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ラテンアメリカ野球最大の祭典、カリビアンシリーズの風景

阿佐智ベースボールジャーナリスト
カリビアンシリーズ準決勝のプエルトリコのファン

 今年もカリビアンシリーズが終わり、西半球の野球はいよいよメジャーリーグ(MLB)のスプリングトレーニングの季節となった。

 すでに結果については報じたが、今回のカリビアンシリーズは、アメリカ自治領プエルトリコで開催され、ドミニカ、ベネズエラ、メキシコ、パナマ、そして初出場のコロンビアの各ウィンターリーグのチャンピオンチームが国の名誉をかけて戦った。そのスタンドの風景からは、それぞれのお国柄、お国事情がうかがえた。

野球人気はまだまだ。パナマ、コロンビア

コロンビアのファンはほとんどいないようだった
コロンビアのファンはほとんどいないようだった

 昨年大会では、急遽自国開催と参加が決まったパナマと初参加のコロンビアだが、プエルトリコ、ドミニカ、ベネズエラ、メキシコの「四強」には1勝もできず(ラウンドロビンではパナマがコロンビアに勝利)、力の差を見せつけられた。パナマは昨年大会、国内リーグ優勝チーム、トロス・デ・エレーラが大会に際してメンバーのほとんどを元メジャーリーガーなどに入れ替え優勝を遂げたが、今大会は補強をさほどせずに臨んだことがこの結果につながった。国内の選手不足からドミニカ、ベネズエラであぶれた選手を多く加入させたコロンビアと合わせ、これが現在の両リーグの現状なのだろう。

 その結果も反映されてか、両国のファンの姿は目立つことはなかった。パナマの場合、マイナー下位レベルの選手が集まるプロリーグより、春に行われるジュニア世代のリーグや、各地方のチームが地域対抗戦を行う夏のアマチュアリーグ(プロリーグの選手のほとんどは有給でこれに参加)の方が人気が高く、昨年優勝したとは言え、カリビアンシリーズに遠征に来るファンはほとんどいないようだった。

 一方のコロンビアの場合、野球はカリブ海地域の地方スポーツという位置づけで、人気ナンバーワンスポーツのサッカーの陰に完全に隠れている。国内リーグの盛り上がりは、パナマをしのぐものの、やはり海を渡ってまで応援しに来るファンはほとんどいないようだった。数年前、日本で開催されたサッカーのクラブワールドカップでは、南米代表として出場したこの国のチームのサポーターが多数来日していたが、それとは対照的だといえるだろう。

 大会スケジュール発表後に代表チームの不参加が急遽決まったキューバだったが、おそらくその多くが在住しているフロリダからやってきただろうこの国のファンの姿の方が両国のファンよりかえって目立っていたくらいだった。

苦境に立つベネズエラ

少ないながらベネズエラサポーターも決勝で大きな声援を送っていた
少ないながらベネズエラサポーターも決勝で大きな声援を送っていた

 MLB球団がドミニカに倣ったアカデミーを設立するなど、ラテンアメリカ第2のメジャーリーガー輩出国となったベネズエラだが、反米政権成立以降、アメリカの経済封鎖のため国内経済は破綻状態となり、それに伴う治安悪化からアカデミーが撤退、この冬のシーズンはMLB球団との契約選手のウィンターリーグ参加が禁止(のち解除)されるなど、混迷の中、何とか国内リーグを開催している状況がスタンドにもろに反映されていた。「四強」各国は大勢の応援団を連れてきたが、現在の国情では、よほどの裕福でない限りフライトで国境を渡るようなことはできず、決勝戦のスタンドは完全にドミニカ・サポーターに圧倒されていた。数少ない応援団の多くは、アメリカ在住のベネズエランで戦力不足ながら粘り強く勝ち上がってきた母国の代表チームに惜しみない声援を送っていた。

