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MLBブルージェイズ、傘下の3A本拠地を使用することに。「悲願」のメジャー球団を迎えたバッファロー

阿佐智ベースボールジャーナリスト
ノースアメリケア・パークと呼ばれていた頃のバッファローの球場

 新型コロナ禍にあってようやく開幕を迎えたメジャーリーグにあって、懸案事項となっていたカナダ球団、トロント・ブルージェイズのホームゲーム開催地が、アメリカ・ニューヨーク州のバッファローとなったことが報道された。バッファローは、米加国境はさんでトロントとは反対側にあるナイアガラの滝の玄関口の町で、都市圏人口100万人を超える、州内ではニューヨークに次ぐ大都市である。

 この町に本拠を置く、バッファロー・バイソンズは、2013年よりブルージェイズとアフィリエイト契約を結び、その傘下の3Aチームとして活動していた。ブルージェイズは、このチームの本拠、セーレン・フィールドを今シーズン使用することになった。しかし、ロッカールームなどが「メジャー仕様」ではないと、工事を行うことになったため、最初のホームシリーズとなる昨日29日からの対ナショナルズ3連戦と2シリーズ目となる8月1日からの対フィリーズ2連戦は、相手方の本拠地を間借りして行い、14日のレイズ戦よりバッファローの球場を使用する。

悲願だったメジャーリーグ球団誘致

 実はこの町には、メジャーリーグ球団がベースボール草創期に存在していた。メジャーリーグの歴史は1876年のナショナルリーグ発足に始まるとされているが、1877年に発足した初代バイソンズは、1879年から7年間、このメジャーリーグに参加していたのだ。このチームは、1886年にマイナーリーグのインターナショナルリーグに移籍し、この町のメジャーリーグタウンとしての歴史は幕を閉じる。1890年には、低年俸に不満を持った選手たちが結成した組合が設立したプレイヤーズリーグの球団として、バイソンズが復活するが、このリーグは1年で解散した。のち、1969年にメジャーリーグ機構が設置した「野球記録特別委員会」により、このリーグは、メジャーリーグとして認定されている。

 NFLのビルズ、NHLのセイバーズというメジャースポーツチームをもつバッファローのメジャーリーグ球団誘致熱は高く、1990年代の球団数拡大の際にはたびたび候補都市としてその名が挙がっていた。

 1985年、それまであった2A球団にとって代わり、3Aアメリカンアソシエーションに所属するシンシナティ・レッズ傘下のウィチタ・アエロズがバッファローに移転、1988年にはこの町14代目となる新球場がダウンタウンの中心に建設された。運送会社のネーミングライツ取得により、「パイロット・フィールド」と名付けられた収容2万を超える最新鋭の新球場は、将来的なメジャーリーグ球団誘致も見込んで、いつでもスタンドを拡張できるように設計されている。結局、その後、バッファローがメジャーリーグ球団の本拠地となることはなかったが、今回、臨時とは言え、この町についにメジャーリーグ球団がやってくることになった。

古くはなったが、マイナーリーグ隆盛の先鞭をつけたスタジアム

メジャー仕様に改築することを想定して建設されたバッファローの球場
メジャー仕様に改築することを想定して建設されたバッファローの球場

 バイソンズの本拠地は、その後現在に至るまで、ネーミングライツ契約が変わるたびその名を変え、現在は地元企業の名から「セーレン・フィールド」となっている。

1993年発刊のアメリカの野球場紹介の冊子の表紙を飾ったバッファローのパイロット・フィールド(当時)
1993年発刊のアメリカの野球場紹介の冊子の表紙を飾ったバッファローのパイロット・フィールド(当時)

 私がこの球場を初めて見たのは、もう30年近く前のことである。バッファローからナイアガラ経由でトロントに向かう際、バスターミナルから数ブロックの場所にあった「パイロット・フィールド」の外観は、ほとんどの日本のプロ野球の球場より立派で、その威容に圧倒された。この器にバイソンズは年間100万という日本の一軍チーム並みの観客を集めていた。

 その4年後に実際にここで試合を観たのだが、「ノースアメリケア・パーク」となっていたその球場は、当時のマイナーリーグの球場としては最高級のもので、外観だけでなく、スタンド、フィールドまでもが、日本の常打ち球場と比べても遜色ないものであることにアメリカプロ野球の奥深さを感じざるを得なかった。この後、他都市でも新球場ラッシュが起こり、マイナーリーグは空前のブームを迎えることになる。その中、築30年を経過したセーレン・フィールドは古い部類の球場となってしまったが、今年ようやく「メジャーデビュー」を果たすべく化粧直しを行っている。

二層のスタンドは当時マイナーでは画期的だった
二層のスタンドは当時マイナーでは画期的だった

(文中の写真はすべて筆者撮影)

ベースボールジャーナリスト

これまで、190か国を訪ね歩き、23か国で野球を取材した経験をもつ。各国リーグともパイプをもち、これまで、多数の媒体に執筆のほか、NPB侍ジャパンのウェブサイト記事も担当した。プロからメジャーリーグ、独立リーグ、社会人野球まで広くカバー。数多くの雑誌に寄稿の他、NTT東日本の20周年記念誌作成に際しては野球について担当するなどしている。2011、2012アジアシリーズ、2018アジア大会、2019侍ジャパンシリーズ、2020、24カリビアンシリーズなど国際大会取材経験も豊富。2024年春の侍ジャパンシリーズではヨーロッパ代表のリエゾンスタッフとして帯同した。

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