岸田首相が吹かせた解散風。前選挙から2年も経ていないのになぜ。何で総理の思い通り解散できるか
G7広島サミット後に各種世論調査の内閣支持率を上げた岸田文雄首相が現在会期中の通常国会(延長しなければ21日まで)終了時を見計らって衆議院の解散総選挙に打って出るという観測が一気に広がりました。
その後、連立を組む公明党と東京選挙区での候補擁立問題でギクシャクしたり、首相秘書官を務める息子が首相公邸で「閣僚写真撮影ごっこ」などに興じて事実上更迭するなど「サミット効果」を相殺するような出来事も重なって解散も遠ざかったという見方が支配的になりつつありますが、まだまだわかりません。
ただ岸田首相の旗の下で行った前回総選挙は21年10月で任期(4年)をまだ大きく残しているし、翌22年の参院選でも勝って、解散しなければ25年まで国政選挙がない「黄金の3年間」を手にしたともいわれた首相が何で「黄金」を捨ててまで解散したいのでしょうか。掘り下げてみます。
求心力を上げるのに最適な方法
素朴な動機としては、建て前はともかく首相ならば誰でも自らの手で解散総選挙を打ちたいから、というのが答えです。
首相には衆院の事実上の解散権と内閣改造(国務大臣にしてあげる)という強力な権限がありますが、長期政権を率いた佐藤栄作元首相が語ったとされるように、改造はするほど首相の求心力が下がり、解散するほど上がります。
解散とは味方(与党)もそれ以外(野党)も引っくるめた全衆議院議員を一旦クビにする営み。再び国会へ戻ってきたければ選挙に勝てと鼓舞するに等しい行為です。岸田政権に多少の不満を持つ自民党議員も原則1人しか当選しない現行の小選挙区で勝つには党公認が不可欠。一般に公認権は党幹事長が持つとされるも総裁(党トップ)でもある首相がダメだといえばダメでしょう。かくして大将(=首相)の元に結束せざるを得ない。
選挙戦になったらなったで首相の応援が入るか粗略に扱われるかで票の入りが違ってくるのも明らか。ゆえに当選した議員は解散以前より大将へ恩義を感じるわけです。
「黄金の3年間」に控える24年自民党総裁選の影響
とはいえ選挙は水もので「絶対に勝てる」保証など何もありません。せっかくの「黄金の3年間」をフイにする危険があるのも事実。それでも解散したいのはなぜでしょうか。
実は案外「黄金」でもないという見方もできるのです。最大の理由は24年9月に控える次の自民党総裁選。
目下のところ自民党総裁がそのまま首相になる蓋然性は非常に高い。形式上は自民党内の内輪の決めごとに過ぎないとはいえ、ここで敗北したら岸田首相は退陣せざるを得ないでしょう。
でも解散しなければ次期総裁選の段階で岸田首相の下で戦った衆(21年)参(半分が22年)両議員を中心とした総裁選だから大丈夫な気もします。ただ前回総選挙は任期満了が迫っていて岸田首相であろうがなかろうが同時期に選挙をしなければならないタイミングでした。真の意味で「オレの決断で解散した」とは言い難いともいえます。
2度解散できた5首相は長期政権ランキングと一致
岸田首相の下での解散となれば2度目。これを成し遂げた首相は自民党が結成された1955年以降、非自民政権も含めて5人しかいません(※注)。古い順に池田勇人、佐藤栄作、中曽根康弘、小泉純一郎、再登板後の安倍晋三の各氏です。55年体制以降の在職日数ランキング上位5人と一致するのです。
また次期総裁選まで解散しないと衆院議員任期は3年を迎えます。戦後の平均在職期間は約2年半程度ですから上回るのです。その分だけ不確実性が高まるので遅かれ早かれ解散してフレッシュなメンバーで総裁選に挑み、できれば岸田候補1人の無投票再選に持ち込みたいでしょう。
在任期間平均を当てはめると岸田氏の賞味期限切れは今年末
