「誰が」だけではない…一年後に迫った次期韓国大統領選、3つの観戦ポイント
来年3月の大統領選挙に向け韓国メディアは徐々にペースを上げているが、今から完全な予想ができるほど韓国政治は甘くない。各種報道を楽しむための「ヒント」をまとめた。
●前回選挙はサプライズ無し
韓国の次期大統領選挙が、ちょうど一年後の2022年3月9日に行われる。通例のように水曜日に全国がお休みとなり、有権者は投票に向かうこととなる。
前回、17年5月9日の大統領選は、前年10月から始まり全国へと広がった朴槿惠大統領の退陣を求める「ろうそくデモ」の延長線上に位置づけられたため、第一野党の候補だった文在寅氏の当選は決してサプライズではなかった。
だが今回の大統領選の方程式は、より複雑だ。さらに、韓国政治のダイナミックさは誰もが知るところだ。出オチとなってしまうが、8日、9日とこぞって一年後の大統領選を取り上げた韓国各紙も「まだまだ先は読めない」という結論に至っている。
とはいえ、それで記事を終える訳にもいかない。筆者なりに日本の読者に向けて、今回の大統領選の見どころを「テーマ」「候補」「韓国政治の軸」という3つに分けて整理してみる。
なお、今回の記事作成にあたっては、韓国政治に詳しい気鋭の政治学者・李官厚(イ・グァヌ、政治学博士)慶南研究院研究委員との電話インタビューを参考にした。
●審判vs未来
今回の選挙も、過去の選挙と同様に進歩派(与党・共に民主党)と保守派(第一野党・国民の力)の正面衝突になるという点では変わらない。
だが、互いにどんな「フレーム」を設定するのかによって闘い方が大きく変わる。有権者の関心をくみ取りつつも、自陣営に有利かつ簡潔で力強い枠組みを提示し、その中で有利に闘いを進める必要がある。
李研究委員は大統領選において野党は「文在寅政権を審判するという『回顧投票(retrospective voting)』というフレームを設定するだろう」と見立てる。
文政権の過去5年を評価する選挙と位置づけ、文政権と与党・共に民主党の問題を挙げ続けることで、“与党政権が続く場合には問題も続く”と刷新を訴えるということだ。
与党については、「未来のアジェンダ(政策議題)を進めるという『展望投票(prospective voting)』に持ち込みたい」と同氏は指摘する。
ポストコロナ(新型コロナ以降)の技術的な進化に合わせた産業の革新、社会の変化に合わせた”構造的な改革の適任者は誰か”とリーダーシップを問う選挙にしたい、ということだ。
なお、「政権交替(野党の勝利)を望むか」という世論調査の結果は半々となっている。
一方、これ以外に大きな共感を呼ぶようなフレームには破壊力がない。
例えば近頃韓国内で高まる「86世代批判(※)」に基づく“世代交代”。大統領選には71年生まれの野党・時代転換の趙廷訓(チョ・ジョンフン)議員や73年生まれの与党の朴柱民(パク・チュミン)議員などが参戦すると見られるが、どうしても若い世代でなければならないという必然性は弱い。
※60年代生まれで80年代に学生運動を行い、87年の民主化に貢献した世代を指す。この中の一部のエリート層が韓国社会の経済的成功の果実を過度に得る一方、政治権力の中枢に長く居続けることで、民主化よりも先にある「公正」といった価値に向けた社会改革を逆に妨げているという批判。
また、「保守でも進歩でもない」という、既存の両党体制への批判も強くない。
前出の李研究委員はその一例として昨年一年間、韓国を騒がせた秋美愛(チュ・ミエ)法務部長官と尹錫悦(ユン・ソギョル)検察総長の検察改革をめぐる“バトル”の際に「有権者は『両方ダメ』と見なすのではなく、争いに参加した」ことを挙げた。
この時の「両方」は秋長官が与党、尹検察総長が第一野党を代表しているとするものだ。
また、有権者が自身の政治的な性向をはっきりと認識した上で、共に民主党や国民の力を支持する傾向も強いと、李研究委員は指摘する。
ただ最近になって、政府機関『LH韓国土地住宅公社』の職員が職権により知った新都市開発計画に合わせ土地投機を行った疑惑が明らかになった。
娘の大学不正入学疑惑を含む“曺国騒動“でも注目されたように、社会の不平等が広がる韓国におけるキーワード、「公正」への意識はいつになく高い。
「公正」と「正義」の実現を原動力とした「ろうそくデモ」の結実として成立した文在寅政権だからといって、決して公正ではないという認識が若者層を中心に広まっている。
あくまで与党と第一野党という二大陣営の争いになるが、それ以外の正義党などの進歩派政党の候補の主張にも注目が集まる。
●尹錫悦・李在明・李洛淵…
次に候補について見てみる。韓国では数か月前から既に、次期大統領にふさわしい人物を問う世論調査が盛んに行われている。
最新の調査で1位となっているのは、人口1365万人という韓国最大の地方自治体・京畿道(キョンギド)の李在明(イ・ジェミョン、56)知事、そして先日、政府の急激な検察改革に反対し電撃辞任した尹錫悦(ユン・ソギョル、60)前検察総長の二人だ。
李知事は3月1日発表の調査(リアルメーター社)で23.6%で1位に、尹前検察総長は8日発表の調査(KSOI)で32.4%で1位となっている。
これに、昨年上半期に首位を独走していた与党・共に民主党の李洛淵(イ・ナギョン、68)前代表が続く構図だ。同氏は9日、党憲に従い代表から退き、今後は大統領選に専念することになる。
その次には安哲秀(アン・チョルス、59)、洪準杓(ホン・ジュンピョ、66)といった前回の大統領選を完走した面々が続く。
