先住民イヌイットの生き方に反するデンマーク社会構造
アーカ・ハンセン(Aka Hansen)さんはグリーンランドの首都ヌークに住む活動家・映画監督だ。映画やドキュメンタリーの制作を通して、300年以上にわたるコロニアリズムの中で育まれたイヌイットの伝統文化に焦点を当てている。
子どものための支援活動をする国際NGOプラン・インターナショナル・デンマークは、デンマークのジェンダー平等推進に貢献する個人や団体に「ガール賞」を授与しており、アーカさんは今年の受賞者候補のひとりとしてノミネートされている。ノミネート理由は「グリーンランド人、とりわけ女性と子どもに対するニュアンスに富んだ見解が評価された」からだ。
ノルウェーのサーミ人との連帯を示すために抗議活動に参加
アーカさんはノルウェーの首都オスロに来ていた。先住民サーミ人に連帯を示すためだ。
グリーンランドでも「グリーン・コロニアリズム」(緑の植民地主義)が起きていると、アーカさんはインタビューで話し始めた。
「つい最近も、ウラン採掘を望む大手鉱山会社にグリーンランドは反対票を投じたばかりです。地下には豊富な鉱物資源がたくさんあるので。何でもありますが、問題は狩猟区域でもあるということ。もし土地を破壊したら、そこでは狩りができなくなります。釣りもできなくなります。私たちもそこにいることもできなくなります」
「グリーンランドは世界一大きな島で、人口は58,000人とそれほど多くはなく、そのうち約5000人がデンマークからの入植者です」
「ちょうど300年前のことです。1721年にデンマーク人の司祭がグリーンランドにやってきて、私たちの国を植民地にしました。私たちはすでにオランダやドイツなどの捕鯨業者と交易していましたが、デンマークがそれを止めさせ、デンマーク政府との取引しか許されなくなりました。だから私たちの民族は300年間植民地化されてきたんです。グリーンランドの人たちがそう投票したわけでもないのに、いまだにグリーンランドはデンマークの憲法下にあります」
「グリーンランドにもいわゆる議会、自治政府はありますが、認められているのはいくつかの分野だけなんです。司法や外交政策などをコントロールすることはません。だから私たちはまだデンマーク女王の下にいることになります」
「植民地を持つことは許されない時代になり、1953年にグリーンランドがデンマーク領になることで合意しました。その日から、多くの主導権を握ることになったんです」
連れていかれる子どもたち、今も続く抑圧構造
「それからも私たちの多くの祖父母は苦労しました。例えば、もしあなたがグリーンランドで生まれたとしたら、デンマーク人と同じ仕事をしていても給料は半分でした。イヌイットの子どもたちはデンマークの家庭に養子に出され、私たちの国から連れ去られました。今現在も500人近くの子どもたちが、デンマークの家庭や施設に預けられたままで、自分たちの信仰や言語、文化に触れる機会を失っています。つまり、これは『ジェノサイド』(大量虐殺)なんです」
- 別記事「北欧で先住民は未だに抑圧されている サーミとイヌイットの尊厳を取り戻せ」で登場するアーユ・ピーターさんは幼い頃にグリーンランドの家族から引き離されデンマークに送られ、言葉も文化的帰属も失った経験を持つ
- 1964~79年の間にグリーンランドからデンマークに養子に出された子どもは公式には164人とされているが、その数は実際にはもっと多いとされており、養子に出すことを望んでいなかった母親もいた。デンマーク公共局DRでは実母と子どもが再開するドキュメンタリー番組を放送「Grønlands forsvundne børn」
- 産経新聞「デンマーク首相が謝罪 70年前の先住民同化実験」
「酒を飲んで育児をしない」という偏見
「養子にしたがるのは、私たちの国民は『よく酒を飲む』とか、『子どもを虐待している』とかいう偏見があるからです。真実ではないけれど、デンマークがグリーンランドの国民をどう見ているかということです。今でもデンマークには『イヌイットの家族は子どもの面倒を十分に見ない』と考えている人がいます」