首相として2度目の解散を打った過去の事例だと任期2年弱から3年弱あたりが頃合い。6月解散は少々早いとはいえ許容範囲内だし、秋口以降ならば打たない理由がないという段階に至ります。
悠長に構えていると解散する前に何らかの事情で首相の座を失う恐れも十分あるとのデータも。55年体制から今日まで首相の在任期間の平均は約2.2年。岸田首相に当てはめると今年末に賞味期限切れがやってくるのです。
解散権限が明確な「69条解散」
ところで首相が衆議院を解散する権限はどこに由来するのでしょうか。憲法にも法律にも書かれていません。おおよそ次のような論理に基づきます。
まず憲法69条。「内閣は、衆議院で不信任の決議案を可決」されたら「十日以内に衆議院が解散されない限り、総辞職をしなければならない」と定めているので、どうやら内閣(行政府)が国会(立法府)と対立したら解散できるとみなせます。この規定通りの解散を「69条解散」と呼ぶのです。
ただ現状の与野党勢力下で不信任決議がなされる可能性はほぼゼロ。岸田首相が狙っているのもそこではありません。憲法7条「天皇の国事行為」の1つである「衆議院を解散すること」を根拠にした「7条解散」です。
「7条解散」の主語が「内閣」であったとしても
国事行為は「内閣の助言と承認を必要と」するため内閣が「解散したい」とする閣議書が運ばれてきたら、天皇は「国政に関する権能を有しない」ので拒めません。ゆえに名目上は天皇が解散する形となります。
ここで注目したいのは主語が「総理大臣(=首相)」でなく「内閣」という点。内閣は首相と国務大臣の合議機関ゆえ国務大臣が反対したら解散できないか、というとできるのです。首相が国務大臣を自由に任免できる権限を持つから反対する国務大臣をクビにして賛成派を任命すればOK。全国務大臣および与党議員全員まで皆反対しても首相が閣僚ポストをすべて兼任する「首相兼総務大臣兼法務大臣兼外務大臣兼財務大臣兼……」みたいな「1人内閣」を作れば内閣の意思として統一できてしまいます。
与党が勝てる確率が限りなく高い制度は不公平か
現実には与党の解散反対が大勢なのを押し切ってまで7条解散を打つケースは稀です。反対に与党が勝てそうな状況下で阿吽の呼吸で伝家の宝刀を抜くのが常。
ここに疑義を呈する声があるのです。総選挙は与党が野党を上回れば勝ちと単純化してみましょう。スポーツ風に書くと7条解散は与党チームの監督が自らの戦力が充実し、かつ野党チームが弱体化していたり、まとまりを欠いている状況を見極めて「ここだ!」とのタイミングで試合を申し込め、野党チームは拒めない。かくして与党チームの勝つ確率は限りなく高まってしまって不公平。任期4年と定まっている以上は満了選挙こそ常道ではないかと。
イギリスが示した解散権封じのデメリット
この課題は日本と同じ議院内閣制を採っていて首相の自在な解散権を認めるイギリスで一度顕在化しています。2011年に成立した「議会任期固定法」でそれまで首相が握っていた下院(日本の衆議院に相当)の解散権を封じて「総選挙は5年ごと」と固定したのです。例外は日本の憲法69条のような内閣不信任案の可決か議会の3分の2以上が解散に賛成した場合のみ。
ところがその後、イギリスが欧州連合(EU)を離脱するか否かの大論争が起きた際に時の首相が5年の範囲内にあったため民意に諾否を問う解散総選挙が打てずに大きな混乱が長く続きました。結局この法律はデメリットが大きいと22年に廃止され旧に復したのです。
与党有利という党利党略で恣意的に解散を打つのが問題である半面で、その権限を奪ってしまうと正に民意を聞くべきタイミングで総選挙ができないというジレンマを如実に物語った出来事といえます。
※注:大平正芳首相の2度目は69条解散なので除きました。