ため池の児童溺水事故 斜面に残された這い上がり跡がわれわれに訴えること
4月5日に宮城県で発生したため池水難事故では、池に滑落した小学1年男児が犠牲になりました。現場のため池には水面から土手に続く斜面に、陸に上がろうと頑張った跡が残されていました。
大変痛ましい事故です。残された跡という、今この現実に向き合わなければ、これまで続いたため池事故はこれからも続くと、専門家として断言せざるを得ません。
※【速報】池で10歳男児が溺れて意識不明の重体…小学生6人で遊んでいた 大阪・枚方市(MBSニュース 4/11(月) 17:45配信)が入りました。子供たちの活動が活発化する時期、家庭、学校、地域で警戒を強めなければなりません。(18時20分追記)
事故の概要
事故現場は
宮城県栗原市、図1に事故現場を含めた周辺の地図を示します。
地図の中の青い染みのような点々が池の位置を示します。この地図から、数えきれないほどのため池がおよそ10 kmの範囲内に散らばっていることがわかります。筆者も長年ため池事故の調査にかかわっておりますが、これほどの無数の池は他に香川県で見るくらいでしょうか。
とにかく「小さなため池が無数」という印象です。築館IC(インターチェンジ)より少し上にある赤丸がおわかりになるでしょうか。この赤丸中にある小さな青いものが事故現場となったため池です。事故現場のため池も、この地図上では決して大きく見えないので、この無数のため池のすべてが事故現場になってもおかしくない様相です。ため池を江戸時代から歴史を追って今に引き継いだ地元の苦悩が計り知れません。
事故現場の周辺には公共施設が多い印象です。事故現場から築館小学校までは直線距離で1.5 kmほどです。この地図では表現できていませんが、栗原市役所や築館小学校の周辺には多くの民家があります。さらに事故現場は総合運動公園に隣接しています。まさに住民の生活圏、事故現場の特徴を一言で表すと、こうなります。
図2は現場となったため池の上空写真となります。
ため池は片側1車線の道路に面しています。隣には総合運動公園駐車場が見えます。ため池は道路に接していて、その間口の長さはおよそ50 mです。奥行きは100 mほどあります。この大きさがあれば、日本各地にて見ることのできるため池の中でも、比較的大きな池と言えます。
カバー写真の様子から谷池に区分されるため池だとわかります。道路に沿って土手を作り水を堰き止めてます。写真の奥の方では土地が高くなっています。高い土地に挟まれたU字型の谷を土手で堰き止めた形で造成されています。
土手は盛り土の人造物なので、どうしても水が盛り土にしみ込んでいきます。しみ込んだ水は土手を崩す原因になります。だから、カバー写真に写っているようにゴム製の遮水シートを張ってため池から土手への漏水を防ぎます。これは宮城県内の至る所で見られる農業用ため池の風景の一つです。
水難学会現場視察
水難学会では事故発生の翌日である4月6日に、安倍淳理事・副会長を現場視察に派遣しました。正式な事故調査ではないので、あくまでも速報のために視察の範囲内で目測しました。土手に関しては、以下におよその値等を示します。
〇法面 ゴム製遮水シート張り
〇法肩から水面まで長さ 3 m
〇法面角度 25度
法面とは、ため池の土手の斜面のことです。法肩は斜面の始まりですから、斜面の長さは水面までおよそ3 mということです。法面の角度25度は、どこのため池でも見られる斜面の角度です。
斜面の角度が25度なら特に怖さを感じることなく、斜面の表面を上下左右行き来することができます。水面から土手の天井である天端(てんば)までの高さは、角度25度から計算して1.3 m弱となります。つまり小学3年生頃の児童の背の高さほどです。天端から水面を見て、高さの恐怖はありません。
滑落箇所
筆者記事「ため池に落ちると、なぜ命を落とすのか」にある動画をご覧いただくと、ため池の斜面を滑落すると、足が滑って池から再上陸できなくなる様子がわかります。
今回の栗原市での事故も同じ状況だったようです。カバー写真の右に土手から水面に下りるための階段が見えます。この階段から写真手前およそ5 mの箇所にため池水中から這い上がろうとしてできたと思われる跡が明確に残っていました。図3にそれを示します。跡があまり明瞭にならないように引いて撮影してあります。
跡は水面のすぐ直下のシート上に残っていました。複数の跡が水面とゴムシートの境界に沿って直線5 mほどの間に見えました。複数の人が事故当時に入水した可能性があり、この跡は複数の人により斜面を滑ったり、這い上がろうとしたりして残されたものがいろいろ含まれていることは否定しません。
中には細い線の跡が複数平行に並んでありました。指の跡かと思われる細さでした。
なお、これら一連の跡から5 mほど離れた階段までの間には他の跡を見ることができなかったので、水中を階段方向に移動して上陸を試みたようなことはなかったと思われます。
人間は落ちたら元の場所に戻ろうとする
水難事故では、人は落ちた元の場所に戻ろうとします。筆者は多くの水難事故調査を行いましたが、この人間の習性は事故現場では必ずと言っていいほど現れることを知りました。
多くのため池では、横方向に少し移動すれば簡単に上陸できる箇所があるものです。今回の事故現場にあった階段はそれに当たります。
ところが、安全に見えるため池に滑落し、そして簡単に這い上がることができないことが分かった瞬間に、目の前の状況しか見えなくなるものです。筆者が実際にため池に入り、水面から斜面を見た時は、25度の斜面でも衝立のように見えてしまい、他の風景が目に入ってこなくなりました。
「上がれる階段があるから大丈夫」「ロープが垂らしてあるから大丈夫。」これらは思い込みです。正常性バイアスと言わざるを得ません。人は落ちたら元の場所に戻ろうとするので、陸に振り返った瞬間に目の前に手をかける所、足をかける所がないとダメです。そうでなければ、足を滑らしてでもそこから這い上がろうとするものです。
これ以上ため池で命を失わないために
当然、柵をして看板を立てて「立入禁止」を周知する努力は必要ですし、ため池が身近な地域では安全啓発のために「ため池には近づかない」という文化を継承する努力も必要です。
でも、柵あるいはフェンスは「立入を制限するもの」であって、「命を救うもの」ではありません。立入制限と救命方策の両方がため池になければ、事故は永遠に繰り返されます。
やはり人はため池には落ちるものです。筆者記事「ため池に落ちると、なぜ命を落とすのか」の公開後、多くの人たちから「自分もため池に落ちたことがあったが、草とか木の枝につかまることができて、生還した」という体験談をいただきました。ツイッターでは「自分も子供の時に落ちた」という情報が多数流れていました。日頃は黙っているだけで、みな結構危ない人生を渡って来ているものです。反省の上に人生があります。
結局、「ため池に近づくな」という注意だけでは死亡事故の撲滅にはつながらない現実があります。地域とため池が今後共存していくためにも、動画のように指でつかまり、足をかけることのできる工夫を斜面に作ることが急務だと考えます。
動画 樹脂ネットをため池の斜面に這わせると、指でつかみながら這い上がることが可能になる(筆者撮影)