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「Mステ」で椎名林檎のバックにいた鼻に色がついている男たちは何者なのか――H ZETTRIOの歩み

宗像明将音楽評論家
H ZETTRIO(提供:ワールド アパート)

2019年10月25日に放送された「ミュージックステーション」(テレビ朝日系)に椎名林檎が出演したところ、鼻に色を塗った男たちがバンドメンバーにいた。

彼らの名は、H ZETTRIO(エイチゼットリオ)。Twitterのbioには「私たちは鼻に色がついているピアノトリオです」とのみ書かれている。ピアノのH ZETT M(青鼻)、ベースのH ZETT NIRE(赤鼻)、ドラムのH ZETT KOU(銀鼻)による3人組だ。

「ミュージックステーション」では椎名林檎が「公然の秘密」を披露したが、そのMVには、H ZETT Mが「ヒイズミマサユ機」名義で出演している。さまざまな名前を持つ彼と椎名林檎との関りは、2003年にさかのぼる。

ヒイズミマサユ機は、1999年に結成された5人組ジャズ・インストルメンタル・バンドのPE'Zで、ピアノ、キーボードを担当していた。そして、椎名林檎のバックバンドとして2003年に結成された東京事変に「ヒーズミマサユ季」名義で参加。2004年に椎名林檎自身もメンバーとして東京事変に加入し、ヒーズミマサユ季は「H是都M」に名を変えた。H是都Mは、PE'Zの活動との両立が難しくなる2005年まで在籍している。

東京事変のデビュー・シングルとして知られる「群青日和」は、H是都Mが作曲した楽曲。サウンドのなかで非常に重要な位置を占めるキーボードの演奏も、もちろん彼によるものだ。

一方、PE'Zは2002年にメジャー・デビュー。同年のアルバム「九月の空-KUGATSU NO SORA-」は、インストルメンタルながらオリコンの週間アルバムランキングで10位となった。韓国、イギリス、オランダ、アメリカ、カナダでもライヴを行い、結成15周年を迎えた2014年に、翌2015年いっぱいでの解散を発表した。

その間の2007年には、「H ZETT M」名義でアルバム「5+2=11」をリリースし、ソロ活動を開始する。また、ヒイズミマサユ機として、レコーディングやバンドメンバーとして椎名林檎に関わり続けてきた。椎名林檎が2014年と2015年に「NHK紅白歌合戦」に出演した際には、バンドメンバーとしてヒイズミマサユ機もステージに立っている。

そんな多彩な活動をしてきたH ZETT Mを中心に結成され、2013年にデビュー・アルバム「★★★」をリリースしたジャズ・トリオがH ZETTRIOだ。なかでも、2016年にリオデジャネイロオリンピックの閉会式で行われたオリンピック旗授受で、H ZETT Mの「Neo Japanesque」「Get Happy!」が使用されたことは、彼らの名を世界に知らしめることになった。以下の動画の4分16秒過ぎからだ。この音楽監督は椎名林檎が務めていた。

https://youtu.be/sk6uU8gb8PA?t=256

(動画の埋め込みができない設定なのでYouTubeでご覧ください)

H ZETT Mには、「大人も子どもも“笑って踊れる”」というテーマがある。それを体感させられたのが、2019年8月23日に見た、「H ZETTRIO TOUR 2019―気分上々―」のかつしかシンフォニーヒルズ・モーツァルトホール公演だった。

約1300席の会場を埋めるのは、大半が親子連れ。ジャズのライヴでそんな客層は見たこともなかった。そして、ライヴが始まると、H ZETT Mはさながらピエロ、つまり道化のように振る舞い観客を笑わせる。H ZETT KOUはドラムを立ったまま叩く。3人は演奏をしながら随所にユーモアも織り込んでいった。観客がペンライトを振っている光景も、ジャズのライヴでは見たことがない。単なるライヴというよりも、参加型のショーのようなのだ。

H ZETTRIOのライヴには、エンターテインメントの要素を増やして、ジャズへの間口を広げようとする姿勢が明確にあり、それが子供たちにも人気を得る結果となっている。2時間ほどのライヴを見た結果、「音楽に言語は関係ない、ジャンルも関係ない、年齢も関係ない」というH ZETTRIOからの強いメッセージを感じた。彼らに説得力があるのは、演奏技術のレベルが圧倒的に高いからだ。H ZETT Mは、4歳からピアノを弾き、国立音楽大学も卒業。ステージではアクロバティックなほどのプレイも見せる。

また、H ZETT Mは作家としても2018年から2019年にかけて、彼の個性が色濃く反映された楽曲をでんぱ組.incに提供した。2018年のシングル「おやすみポラリスさよならパラレルワールド」では、MVにH ZETT Mも出演。ジャズ・ピアノが前面に出た、異色のアイドル・ポップスとなった。

また、2019年のアルバム「ワレワレハデンパグミインクダ」のリード曲「太陽系観察中生命体」は、まるでジャズ・ファンク。1番と2番でメロディーが異なる点も含め、これもまた異色作だ。

そうしたH ZETT Mの作曲能力の高さ、H ZETTRIOの圧倒的な演奏テクニック、そしてエンターテインメント性。それらが融合して、H ZETTRIOは世代を問うことなく人々をジャズへといざなう。前述のツアー「H ZETTRIO TOUR 2019―気分上々―」も、夏から年末にかけて20本以上のライヴを全国で開催する。彼らは各地で新しいジャズ・ファンを開拓していくのだろうが、本人たちが野心のすべてを語ることはないだろう。色を塗った鼻とともに道化のように振る舞い、ステージのパフォーマンスですべてを物語ってしまうのだから。

なお、この記事中ではヒイズミマサユ機、ヒーズミマサユ季、H是都M、H ZETT Mをすべて同一人物と断定して書いているが、本人は必ずしも認めていない。見た目と音楽性と演奏スタイルと作曲能力がよく似ている人、なのかもしれない。そんなに似ている人がいるのかはさておき。

H ZETTRIO(提供:ワールド アパート)
H ZETTRIO(提供:ワールド アパート)
音楽評論家

1972年、神奈川県生まれ。「MUSIC MAGAZINE」「レコード・コレクターズ」などで、はっぴいえんど以降の日本のロックやポップス、ビーチ・ボーイズの流れをくむ欧米のロックやポップス、ワールドミュージックや民俗音楽について執筆する音楽評論家。著書に『大森靖子ライブクロニクル』(2024年)、『72年間のTOKYO、鈴木慶一の記憶』(2023年)、『渡辺淳之介 アイドルをクリエイトする』(2016年)。稲葉浩志氏の著書『シアン』(2023年)では、15時間の取材による10万字インタビューを担当。

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