Yahoo!ニュース

現役最高の強打者デオンテイ・ワイルダーは”史上最高のパンチャー”なのか

杉浦大介スポーツライター
Stephanie Trapp/TGB Promotions

10月15日 ニューヨーク ブルックリン 

バークレイズセンター

WBC世界ヘビー級エリミネーター

元王者

デオンテイ・ワイルダー(アメリカ/36歳/43-2-1, 42KOs)

TKO1回

ロバート・ヘレニウス(フィンランド/38歳/31-4, 20KOs)

アリーナの時を止める右強打

 「デオンテイ・ワイルダーが戻って来た(Deontay Wilder is back)。ヘビー級の興奮も戻って来たんだ」

 いかにもアメリカのボクサーらしい大げさな物言いだが、今回ばかりはそれも許されるだけの説得力があった。昨年10月、タイソン・フューリー(英国)に痛烈なKO負けを喫して以来のリングで、ワイルダーは豪快な“ワイルダーらしさ”を存分に見せてくれたからだ。

 15日、ヘレニウスと対戦した一戦でも、その瞬間が訪れるまでは少々ぎこちないいつものワイルダーだった。手数は少なく、リング上をダンスするのみ。この夜のワイルダーはトータルでたった3発(17発中)のパンチを当てたのみだったが、しかし結局のところ、数は問題ではなかった。

 ワイルダーのKOシーンは何の前触れもなく、突然やってくる。初回終了間際、ニュートラルコーナー付近で放った右カウンター1発。一見すると力がこもってないようにも見えたショートパンチでヘレニウスは轟沈したのだった。

 その瞬間、会場の時が止まり、続いて湧き起こる大歓声。バークレイズセンターに集まったファン、関係者はワイルダーの試合でだけ味わえる独特の感覚を久々に体感することになった。欠点も多いものの、こんな非日常感を味合わせてくれるボクサーはそれほど多くは存在しない。

Stephanie Trapp/TGB Promotions
Stephanie Trapp/TGB Promotions

 「ブルックリンに戻ってこれたのは素晴らしい。私にとって第2の故郷だ」

 ワイルダーは実際にこれでバークレイズセンターでは5戦5勝5KOと抜群の相性の良さを誇る。またしても鮮やかなKO劇を見せたあとで、その帰還を喜んだのはブルックリナイトたちだけではなかったはずである。

そのパワーは歴史的

 試合後、リングサイドで話題になったのは、「ワイルダーは史上最高のパンチャーか」という議題だった。

 前述通り、技術面の稚拙さは否めないワイルダーは、王者時代もパウンド・フォー・パウンドのようなランキングで候補になることはほとんどなかった。その一方で、抜群のパワー、瞬発力、ステップインスピードをいかし、度肝を抜くようなダウンシーンを頻繁に生み出してくれる。

 時代の覇者タイソン・フューリー(英国)には2敗1分だが、それでも3戦で合計4度のダウンを奪って相手に冷や汗をかかせている。ボクサーとしての総合力でなく、あくまでパンチャーとしての括りなら、ワイルダーはクリチコ兄弟(ウクライナ)、レノックス・ルイス(英国)といった比較的近年の強打のヘビー級王者たちよりも上だろう。最重量級の選手は必然的に全階級最高の強打者だとすれば、ワイルダーが現代最高のパンチャーだと述べても異論は少ないはずだ。

 ただ、オールタイム(史上最高)となるとどうだろうか。違う世代の選手たちを比較するのは容易ではないが、Yahoo! スポーツの大ベテラン記者、ケビン・アイオリは自身のコラム内で、ジョージ・フォアマン、マイク・タイソン、アーニー・シェイバース(すべてアメリカ)といった歴史的スラッガーたちを引き合いに出した上で、こう記している

 「証明するのは不可能だが、ワイルダーを見ていると(史上最高のパンチャーだと)信じたくなる。彼のように両方の腕で相手を眠らせることができる選手はすべての階級を探してもほとんどいない。コンビネーションを顎に決めれば、たいていいつも試合はそこで終わりだ」

次の対戦相手はルイスJr.か、ウシクか

 “ライブで見ていない選手に関しては基本的に意見は言わない”というのが筆者のポリシーの1つであり、ここではこれ以上の追求は避けたい。それでも先人の言葉を聞く限り、現代に生きる私たちは、歴史的パンチャーの1人を目撃していることは間違いないようである。だとすれば、もうすぐ37歳になるワイルダーが現役を続ける限り、その戦いぶりからは目を離すべきではあるまい。

Stephanie Trapp/TGB Promotions
Stephanie Trapp/TGB Promotions

 「誰が相手でも準備はできている。次はルイスでも、ウシクでも、どちらでも大丈夫だ」

 リング上でワイルダー自身がそう述べていた通り、次戦の相手には元王者アンディ・ルイス Jr.(アメリカ)か3団体統一王者オレクサンデル・ウシク(ウクライナ)の名が候補として挙がっている。

 同じPBC傘下のルイスとの対戦が濃厚だが、いずれにしても、どちらもKOされた経験のない強敵だ。特にスキルフルなボクシングに定評があるウシクと対戦すれば、ワイルダーが序盤から快調にポイントを奪われ続ける姿が目に浮かんでくる。ただ、それでも勝機がまったくないわけではなく、これらの試合は熱心なファンの注目を集めるだろう。

 なぜなら、アラバマ出身の“Bronze Bomber”は現代最高、もしかしたら史上最高のパンチャーだから。右拳に爆薬を秘めたワイルダーは、現役ではおそらくフューリー以外の誰と対峙しても、どんな窮地でも、最後まで見限られるべきではないボクサーなのである。

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

杉浦大介の最近の記事