Yahoo!ニュース

21歳無敵八冠の一角を崩すのは21歳の大器か? 藤井聡太棋王に伊藤匠七段が挑戦する棋王戦五番勝負

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 第49期棋王戦コナミグループ杯は挑戦者決定トーナメントが終わりました。

 八冠を独占する将棋界の絶対王者・藤井聡太棋王(21歳)。五番勝負で挑戦するのは、同い年の大器・伊藤匠七段(21歳)です。

待ち受けるのは藤井棋王

 前期トーナメント。藤井五冠(竜王・王位・叡王・王将・棋聖)と伊藤五段(肩書はいずれも当時)は敗者復活戦で当たり、藤井勝ちでした。

 藤井五冠は敗者復活戦で2勝、挑決で2勝、合わせて4連勝で挑戦権を獲得。五番勝負では3勝1敗で渡辺明棋王を降し、六冠となりました。

 藤井棋王はその後、名人位を獲得し七冠。さらには王座を獲得して八冠を独占したのは周知の通りです。

伊藤七段も敗者復活から挑戦

 1年が経ち、伊藤現七段は棋王挑戦権を獲得しました。

 棋王戦挑決二番勝負は過去32回のうち、前期の藤井五冠、今期の伊藤七段も含めて、敗者復活戦から勝ち上がった例は12回目となります。

 以下、伊藤七段のコメントは、12月26日の挑決第2局終局後のものです。

伊藤「やはり今期の棋王戦は、1敗した時点で挑戦は厳しいという状況でしたので、本当に挑戦できて嬉しく思います」

 伊藤七段は宮田利男八段門下。第45期(2019年度)には兄弟子の本田奎現六段がトーナメントを勝ち上がり、棋王挑戦権を獲得しています。

伊藤「本田さんが初参加で挑戦されたときは、非常に自分も刺激になりましたし。そういう棋戦で今回自分も挑戦できて、うれしく思います」

藤井-伊藤、竜王戦に続く番勝負

 伊藤七段は2023年1月時点で五段でした。4月には竜王戦のクラスで連続昇級を決めて六段に昇段。そして8月には竜王挑戦を決め、七段に昇段しました。

 2023年秋、竜王戦七番勝負で藤井竜王に伊藤七段が挑戦したのは記憶に新しいところです。結果は藤井竜王の4連勝でした。

伊藤「前回の竜王戦の対戦で、非常に力の差を感じましたし。やはり今回も非常に厳しい戦いになるかなと思っています。やはりちょっと今のままだと、前回の竜王戦のようなことになってしまうのかなと思うので。開幕までにしっかり実力をつけて臨みたいと思います」「竜王戦で藤井さんに4局教わったことは、非常に貴重な機会、経験になって。その後、公式戦の成績もわりといい状態で、やれてるのかなとは思うんですけど。ただ、そうですね、内容的にはまだまだやはり課題が多いと思うので。番勝負開幕まで、もっと力をつけないといけないと思います」

 伊藤七段は竜王戦が初めてのタイトル戦番勝負登場。さほど間をおかず、棋王戦で2度目となります。

伊藤「今年の初めはこういうタイトル戦に出るというのはなかなか縁のない、そういう位置だったと思うので。非常に充実した一年になったのかなと思います」「やはり一度タイトル戦を経験して、本当に、そういった素晴らしい舞台で対局させていただけるという喜びを感じましたので。よりまたタイトル戦の舞台に出たいという思いは強くなっていたので。こうしてまたすぐに挑戦できるのはうれしいというか、そういう気持ちですね」「(竜王戦七番勝負で)4局指して、タイトル戦の雰囲気はかなり慣れてきたところはあったかなと思います」「前夜祭のあいさつなどは、4局やってもなかなか慣れない部分はあったんですけど」

 竜王戦七番勝負も含めて、藤井棋王と伊藤七段は過去に公式戦では6回対戦。結果はすべて藤井竜王の勝ちでした。

伊藤「(竜王戦は)非常に実力差を感じたシリーズだったので。やはり藤井さんにはまだ公式戦で一つも勝てていないので。まずは1勝というところを目指して、という形にはなるのかなと思います」

