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マイク・タイソンのヘビー級王座獲得最年少記録に挑む19歳の英国人プロスペクト

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
イタウマ vs.ベルナト(写真:Mikey Williams/Top Rank)

タイムリミットは1年2ヵ月

 英国ロンドンのボクシングの老舗会場「ヨーク・ホール」で22日(日本時間23日)開催されたイベントに出場したヘビー級、モーゼス・イタウマ(英)がダン・ガーバー(英)に初回2分22秒TKO勝ちを収めた。サウスポー同士の対戦は左強打を決めて効かせたイタウマが優勢。サイドステップやクリンチを駆使して対応するガーバーだが、集中打を浴びてコーナーに詰まり、レフェリーストップとなった。

 このヘビー級8回戦に注目したいのはイタウマ(19歳)が世界ヘビー級王者を目指すプロスペクトというだけでなく、あの無敵を誇った元統一ヘビー級王者マイク・タイソン(米)が持つヘビー級王座獲得最年少記録20歳4ヵ月22日を更新する可能性を秘めた逸材であることだ。2004年12月28日生まれのイタウマに残されたタイムリミットは2025年5月20日まで。現時点で1年2ヵ月弱ということになる。

モーゼス・イタウマvs.ダン・ガーバー

 イタウマはナイジェリア人の父とスロバキア人の母のもと中部ヨーロッパ、スロバキアで生まれた。彼が2歳の時、一家は英国へ移住。ロンドン南東のケント州チャタムでイタウマは育つ。4歳年長の兄カロル・イタウマもアマチュアで活躍した後プロボクサーになり、クラスはライトヘビー級。兄に連れられて地元のジムで半ば強制的にグローブを握った。9歳の時だった。

 そのチャタムにある「ラギド(ぼろぼろの、見すぼらしいの意味)・スクール」というジムでイタウマは伸び伸びとトレーニングをこなした。同時にそれは十代の少年にとっては過酷なものだった。他方で学校ではケンカ沙汰を起こすこともあったが、非行に走ることはなかった。英国メディア「メールオンライン」のインタビューで「イジメをする者たちをイジメていた」とイタウマは正直に回想している。そのあたりは少年院暮らしを送ったタイソンとは異なる。また同級生と比べてダントツに体が大きかったイタウマは14歳で身長193センチ、体重が約108キロもあったという。

ビッグネームとのスパーリング

 父は学業を優先することを望んだが、生まれながらの資質が彼を“専業”ボクサーへと導いた。その才能と体格が見込まれて、すでに15歳の時に後のWBO世界クルーザー級王者ローレンス・オコリー(英)のスパーリングパートナーを務める。そこで実績をつくると、ジョー・ジョイス(元WBOヘビー級暫定王者)、ダニエル・デュボア(前WBA世界ヘビー級レギュラー王者)そして前世界ヘビー級3団体統一王者アンソニー・ジョシュア(いずれも英)といったビッグネームたちをスパーリングでサポートする。ジョシュアとは父がナイジェリア人という共通点があり、「AJ(ジョシュアのニックネーム)から公私とも多くのことを学んだ」と語る。

 アマチュアでの最大の実績は2022年11月にスペイン南部アリカンテで開催された世界ユース選手権スーパーヘビー級優勝だ。アマチュア戦績は24戦無敗というのが一般的だが、記録サイト「ボックスレク」は22勝10KO無敗と記す。スペインの大会から2ヵ月後の23年1月28日、ロンドンでプロデビュー。相手のマルセル・ボーデ(チェコ)を初回23秒でKOしスポットライトが当たる。

右ボディージャブを見舞うイタウマ。ベルナト戦から(写真:Mikey Williams/Top Rank)
右ボディージャブを見舞うイタウマ。ベルナト戦から(写真:Mikey Williams/Top Rank)