勢いそのままに大挙押しかけて来たメキシコサポーター

試合前にファンと交流するメキシコの選手
試合前にファンと交流するメキシコの選手

 その経済力、治安の良さ(あくまで中南米基準で)で好選手を集め、2010年代になって急速に力をつけてきているのがメキシコだ。FAを除くメジャーリーガーの参加がほとんどなくなった現在のウィンターリーグにおいて、国内に3A級に位置付けられるプロリーグがあることが強みになっていることは間違いない。夏のメキシカンリーグの16球団に対し冬のメキシカンパシフィックリーグは10球団、それにアメリカでプレーしている選手も参加するため、ウィンターリーグのレベルは当然メキシカンリーグより高くなり、かつ、人気も高い。観客動員数では、メキシカンパシフィックリーグは、MLB、日本のNPB、韓国のKBOに次ぐ世界第4のプロリーグとなっている。2010年代、このリーグの優勝チームは、カリビアンシリーズを4度制している。

 そのメキシコの勢いはスタンドの風景にも現れていた。メキシコの「野球処」、シナノア州に本拠を置くリーグ屈指の人気チーム、トマテロス・デ・クリアカンの出場とあって、ファンが団体ツアーを組んで大挙押しかけて来たほか、メキシコ各地からも熱心なファンがサンファンまではるばるやって来て、スタンドで大きな声援を送っていた。

メキシコ名物、ルチャ(プロレス)スタイルの応援
メキシコ名物、ルチャ(プロレス)スタイルの応援

 ある青年ファンは、トマテロスの主力も多数在籍しているメキシカンリーグ最大の人気チーム、スルタネスの本拠、モンテレイからやって来て、大会初日から決勝まで毎日球場に足を運んでいた。

メキシコの祭り、「死者の日」にちなんだガイコツ人形をもつメキシコ人ファン
メキシコの祭り、「死者の日」にちなんだガイコツ人形をもつメキシコ人ファン

 メキシコの応援スタンドは、とくに民族色豊かで、ポンチョとソンブレロのチャロ(カウボーイ)・スタイルの男たちがメキシコ野球の応援に欠かせない「マトラカ」(柄の先に仕込んだ歯車で音を出す木製の楽器)を鳴り響かせ、またある者はメキシコの「国技」であるルチャ(プロレス)のマスクマンに扮している。また、有名な「死者の日」の祭りにちなんだガイコツの人形をもっている人もいる。

民族楽器マトラカ片手にチャロ(カウボーイ)スタイルのメキシコ人ファン
民族楽器マトラカ片手にチャロ(カウボーイ)スタイルのメキシコ人ファン

 カリビアンシリーズでは、フィールドだけでなく、スタンドもまた、各々の国の人々のナショナリズムの表明の場となっている。

大国アメリカに抑圧されたナショナリズムを表明する「兄弟」

 カリブ海地域に野球が浸透したのは、1898年の米西戦争が大きなきっかけである。この戦争でスペインを駆逐したアメリカがこの地域を事実上の支配下に置いたことにより、アメリカのナショナルパスタイムがキューバ、プエルトリコ、ドミニカという近接した土地に浸透していった。とくに海峡を挟んで隣り合わせのプエルトリコとドミニカは、政治的には違った道を歩むが、野球の歴史においては、似たような軌跡をたどる。ともに1950年代前半に「ベイスボル・ロマンティコ」と呼ばれる野球の黄金時代を迎えるのだ。

 プエルトリコでは、1938年に創設されたセミプロリーグがこの時期に各チームシーズン80試合をこなす本格的なプロリーグとなり、1949年に始まったカリビアンシリーズでは第1回大会から1955年の第7回大会までに4度の優勝を飾っている。

 一方のドミニカは、1951年に中断していたプロリーグが再開。MLBとシーズンと同じくする夏季リーグとして実施されたこのリーグは、当時まだMLBから締め出されていた黒人選手や国内リーグがウィンターリーグのキューバからの選手を集め、高いレベルを誇っていた。

 その後、ドミニカリーグもウィンターリーグ化され、両リーグはMLBの人材供給地となってゆくのであるが、多数のメジャーリーガーを輩出し、1970年のカリビアンシリーズ復活後は、ドミニカもこれに参加、以後、1999年まで30大会でドミニカが12回、プエルトリコが9回と覇権争いを繰り広げた。優勝回数ではドミニカの後塵を拝しているプエルトリコだが、地元開催の1995年37回大会を6勝負けなしの圧倒的な力で制した、ロベルト・アロマー、エドガー・マルチネスらMLBのスターで固めたセナードス・デ・サンファンはシリーズ史上最強の「ドリーム・チーム」として今なお語り継がれている。

