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【体操】田中佑典 信念が切り拓く東京五輪への道

矢内由美子サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター
全日本個人総合選手権での田中佑典のつり輪。以前より力強さが加わった(写真:アフロ)

内村航平(リンガーハット)が10連覇の偉業を達成した体操全日本個人総合選手権(4月7~9日、東京体育館)。20年東京五輪に向けての第一歩となった今大会で堂々の2位になったのが、内村とともにリオデジャネイロ五輪団体総合で金メダルを獲得したメンバーの1人、27歳のベテラン、田中佑典(コナミスポーツ)だった。

6種目の合計点86・300点は、優勝した内村とわずか0・05点差。演技構成の難度を示すDスコアは、34・7点の内村より1・6点低い33・1点だったが、演技の出来映えを評価するEスコアでは、51・65点の内村を上回る53・2点をマークした。演技の正確性や美しさを重視する新ルールの採点で、Eスコアで最も高い評価を受けての総合2位。結果を生み出したのは「美しい体操」を追求し続けてきたベテランの信念だった。

■出来映えを示すEスコアで高得点

「現役選手の中で一番美しい体操をしていると、僕は自負している。自分の体操をすれば評価してもらえるということは予選で感じたし、評価してもらえるという自信もあった」。田中は満足そうに笑みを浮かべた。

決勝での最初の種目はゆか。Dスコア5・5点は、予選の上位6人で構成される第1組のメンバーにゆかの得意な選手が多かったこともあって最も低かったが、Eスコアで内村に続いて2番目に高い8・8点を出し、好スタートを切った。

続く苦手のあん馬を無難に乗りきると、続いては大会前の会見で「最も注目して欲しい種目」と話していたつり輪。ダイナミックさと美しさをミックスした技『オニールからの逆上がり脚前挙』では、「6種目の中で自分としては一番手応えがあった」と自画自賛したように、流麗かつ力強い実施を見せ、波に乗った。

跳馬では『アカピアン』をきれいに着地。難度は低いがここでもE得点でまとめた。そして、残すは世界トップクラスの実力を持つ平行棒と鉄棒の2種目。平行棒でG難度の『ヤマムロ』を完璧に決めて、全体で2番目に高い15・000点を出し、鉄棒ではトップの14・850点をマークした。試合後はすべての種目で自分の思い通りの評価を受けたといい、「新ルールでも通用するという手応えはすごくある」と胸を張った。

■「アーティスティックな体操の現代版を」

とてつもないプレッシャーの下で戦ったリオ五輪団体総合決勝で完璧な演技をし、大目標の金メダルを手にした。「ここで活躍するために4年間頑張ってきた。もう、こんなプレッシャー、いいです」と泣き笑いしながら言ったのはもちろんそのときの本音だ。けれども、リオから4カ月後の昨年12月。今度は、「4年後が東京ということで、次に向けてまたやろうという気持ちになった。これからは自分が目指す体操を追求していく」と決意を口にした。

オフの間は、持ち味である「美しい体操」を突き詰めるため、過去の五輪メダリストらの映像を繰り返し見た。その中で魅了されたのが、旧ソ連時代の流れを汲む選手たちの、柔らかさや滑らかさ、力強さを兼ね備えた演技だった。

特に92年バルセロナ五輪6冠のビタリー・シェルボ(ベラルーシ)や、96年アトランタ五輪個人総合銀メダル、00年シドニー五輪同金メダルのアレクセイ・ネモフ(ロシア)の映像に、引きつけられた。

「シェルボやネモフの時代の体操に僕は魅力を感じるんですよ。あれこそがアーティスティック。あれこそが目指すべきところ。古き良き時代のアーティスティックな体操を現代版にするのが僕かなと思ったんです。今回は、こういう体操をしたいという信念と、この大会に臨む覚悟を貫き通すことができた。自分の中では最高の出来でした」

僅差でV10を果たした内村は、「新ルールは佑典に有利になっていると思う」と指摘したが、それは田中自身も感じていることだ。17年から20年まで採用される今回のルールでは、着地の乱れはもちろんのこと、演技の中での姿勢のズレやゆがみ、腕の曲がりや脚の開きなどが厳格に減点されるようになった。

採点が厳格になるということは、実施の良し悪しが数字により顕著に出ることである。「少しの乱れでも0・3点引かれるというルールの中で、自分は0・1点(の減点)にできると思っている。そこの差があると思っている」と田中は分析する。

冬場は、シェルボやネモフの映像だけではなく、過去から昨年までの自分自身の映像もじっくりと見直した。そこで気づいたのは「昔の自分よりも今の自分の方が乱れている」ということだった。「技を攻めすぎて、乱れていました。そこを見直していかないといけないと感じました」

そこを追求しての2位。美しい演技の再構築はまだ始まったばかりであるだけに、伸びしろへの期待も膨らむ。

■姉・理恵さんに続く「エレガンス賞」が目標

「エレガンス賞、ないですかね」

全日本選手権の取材の終わりに、田中は冗談めかしてそう言った。エレガンス賞とは世界選手権の個人総合決勝で最も美しい演技をした選手に贈られる賞であり、11年に田中の姉の理恵さんが獲得したほか、内村が11、13、14年と3大会連続で獲得している。だが、国内の大会には設定されていない。

もらうチャンスを得るには世界選手権の個人総合に出るしかない。そのためには世界選手権の代表最終選考を兼ねて行なわれるNHK杯(5月20、21日=東京体育館)で2位以内に入ることが必要だ。

「全日本の大会をひとつやったことで体も動いてくると思う。1カ月でしっかり練習します」。意気揚々とした姿に、“本気”を感じた。

サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター

北海道大学卒業後、スポーツ新聞記者を経て、06年からフリーのスポーツライターとして取材活動を始める。サッカー日本代表、Jリーグのほか、体操、スピードスケートなど五輪種目を取材。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。スポーツグラフィックナンバー「Olympic Road」コラム連載中。

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