 竜王戦は2日制で持ち時間は8時間。一方、棋王戦は1日制で、持ち時間は4時間です。

伊藤「今回の棋王戦は竜王戦と違って、1日制ということで。やはり2日制とは全く違うものだと思うので。そのあたりはなんていうか、意識を変えて臨まないといけないかなと」「持ち時間4時間っていうのは、やっているとけっこうあっという間というところが。そういう印象ですね。そのあたり、けっこう時間配分も考えて、準備していきたいと思っています」「自分自身はけっこう長考派というか。時間があればあるだけ使ってしまうところはあるかなと思います。今回、持ち時間4時間ということで、やっぱり時間配分は、気をつけながら指さないといけないかなと思ってます」

 藤井棋王について、伊藤七段は次のように語っています。

伊藤「藤井棋王との対戦は、他の方との対戦とはやはり違って。なんていうか、かなり最善で仕留めに来られるというか。非常にそういった感覚は受けました」「けっこうやっぱり対局中から、いろいろ手が広いところで直線的に仕留めに来られるというか。そういった感覚は、受けていました。やっぱり形勢が苦しくなるともう、なかなかどうしようもなかったかなという感覚なので。そうですね。やっぱり中盤の精度をもっと上げていかないといけないと思いました」

藤井棋王にスキはあるのか?

 過去に永世棋王の資格を得た棋士は2人しかいません。羽生善治現九段と、渡辺明現九段です。

 両者ともに初めて棋王位を獲得してから、永世棋王の資格を得る5連覇を達成しています。王者の系譜を継ぐ藤井棋王も、このまま一気にその道を進むのかどうか。

 藤井棋王はタイトル戦番勝負に登場すること19回。おそるべきことに、そのすべてを制してきました。

 19回連続でタイトル戦番勝負を制したのは、昭和のなかばに全盛を誇った大山康晴15世名人に並ぶ記録です。

 年明け1月には王将戦七番勝負で菅井竜也八段を相手に、防衛戦が始まります。

 そして2月には棋王戦五番勝負で伊藤七段を相手に、防衛戦が始まります。

 どちらも下馬評は藤井乗りの声が多いでしょう。しかし菅井八段、伊藤七段が八冠の一角を崩しても、なんら不思議はありません。

 大山15世名人であっても、20回連続はなりませんでした。また羽生善治現九段の七冠制覇は、約半年ほどで終わっています。現状、番勝負での敗退を想像するのが難しい藤井八冠であっても、いつかは敗退するときが来てもおかしくはありません。

 どんな時間設定であっても強い藤井八冠ですが、勝率10割ではありません。今年度銀河戦では、決勝で丸山忠久九段に敗れています。丸山九段は藤井棋王に勝ち越している、数少ない棋士の1人となりました。

 棋王戦五番勝負開幕まで、これから1か月と少し。伊藤七段は当然、できうる限りの準備をして臨むことでしょう。

伊藤「他の公式戦がありましたので、そちらの準備を主にしていたんですけど、今回、挑戦が決まってまた、藤井さんとどう戦っていくかというのは考えていきたいなと思います」

 藤井棋王と同様に、伊藤七段も居飛車の本格派で、変わった戦型を採用することはほとんどありません。竜王戦はスコアこそ一方的になりましたが、伊藤七段の作戦がうまくいった場面も見られました。伊藤七段はこれまでと変わらず、正々堂々と真正面から挑んで、そこで勝機を見出そうとするのではないでしょうか。

伊藤「藤井さんは八冠で、まったくスキがないという印象ですけど。やはりそうですね。挑戦するからには、自分がそこを崩してしていけたらという気持ちはあります」

 現時点での2023年度成績は、藤井棋王は33勝6敗(勝率0.846)。ほとんどトップクラスとしか当たらない中で、驚異的な勝率を維持しています。

 伊藤七段は39勝11敗。対局数、勝数のランキングで1位を走っています。

 タイトル戦番勝負で敗退なしの藤井八冠を止めるのは、はたして誰か。来年の将棋界もまた、熱いドラマが期待できそうです。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

松本博文の最近の記事