い詰めた上でKOに討ち取ったのはご存知の通り。ビボルはグボジアクよりも優れたボクサーであり、この試合も中盤までは技術戦になるとしても、どこかでベテルビエフが打撃戦に巻き込むと見ます。

 ポイントをリードされたベテルビエフが追い上げ、終盤にストップ勝ちを飾るのではないでしょうか。ベテルビエフの11回KO勝ちと言っておきたいです。

至近距離のパンチでも相手にダメージを与えるベテルビエフの強打は脅威
至近距離のパンチでも相手にダメージを与えるベテルビエフの強打は脅威写真:ロイター/アフロ

 少々劇的すぎる予想だと思うかもしれません。実際にビボルの判定勝ちより、ベテルビエフのKO勝利の方が盛り上がるのは事実なのでしょう。私の見立て通りにベテルビエフが勝ち抜けば、4冠王者は39歳にして特別なライトヘビー級ボクサーとして認識されるに違いありません。

 その通りになるかはわかりませんが、戦前の前評判通り、いや、それ以上に上質な戦いが見られることを願いつつ、私もこの試合の開始ゴングを楽しみにしておきたいと思っています。

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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