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なぜデジタル時代に「文系の感性」が求められるのか

中原圭介経営アドバイザー、経済アナリスト
近年のアメリカでは、ビジネスに求められる能力として感性が注目され始めている。(写真:ロイター/アフロ)

MBAの落とし穴と感性の重要性

 近年のアメリカで顕著なのは、ビジネスに求められる能力として感性が注目され始めてきているということです。人々の価値観が多様化するデジタル社会では、ビジネスに携わる人材にも「理論から感性へ」、「左脳から右脳へ」のシフトが重要だと認識されてきているのです。感性が磨かれた人材を採用したほうが、企業の多品種少量生産の方向性や差別化のための戦略には合っているというわけです。

 その証左として、アメリカではMBAプログラムの志願者数が2018年までで4年連続で減少しています。MBAの理論から導かれる答えは基本的にひとつということが多いので、同じ答えに基づいて戦略を練る企業が増えれば増えるほど、企業のビジネスは陳腐化し、多様化や差別化の手段を失ってしまうという問題が出てきているのです。

 デジタルの分野で日本のトップを突き進む日立製作所の東原敏昭CEOですら、新しい価値を生み出すためには、これまで以上に感性が磨かれた人材が欠かせないと言い始めています。歴史、文化、芸術など人文系の学問や知見を幅広く学び、感性を磨くことが何よりも大事であると強調しているのです。日本でもデジタル技術に強い企業が次々と感性というキーワードを口に出し始めています。

新しいタイプの人材=ハイブリッド人材が求められている

 このような流れに応じて、日本の大学教育は時代の変化に対応していかねばなりません。私が思い描く新しい大学像とは、学部ごとに縦割りになっている体制を改めて、学生が学部を横断できる仕組みを持っているということです。単に学部と学部、文系と理系の講義を並べるだけでは、優秀な人材を数多く輩出するのは難しいとずっと考えてきたからです。

 たとえば、今の文系の括りとされる歴史学と経営学の両方に精通する学生がいたら、社会に出て何かおもしろいことをやってくれると思いませんか。文系の経済学と理系の物理学の両方の知識を持つ学生がいたら、世界に向けて何か新しい考え方を提示してくれるとは思いませんか。複数の学問を修める学生を育てるには、複数の学部・学科の教授陣が協力してカリキュラムや授業をつくるなど、学部・学科を越えた横断的な取り組みが欠かせないのです。

 今のところ、企業が求める人材は理学部や工学部の需要が強く、文系より理系のほうが優位な状況がしばらくは続きそうです。しかし私が予想する未来では、文系と理系が融合したハイブリッド系の人材がもっとも重宝がられるようになるのではないかと考えています。スマートフォンや自動運転車のように、イノベーションが異分野の融合から生まれるという事実から判断すれば、ハイブリッド系の人材が増えていけば、イノベーションが生まれる可能性はいっそう高まるはずだからです。

 これからの新しい時代では、大学のなかにも文系と理系の両方の要素を併せ持った学部や学科が誕生することを期待しています。文系の感性を持った思考力と理系の論理で構築した思考力が組み合わさることによって、新しいタイプの人材を社会に送り出すことは、大学の存在意義をきっと高めてくれることになるのではないでしょうか。

人文学的な感性がイノベーションの方向を指し示す

 イノベーションは競争力を強化するのみの手段であってはいけません。というのも、21世紀に入って起こっているイノベーションは、既存の産業を次々と駆逐しながら、雇用も破壊していくという好ましくない性格を持っているからです。「破壊的イノベーション」という言葉で語られるべき足元の技術革新は、もはや諸手を挙げて喜べるような代物ではないといえるのです。人々の生活の利便性や快適性が高まっていく反面、それを上回る生活水準の低下や格差の拡大を生み出していくことを考慮しなければいけないというわけです。

 そこで活躍が期待できるのは、人文学的な感性や考え方です。社会における多様性や価値、人間の幸福などを理解するのに不可欠な学問であるからです。感性は答えが見つからない問題だけでなく、問題を見つける能力である認知能力をも高めてくれるはずです。10年ほど前であれば、「理系の学問は経済や社会に役に立つが、文系の学問は何の役にも立たない」といわれていました。実のところ、このような時代錯誤的な認識が今まで日本企業の足かせになっていたのでしょう。

