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アルバイト・パート時給1000円時代 ~ 中小企業は人材不足をどう乗り越えるか

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
(写真:アフロ)

・アルバイトの確保ができない

 「アルバイトの確保ができない。このままでは営業時間の短縮や複数ある店舗の集約も考えなければいけない。」大阪府の郊外で飲食店を経営する中小企業経営者は、困惑を隠さない。「周辺の商店や飲食店が、じわじわと時給を上げており、学生バイトなどは、より時給の良いところに簡単に移ってしまう」とも言う。

 飲食業、流通業などの中小企業経営者たちは、「特に深夜帯などのアルバイトの確保が難しくなった。」と言う。数年前ならば、容易に確保できた学生のアルバイトも最近では確保するのが困難になってきている。実際、学生たちに話を聞いても、その多くが「通常の時間帯の時給が900円から1000円になっているので、睡眠不足になり疲れる深夜勤はできるだけ断っている」と言う。

 学生が集中している大都市部はともかく、特に地方部はもともとから学生が少ない。「コンビニの24時間営業も継続が困難。アルバイトが確保できずにオーナーが入ることも多い。以前から人手不足だったのが、ここ数年でその深刻さが激しくなった。」と中国地方でコンビニのフランチャイズを行う中小企業経営者は言う。「もう24時間営業の時代ではないかも知れない。もともと未明の時間帯は売り上げも少なく、閉店しても良いのではないか」と指摘する。

・アルバイト・パート時給1000円の時代

 日本海側のある町の国道沿いのファミリーレストランには、大きな求人広告が翻っている。「入店スタート時 時給1000円からスタート!」そう書かれた広告を見た製造業の中小企業経営者は、「アルバイトや契約社員の時給が上昇し、地方の製造業企業では正社員の給与の方が低くなってしまっている。肉体労働ともなう製造業よりも、ファミレスやショッピングセンターの方が今の若い人たちには良いのだろう。」と言う。

 総合人材情報サービスの株式会社アイデムが、同社発行の新聞折込求人紙『しごと情報アイデム』紙面より、15都府県の平成30年2月のパートタイマー募集時平均時給を調査し、5月9日に発表した。その「パートタイマーの募集時平均時給 平成30年2月集計結果」によると、東日本エリア全体の平均時給は、前年同月比23円増の1,011円、西日本エリア全体は、同4円増の987円となっている。

 特に大都市圏の関東4都県全体の平均時給は1,027円、関西3府県全体は1,006円と1000円を超し、高値安定の様相だ。関西3府県の「事務職」が同社の調査集計以来過去最高額の955円となっているだけではなく、各業種とも増加傾向が止まっていない。

・時給1割増が与える影響

 「900円から1000円に100円上がっただけと世間の人は思うかもしれないが、もともと人件費は経費に占める割合が高く、この数年で1割以上増加したことの影響は大きい」と大阪の流通業の中小企業経営者は、そう指摘する。

 大企業にとっても人件費の上昇の影響は大きい。スーパーマーケット業界では、セルフレジの導入が急である。ある大手流通企業では、完全なセルレジを導入し、人員削減を目指した。「ところが混乱する客が多く、結局、案内するスタッフを複数張り付けなくてはいけなくなり、人員削減にあまり効果が出なかった。」とある大手流通企業の関係者は明かす。そのため、商品をスキャンして価格を読み取らす作業は従来通り行い、精算部分だけを利用客が機械で行うセミセルフレジの導入に変更してきている。「時給の上昇は切実な問題になっている。同時に求人してもアルバイトやパートが集まってこないことも、自動化を加速している。」と指摘する。

 「新規出店したいが従業員が確保できないという話が経営者が集まると必ず出る。」と先の中小企業経営者は言う。「合理化、機械化によって大きな効果を得られる大手に比較して、中小企業の場合は投資に見合う削減額が期待できないことも多く、身動きが取れなくなっている経営者も増えている。」大企業と中小企業の間で、対応策に差が生じている。

・淘汰と寡占化が進む

 「時給1000円を超すと、経営的にかなり厳しい。地方都市の場合は、高齢化と人口減少の影響で顧客も減少している。コスト的に大手流通企業にはかなわない。個性化とか、おもてなしでと言うが、現実にはそうしたことで対応できる個人商店や中小企業は限られる。」中国地方の中小企業経営者は、そう指摘した上で、「パートやアルバイトの人件費1000円超しは、地方部に多い高齢経営者に廃業の決断を迫るきっかけになるだろう」と言う。

 働き方改革関連法案が4月6日国会に提出された。労働時間の上限規制に罰則規定を設けるほか、時間外労働の法定上限を特例でも月100時間未満とすることが含まれている。また、すでに大企業では月60時間超の法定労働時間外労働に対する賃金支払いの「50%以上の割増賃金率」が義務化されている。これについても、中小企業へは適用猶予されてきたが、平成33年度中に廃止されることが明らかになっている。

 こうした規制の強化が中小企業経営をより追い詰め、淘汰が進むのではないかと危惧する意見も多い。

 しかし、一方で大阪の製造業の中小企業経営者は「現状で、中小企業への特例や猶予を強化することは、経営にとって一時的に負担軽減することになるかも知れないが、それでもなくとも難しくなっている求人などをさらに難しくしたり、転職する従業員を増やすことになるのではないか。」と危惧する。地方の中堅流通企業の採用担当者も「中小企業には就職しない方が良いと親や学校が言うだろうし、学生たちもそう思うのではないか。」

 先の「パートタイマーの募集時平均時給」調査結果を見ると、大都市圏とそれ以外の地域の時給には、依然として差があるものの、上昇傾向は同様である。地方の中小企業であっても、IOTやIT、機械化、自動化などの積極的な導入が避けられない状況であることは確かである。

 賃金や待遇が悪ければ、若い世代は転職や移住をいとわない。安易な特例や猶予による負担軽減は、長期的にはより苦境を生む可能性があることも自覚しておくべきだろう。むしろ、積極的にIOTやIT、機械化、自動化など進め、労働生産性の向上と労働環境の改善に取り組む中小企業に支援を行うべきだろう。アルバイト・パート時給1000円時代到来は、様々な変革の幕開けを告げているに過ぎない。

※参考資料  「新聞折込の求人情報をもとに15都府県を調査 平成30年2月 パートタイマーの募集時平均時給」 株式会社アイデム

神戸国際大学経済学部教授

1964年生。上智大学卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、京都府の公設試の在り方検討委員会委員、東京都北区産業活性化ビジョン策定委員会委員、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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