原作と、大きく変更する脚本化の問題。山田太一の小説と、イギリス人監督の場合
小説でもコミックでも、原作が存在する作品をドラマや映画にする場合、映像化したからこその魅力、あるいは脚本家や監督の独自の視点が加わることが期待されつつ、やはりもともと原作の持っていたテーマや精神が受け継がれることが求められる。その意味で原作者の「了承」は重要だ。
一方で、映像化を承諾した後、作り手を信頼して、ほぼノータッチのスタンスをとる原作者もいる。それでも、だいたいのケースでは、原作者、あるいは亡くなっていたら権利をもつ誰かに脚本が送られてくる。そして完成した作品は、原作を愛する人にとって時として賛否両論になることも多い。
2023年に亡くなった山田太一は、脚本家として有名だが、小説も執筆し、その代表作のひとつが「異人たちとの夏」。1987年に発刊され、翌1988年に大林宣彦監督で映画化。亡くなった両親との再会というエモーショナルなドラマに、一部ホラーテイストも加味された、大林監督ならではの作品で、数々の映画賞にも輝いた。基本的には原作に忠実な映画化だった。
その「異人たちとの夏」が、2023年、イギリスで再映画化された。舞台は東京の浅草からロンドンに移され、主人公の職業は原作どおり脚本家だが、セクシュアリティはゲイに変更された。当然のごとく大林作品との印象は変わり、筆者のまわりでは、その変更に戸惑いの声も聞かれるものの、個人的にはこの改変が現代の映画として大きな意味をもち、なおかつ原作のスピリット、テーマが崩れていない最高の脚色だと感動した。
小説「異人たちとの夏」は、2003年に英訳され、イギリスでは早くから映画化の打診があり、『イングリッシュ・ペイシェント』のオスカー監督、アンソニー・ミンゲラが名乗りを上げた。しかし権利を整えている間にミンゲラ監督は亡くなり、しばらく時間が空いて2017年、イギリスの製作会社から山田太一と家族に提案されたのが、『さざなみ』『荒野にて』などで知られるアンドリュー・ヘイ監督による映画化。山田太一も、アメリカよりは日本に近い感覚のイギリスで作られることを望み、その企画は動き出す。
大林監督の映画版を製作した松竹や、同作の脚本を書いた市川森一、小説の英訳者など、さまざまな権利関係をクリアする過程はかなり大変だったという。その後、台本が2回ほど送られてきた際に、セクシュアリティの変更の打診もあった。山田太一は自身のドラマの場合、セリフを一字一句変えないことで知られたが、今回のような海外での映画化では、彼と家族の意向は「原作者として変更にも寛容」という立場を貫く。結果的に送られてきた台本は、作品の骨格がしっかり残っていたとの判断。脚本も書いたアンドリュー・ヘイ監督が、自身のセクシュアリティを反映させ、しかも自分の家で撮影することも聞かされ、原作者側の「パーソナルな感覚を込めてほしい」というスタンスにも添うことになった。
筆者も参加したオンライン会見で、アンドリュー・ヘイ監督は原作への思いを次のように語った。
「この世にいない両親と再会したいという願い、彼らが“見える”という概念は、家族愛、過去の傷みを探究するうえで最高のアイデアです。日本のゴースト・ストーリーであることにも魅力を感じつつ、これをイギリス文化に当てはめることに、映画化としての大きな意味があると信じたのです」
主人公のセクシュアリティを変更した意味については…
「私が撮るということで、この変更は必然でした。長い間、クィアと家族の関係を自作で突き詰めたいと思っていたからです。異性愛の家族の中で育つこと。その成長に家族愛がどう関連するか。そこを探究するうえで、これは最適な物語だったのです」
ヘイ監督も自身の過去と真剣に向き合ったことで、結果的に作品のテーマを真摯に受け継ぐことになったのだろう。
アンドリュー・ヘイ監督の作品は『All of Us Strangers』というタイトルで完成し、日本では『異人たち』として公開される。昨年(2023年)10月の東京国際映画祭がジャパンプレミアとなった。山田太一が亡くなったのは、2023年11月29日。関係者によると、完成作を観ることができたという。そして彼の遺族である3人の子供たちも作品に満足したことを語っている。
原作の映像化がどのようになされるのか。オリジナルの作品よりも、クリアしなければならない事案は多いうえに、原作を愛するファンから受けるプレッシャーや期待も高い。それを乗り越える努力が実った時に、新たな傑作が生まれるのだろう。
『異人たち』4月19日(金)、全国ロードショー
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参考資料:『異人たち』プレスシート