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深田晃司、濱口竜介、三宅唱がリスペクト。49歳でこの世を去ったドキュメンタリー作家の功績を振り返る

水上賢治映画ライター
「阿賀に生きる」 (C)1992 阿賀に生きる製作委員会

 いまから17年前、49歳の若さでこの世を去ったドキュメンタリー作家、佐藤真。

 日本のドキュメンタリー映画史においても重要作家といっていい彼の残した傑作の数々に改めて光を当てる特集上映<暮らしの思想 佐藤真 RETROSPECTIVE>がスタートした。

 佐藤真。その名を聞いてもいまの若い世代はあまりピンとこないかもしれない。

 それはさきほど触れたように、すでに故人になって20年近くが経とうというのだから仕方がないところがある。

 ただ、佐藤真というドキュメンタリー作家が、その後の日本映画界に残した影響は大きい。

 それを証拠に、今回の特集上映には、深田晃司、濱口竜介、三宅唱という国際舞台で高い評価を受ける若手映画作家がコメントを寄せている。

 「ラジオ下神白」が全国順次公開中の小森はるか監督も、影響を受けた映画作家のひとり。

 現在、佐藤真監督のデビュー作「阿賀に生きる」のスタッフを追ったドキュメンタリー映画を制作中でもある。

 ここでは、去る4月20日に行われた<小森はるか監督登壇 早稲田大学講義「マスターズ・オブ・シネマ」<佐藤真 RETROSPECTIVE 開催記念>>を特別に採録。当日の模様をダイジェストで届ける。全二回/第一回

佐藤真監督  (C)村井勇
佐藤真監督  (C)村井勇

初めてみたときは、正直なことを言うとピンときませんでした

 今回の講義は「阿賀に生きる」の上映後に行われた。まず本作との小森監督の出合いは大学一年生のときだったという。

「(※早稲田大学の学生を前に)みなさんと同じぐらいの大学生一年生のときに初めて見ました。美術大学の授業の中で見せてもらいましたが、2007年ぐらいだと思います。

 初めてみたときの感想は、正直なことを言うとピンときませんでした。

 この作品のすごさに気づいたのは、それからしばらく経ってからのことでした。

 大学院に進学が決まっていた大学四年生の3月に東日本大震災が起きました。起きた後、ボランティアとして被災地に入り、その一年後には岩手県陸前高田市に引っ越して、そこでわたし自身も暮らしながら『記録すること』を始めていまに至るまで続けていくことになりました。

 で、陸前高田に移住したタイミングのときに思いだしたといいますか。現地で暮らしながら、そこで生きる地元の人々の日常を記録したドキュメンタリー映画があったことを、人に言われたのか、自分で思い出したのか定かではないんですけど、とにかく『阿賀に生きる』のことを思いだしました。

 それで、もう一回見てみようと思ったんです。この2回目の出合いで衝撃を受けました。それからことあるごとに『阿賀に生きる』は見直しています」

<小森はるか監督登壇 早稲田大学講義「マスターズ・オブ・シネマ」<佐藤真 RETROSPECTIVE 開催記念>>当日の様子 筆者撮影
<小森はるか監督登壇 早稲田大学講義「マスターズ・オブ・シネマ」<佐藤真 RETROSPECTIVE 開催記念>>当日の様子 筆者撮影

「こんな風に人を映すことができるんだ」と感動

 はじめピンとこなかったところから一転、衝撃を受けたとのこと。その印象の変化をこう語る。

「見直したときは確かDVDを借りてパソコンのほんとうに小さい画面で見たので、劇場体験とはまったく違うと思うんですけど……。それでも映し出される三組のご夫婦がすごくいきいきとしているのが伝わってくる。みなさん新潟水俣病の被害者であるのだけれども、そういうことはあまり関係ないといいますか。ただ、その人自身が映っているように思えて、『こんな風に人を映すことができるんだ』と感動しました。

 当時、わたしは陸前高田に移り住んで、そこで暮らしながら、被災を経験されたそれぞれに違う思いを抱えている方たちと出会って、カメラで記録しようとするんですけど……。

 どういう風に撮ればいいのかわからなくて悩んでいました。移住してからの方がその悩みが大きくなっていったところがありました。

 被災者としてのその人を撮りたいわけではない。その人自身を撮りたい。でも、そのようにカメラを向ける方法の見当がつかなくて悩んでいました。でも、『阿賀に生きる』という作品の中に、その一つの答えがある気がしました」

現在「ラジオ下神白」が公開中の小森はるか監督  筆者撮影
現在「ラジオ下神白」が公開中の小森はるか監督  筆者撮影

「阿賀に生きる」はわたしを基本に立ち戻らせてくれた

 その一つの答えについてこう語る。

「被災地の場合ですけど、津波によって建物が失われたりとか、街並みが消えてしまったりとかということがあって。みなさんが語ってくださることも、また記憶の中にだけあっていまはもうない場所や風景だったりする。

 そのみなさんの記憶にあっていまはないものを前にしたときに、わたしはこれをどうやって伝えればいいかわからなかった。たとえば風景だったら、いまはない、見えていないものをどういう風にすればそこに実際にあったものとして映像に残せるのかわかりませんでした。

 そういうことに悩んでいたんですけど、『阿賀に生きる』をみたときに、自分が見えないものに対してすごくとらわれ過ぎていることに気づきました。

 まずは基本として、自分が今見ているものをしっかり見る、自分の前にいる人としっかりと向き合う、見えている風景をそこに吹いている風や匂いとかを感じながらしっかりと見る。その場所に根差して『撮る』ということはそういうことではないかと、『阿賀に生きる』はわたしを基本に立ち戻らせてくれたところがありました。

 目の前にいる人ときちんと向き合う。そこにある現実と向き合う。そこから自分は逃げていたんだなと思いました」

(※第二回に続く)

「小森はるか監督登壇 早稲田大学講義『マスターズ・オブ・シネマ』<佐藤真

RETROSPECTIVE 開催記念>」

登壇者:小森はるか監督、(聞き手)角井誠(早稲田大学 文化学術院教授)

<暮らしの思想 佐藤真 RETROSPECTIVE>ポスタービジュアル 提供:ALFAZBET
<暮らしの思想 佐藤真 RETROSPECTIVE>ポスタービジュアル 提供:ALFAZBET

<暮らしの思想 佐藤真 RETROSPECTIVE>

『まひるのほし 』『花子 』

『 エドワード・サイード OUT OF PLACE 』

『阿賀に生きる 』『阿賀の記憶 』

『SELF AND OTHERS 』を上映

公式サイト https://alfazbetmovie.com/satomakoto/

Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下ほか全国順次公開中

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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