中でも注目は、李在明知事と尹錫悦前検察総長の二人だ。この二人に共通するのは「強いリーダーシップ」だ。李研究委員は「新型コロナ時代にはカリスマ的リーダーが求められている」と指摘する。
与党・共に民主党に所属する李氏は18年7月から京畿道知事を務める中で、地域貨幣の導入や手厚い福祉など弱者に寄り添う改革を行う上に、歯切れのよい発言で存在感を高めてきた。
最近ではすべての市民に毎月一定の現金を配布する「基本所得(ベーシック・インカム)」の導入を掲げ、格差が広がる新型コロナ時代に合った存在をアピールすることに余念がない。
一方の尹氏は、以前の保守政権下での「反骨検察」のイメージと、大抜擢され検察のトップにまで登り詰めた文政権下でも臆さずに政権の不公正・不正義を糾すイメージが重なり、正義感ある強いリーダーとしての存在感がある。
政界入りを明言していないのにもかかわらず、辞任と同時に32.4%の支持を叩き出すなど、今のところ次期大統領選の「台風の目」となる存在だ。
ただ、二人には大きな壁がある。
李知事にとっては「与党内の支持」が難関だ。文在寅政権の初代総理として政権の「顔」だった李洛淵前代表に党内の支持で劣っている。大統領選に出るためには予備選で李洛淵前代表に勝つことが絶対条件になる。豊富な政治キャリアを持ち、党代表の重責を勤め上げた李洛淵という壁をどう乗り越えるのかに注目が集まる。
尹前総長にとっては、「政界入り」が高い壁となる。9日、与党のベテラン議員、宋永吉(ソン・ヨンギル)議員が「政治圏に入ることは大気圏突入より難しい」と表現したように、組織も資金も政治経験もない尹氏にとっては未知の挑戦となる。近い例では前回17年の大統領選の「台風の目」だった潘基文(パン・ギムン)前国連事務総長が早々にリタイヤした出来事がある。
李研究委員は「(民間人出身ながら前々回12年の大統領選挙でやはり『台風の目』となり、その後政界に残り続ける)安哲秀氏には豊富な資金があったが、尹氏は簡単ではない。最終的には国民の力の候補となることが考えられるが、独自の政党を作り党対党の合併を行うなど、手段はいくつかある」と見通した。
●進歩派が主流となるか
最後は、選挙の持つ意味についてだ。昨年4月の総選挙でも盛んに話題になったように、進歩派は現在、国政選挙で4連勝している。
進歩派が勝利した選挙
・2016年4月:第20代国会議員選挙(総選挙)。共に民主党123議席、セヌリ党(現:国民の力)122議席。
・2017年5月:第19代大統領選挙。共に民主党から立候補した文在寅現大統領が当選。
・2018年6月:全国同時地方選挙。共に民主党が得票率51.4%で圧勝。
・2020年4月:第21代国会議員選挙(総選挙)。与党系が議席6割、180議席を獲得。
韓国では長く、「傾いた運動場」という表現が使われてきた。これは1948年の政府樹立以降、1998年に金大中(キム・デジュン)大統領が就任するまでの間、約50年を保守政権が独占してきたことから、選挙では保守層が有利になる他にないという環境を指す言葉だ。
これが「やっと水平になった」(李研究委員)今、次の大統領選が今後の韓国社会の行方を占うということだ。世論調査を見ると、18歳から40代までは与党支持が多い反面、50代は与野党支持が拮抗し、60代以上では保守野党支持が多い。
昨年4月時点の有権者の年齢別分布を見ると、10代2.6%、20代15.5%、30代15.9%、40代19.0%、50代19.7%、60代14.6%、70代以上12.7%となっている。
李研究委員は「50歳から55歳までの世代がカギとなる」と指摘し、「今回も進歩派が勝つ場合、韓国政治の大きな軸が今後、進歩派に傾くことになる」と分析した。
この事を念頭に置く場合、進歩派がどんな政策を打ち出していくのかという部分から、今後の韓国社会を読むことができるだろう。
●なるべく遅い進行になる
見てきたように選挙の見どころは多彩であるが、冒頭で述べたように選挙の流れを読むのは容易ではない。逆に、今の時点で結果を自信満々に述べる記事は敬遠したほうがよいだろう。
韓国紙では与党・共に民主党の大統領選候補が決定する時期を8月末から9月初旬とし、第一野党・国民の党の候補が決まる時期を11月初旬と見ているが、李研究委員は「双方とも自陣営の候補を後に決めようとするだろう」と見立てる。戦略的に有利な判断をするという意味だ。
与党の9月初旬という時間表は「180日前に候補を確定する」という党憲によるものだが、これを「120日前」に変えようという声も党内から出ている。
背景には李在明氏の独走態勢を崩すための時間稼ぎとの思惑も見え隠れするが、いずれにせよ、いつ候補が決まるかも読めない選挙となる。
また、李研究委員は「候補は多い方が良い」とも語る。与野党ともに最大限候補を多く抱えながら、全国でくまなく支持者を増やしていくことが求められるということだ。既に与党の著名政治家たちは全国ツアーを始めている。
青瓦台(大統領府)にとってもまた、大統領選がゆっくりと展開する方が喜ばしい。特定の候補に支持が集まる場合には文大統領のレームダック化が進むからだ。
このように、大統領選まで一年となったが、4月7日にソウル市と釜山(プサン)市の補欠選挙も控えている中で、まだまだ何かを断言するには早すぎる。
だが、韓国メディアが一斉に大統領選を報じ始めたことが示すように、今後、日増しに関連する話題は増えていくだろう。日本でも情報の洪水が予想されるが、信頼できる書き手を選んで欲しい。いずれにせよ、長い闘いが始まった。