記録更新に意欲満々

 2ヵ月後の2戦目も35秒で倒す早わざだったが、ここで一旦イタウマは減速する。3戦目、4戦目(いずれも6回戦)でフルラウンドの戦いを強いられる。2連続判定勝ちに終わり、デビュー当時に周囲がぶち上げた「タイソンを超える!」というキャッチコピーにかげりが生じる。しかしその後、昨年10月、サウジアラビアで行われたWBC世界ヘビー級王者タイソン・フューリー(米)vs.総合格闘技UFCの元ヘビー級王者フランシス・ガヌー(カメルーン)のアンダーカードでイシュトバン・ベルナト(ハンガリー)を下した一戦を含め冒頭で触れたガーバー戦まで4試合連続初回ストップ勝ち。戦績を8勝6KO無敗と伸ばしている。またガヌーと戦う前、フューリーのメイン・スパーリングパートナーに抜てきされた。

 それでもプロデビューから19連続KO勝ちをマークし、86年11月にトレバー・バービック(カナダ)を2回TKOで下し最初の世界タイトル(WBC)を獲得した時点で28勝26KO無敗だったタイソンと比較すると見劣りする印象が否めない。だが、イタウマは記録破りに至って本気だ。同じくメールオンラインのインタビューで、「それは可能だと思う。タイソン時代の方がプロモーター同士の壁や指名試合の問題など、今よりずっと挑戦しやすかった。でも私は挑戦者として打席につけると信じている。今年は全力を傾けて最年少世界ヘビー級チャンピオンに邁進したい」と意欲的な姿勢を示す。

 イタウマの次回登場は5月18日サウジアラビアのリヤドに延期されたフューリーvs.3団体統一王者オレクサンドル・ウシク(ウクライナ)のヘビー級4団体統一戦のリング。今のところ難攻不落と認識されるタイソンの記録を突破するには、そろそろ骨のある相手、世界ランカークラスとの対戦が望まれる。フューリーの共同プロモーターで、イタウマのキャリアを先導するフランク・ウォーレン氏(クインズベリー・プロモーションズ)は手腕の見せどころだ。

ひときわ高い向上心に期待

 ヘビー級はフューリーvs.ウシクの結果によって今後の展開が左右される。まだ世界ランキングにも入っていないイタウマが残り1年2ヵ月弱で挑戦のチャンスをつかむのは現状ではかなり難しい。世界ランキングに名前を連ねている選手とイタウマの試合を予想すると、いずれもイタウマ不利の下馬評が立つはずだ。業界で敏腕ぶりを発揮するウォーレン氏といえども、イタウマを短期間で挑戦者に祭り上げることは容易ではないだろう。

次回登場は5月18日サウジアラビア(写真:Mikey Williams/Top Rank)
次回登場は5月18日サウジアラビア(写真:Mikey Williams/Top Rank)

 本人も「もし願いが叶わなくても、それはしょうがない。私は泣いたりしないよ。次の目標に向かって精進するだけだ」と明かす。同時に彼はソーシャルメディア上のファンの意見や反響に関して敏感だ。「たった23秒で負けてしまう相手とばかり対戦している。タイソンの台頭時期とは大きな隔たりがある。記録を狙うなんておこがましい」なんていう批判に晒されると、即座に反論した。

 「ボクシングには負け犬が存在する。タイソンのことはすごく尊敬しているし、彼が打ち立てた業績を私は追従したい。でもタイソンも初期の時点では負け犬と戦い、レコードを伸ばした。彼は2勝6敗だった選手とも対戦している。逆に私は6戦目でそれまで10勝1敗だった選手(ベルナトのこと)をストップしている」

 言うことは言うのだ。そして彼を特徴づけるのは謙虚な態度である。添付した動画でイタウマのスタイル、強さをどれほどお伝えできるかわからないが、彼は自分への称賛や賛辞を切り捨て、批判に対して真摯に耳を傾けることをモットーにしている。それほど向上心が高い。その心構えがある限り記録達成は可能にも思えてくる。サウスポーのパンチャーを期待を込めて見守りたい。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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