 個々の商品・サービスの価値というのは、私たちがそれらに主観的な価値をどれだけ感じることができるのかで決まります。文系と理系の知見を兼ね備えたハイブリッド人材が重宝されると先ほど申し上げたのは、価値の創造は文系の学問や感性が得意とするところであるからです。また、人間の幸福こそが最大の価値と考えれば、人文学はイノベーションが本当はどこへ向かうべきか、その指針を指し示すことができるはずです。

これからのビジネスには感性が求められる

 私はたびたび、大手企業が新規事業として参入するビジネスプラン作成のお手伝いをさせていただくことがあります。その時に必ず考えるのは「10年後、20年後に、その企業が強みを発揮できるビジネスは何か」ということです。

 たしかに今の社会においては、言葉で上手く説明できない感性による考えでは人々を説得するのは非常に難しいのですが、私はこういった時代の潮流は徐々に変わっていくだろうと考えています。というのも、ビジネスにおけるAIの席巻が、必ずしも思考のプロセスを明かす必要がないという環境を形づくり始めているからです。AIがビッグデータを深層学習して出す答えというのも、思考のプロセスがまったくわからないので誰もその答えを詳しく説明することができないのです。

 ですから、私はこれからの時代では、感性や直感を大事にする経営が主流となってくるだろうと予想しています。変化が目まぐるしいグローバル社会では、論理だけで考える経営者よりも感性や直感で動く経営者のほうが、時代の本質をより正確に見極めて、優位に立つことができるというわけです。その兆候としては、昨今はグローバル企業の対応が変わってきているとひしひしと感じていますし、実際にグローバル企業でも感性や直感を経営判断に取り入れる企業が増えてきているように思われます。

日頃から感性を豊かにする生活を心がける

 たとえば、あるグローバル企業のアドバイザーをお引き受けした時に、私は初めにその企業のホームページについて「全体の色合いをベージュ系の色に変えたほうがいい」と助言をいたしました。そう助言する最大の根拠は何かというと、「たしかにこの色調は落ち着いているのだが、日本人にとっては何か違和感がある」という感性によるものでした。

 その企業も当初は「弊社のホームページはワールドワイドにカラーを統一しているので、申し訳ないがそのアドバイスは受け入れられない」と言っていました。それでも私が「アメリカやイギリスや中国ではこの色合いでいいかもしれないが、日本ではそれは通用しない」と1年間もホームページのことを言いつづけていると、ようやく重い腰を上げて本社とかけあい、日本法人のホームページだけ全体の色調を私が言うとおりに変更してくれたのです。

 その結果、どのような変化が起こったかというと、ホームページ経由の資料請求件数が明らかに増加したということです。これまで資料請求をする理由として、「ホームページの印象がよかったから」という項目を選ぶ人は皆無だったのですが、ホームページを変更した月からその項目を選んで資料請求する人が目立ってきたというのです。

 ホームページひとつ例にとっても、グローバル企業にしても日本国内の企業にしても、そのホームページの9割以上は見た瞬間、直感的にダメだと判断できるものが多いという事実があります。やはり経営に感性は必要不可欠であり、日頃から感性を豊かにする生活を送る必要性が高まっているといえるでしょう。

 なお、感性を豊かにする方法など、より詳しく知りたい方は拙書『定年消滅時代をどう生きるか』(講談社現代新書)をご覧いただければと思います。

経営アドバイザー、経済アナリスト

「アセットベストパートナーズ株式会社」の経営アドバイザー・経済アナリスト。「総合科学研究機構」の特任研究員。「ファイナンシャルアカデミー」の特別講師。大手企業・金融機関などへの助言・提案を行う傍ら、執筆・セミナーなどで経営教育・経済金融教育の普及に努めている。経営や経済だけでなく、歴史や哲学、自然科学など、幅広い視点から経済や消費の動向を分析し、予測の正確さには定評がある。ヤフーで『経済の視点から日本の将来を考える』、現代ビジネスで『経済ニュースの正しい読み方』などを好評連載中。著書多数。

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