 また、2008-09年シーズンには両リーグの間では交流戦が実施されるなど、両国の野球ファンの間のライバリティはラテンアメリカ最大と言っていい。

プエルトリコとドミニカのファンが混在する外野スタンド
プエルトリコとドミニカのファンが混在する外野スタンド

 だから、今大会においても順位決定の予選である総当たり戦、ラウンドロビン最終戦とその翌日に行われた準決勝として行われたプエルトリコ・ドミニカ戦は連日大入りとなった。スタンドには地元プエルトリコファンだけでなく、隣国からドミニカファンが大挙して押しかけていた。その数がプエルトリコファンを大きく下回ってはいなかったことは、プエルトリコのいなくなった決勝戦のスタンドの半分ほどをうめた観客の8割ほどがドミニカを応援していたことが示している。

 しかし、面白いことに、サッカーや日本のプロ野球のように、スタンドが両軍のファンで真っ二つに割れるようなことはない。スタンド全体が「呉越同舟」状態で、両軍のファンが入り乱れているのだ。ひとつのグループにプエルトリコとドミニカのジャージを着ている者が混在していたりする。プエルトリコの優勢の時はプエルトリコ人が大いに騒ぎ、ドミニカのチャンスや得点時には、ドミニカ人が熱狂する。それでいていざこざが起こることはまずない。そして彼らは、味方のチャンスにはドラムやトランペットなどで応援歌を流すのだが、単に騒ぐだけではなく、山場となると、自然発生的にスタンディングオベーションが巻き起こる。

まさにカルナバル。ラテンアメリカの頂上決戦

 二夜連続の「兄弟対決」は、ドミニカの連勝となり、決勝はそのドミニカと優勝候補筆頭のメキシコをたった2安打で倒すという番狂わせを演じたベネズエラの対戦となった。この大会のフィナーレには、両国だけでなく、決勝を逃したメキシコ、地元プエルトリコのファンも多数訪れていた。彼らは、試合そのものを楽しみ、ここぞというときには、やはりそれぞれのスタイルでフィールドに喝采を送る。圧倒的なドミニカ人ファンの声援に負けじと、ベネズエラ人のファンはサッカーでよく使用するチアホーン(小型のラッパ)を鳴らす。試合はドミニカの圧勝に終わるが、その瞬間ドミニカ国旗を手にしたドミニカ人がフィールドになだれ込むと、陣取っていたガードマンは早々に制止をあきらめそそくさと退散していた。そして選手とともに優勝を祝うファンはチームを優勝に導いてくれたプエルトリコ人監督、リノ・リベラの名をコールし、スタンドのプエルトリコ人ファンもそれに拍手を送る。そして、メキシコ人ファンはスタンドで一緒になった地元ファンとレプリカジャージの交換をし、翌年の再会を誓っていた。

カリビアンシリーズは、ラテンアメリカ各国のナショナリズム表明の場でもある
カリビアンシリーズは、ラテンアメリカ各国のナショナリズム表明の場でもある

 このフィナーレが終わると、選手たちは春からのシーズンのため散っていく。多くの者の行き先はアメリカだが、母国のサマーリーグに残るものもいれば、アジアやヨーロッパに「出稼ぎ」に行く者もいる。そしてその行き先では、彼らは「戦友」として「ラティーノ」のアイデンティティを共有する。

(写真はすべて筆者撮影)

ベースボールジャーナリスト

これまで、190か国を訪ね歩き、23か国で野球を取材した経験をもつ。各国リーグともパイプをもち、これまで、多数の媒体に執筆のほか、NPB侍ジャパンのウェブサイト記事も担当した。プロからメジャーリーグ、独立リーグ、社会人野球まで広くカバー。数多くの雑誌に寄稿の他、NTT東日本の20周年記念誌作成に際しては野球について担当するなどしている。2011、2012アジアシリーズ、2018アジア大会、2019侍ジャパンシリーズ、2020、24カリビアンシリーズなど国際大会取材経験も豊富。2024年春の侍ジャパンシリーズではヨーロッパ代表のリエゾンスタッフとして帯同した。

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