「このような統計を取るのはとても難しいんです。なぜなら、私たちは同じ社会保障番号を持っていて、グリーンランド人という『国籍』を持っていないから。たとえデンマークから4000キロ離れていた場所で生まれたとしても、それでもデンマーク国民とみなされるんです」
アーカさんは、イヌイットと比較して、サーミのコミュニティはよく「まとまっている」と感じている。「共に立ち上がり、共に闘っている」姿は羨ましくも見えるようだ。
「グリーンランドの一部の人たちは、植民地的な構造を内面化しており、今のような状態でいいと受け入れてしまってます。だから『あなたはなぜ必死に闘っているの』『そんな闘いは必要ない』『私たちは自治政府にはなれない』『私たちは酒を飲み過ぎている』と。自分たちでさえ飲酒の問題を指摘するんです」
アーカさんは飲酒という社会問題は確かに存在すると話す。かつてはアルコールを買うことは許されていなかったが、70年代に解禁されて以来、苦しい時の「気晴らし」となった。
グリーンランド自治政府の予防・社会関係局は、アルコール乱用は明らかに社会的・心理的問題であり、多くの子どもや若者、家族に大きな悪影響を及ぼしているとしている。問題は「平均消費量」ではなく「飲み方」で、週末や給与支給後に暴飲するパターンがある。
「もし誰かが苦しんでいて、『ダメ人間』だと言われ続けると、アルコール依存症は簡単な逃げ道になってしまうんです。『酒を飲めば忘れられる』と、飲酒問題に関して多くの研究でも証明されています」
「デンマーク人のようになれない」追い詰められるアイデンティティ
「政府によって破壊された先住民のアイデンティティ」など、サーミ人との歴史や葛藤には共通点が多いとアーカさんは話す。
「グリーンランドでも自殺率がとても高いんです(特に男性)。『デンマーク人のように見えない』『デンマーク人のように振る舞えない』『デンマーク語を十分に話せない』。デンマーク語が話せなければ、教育を受けることもできません。それは私たちの伝統的な生き方に反する多くの構造です。ヘイトスピーチも受けます」
若い男性の間で高い自殺率
自殺の原因を調査しているデンマーク国立公衆衛生研究所によると、グリーンランドでは年間約40〜60人が自殺し、人口10万人当たりの自殺者数は約88人。これはデンマークの約9倍で、特に若いグリーンランド人が自殺で亡くなっていることになる。グリーンランドでは10分の1の死が自殺であり、事実上すべてのグリーンランド人が、「自ら命を絶った」あるいは「絶とうとした人を1人以上知っている」状態だ。自殺で亡くなるのは主に15~34歳で、その後は年齢が上がるにつれて自殺率は下がる。この傾向は「北極圏の他の先住民族にも見られる傾向」とされている。
特にグリーンランドの小さな町では、1人の自殺が数人の自殺につながるという「自殺の伝染」が起きる傾向もあり、背景には、グリーンランドの植民地時代の歴史、急速な近代化、それに伴う社会的影響などが考えられる。
「北極圏の他の先住民の研究によると、先住民の文化や言語、高齢者世代への愛着が、精神衛生や自殺に関連する重要な保護因子であることがわかっているため、ここに予防の可能性があるかもしれない」と同研究所・グリーンランド公衆衛生センターの博士課程学生であるIvalu Katajavaara Seidlerさんは指摘している。
グリーンランドが生き延びるためには、自分たちの憲法や法律が必要だ
「デンマーク議会にはイヌイットの議員は2人いるけれど、それだけの数では何も変えることはできません。今、私たちは生き延びるために闘っています。人々が望んでいるのは主権を持ち、自分たちのルール・憲法を持つことです。自分たちの領土を持つためには、憲法と法律が必要なんです」
アーカさんのように、SNSを使って先住民としての誇りを思い出させ、現在も続く植民地的な考え方の問題提起をする動きは北欧各地で見ることができる。「若い世代×英語×SNS」の組み合わせによって、各地に散らばっていた先住民同士の連帯も強まっており、「ルーツに誇りを」というムーブメントはこれからさらに勢いを増しそうだ。