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あれから2年。再び日本代表対南アフリカ代表戦を観ることの意味。【ラグビー雑記帳】

向風見也ラグビーライター
立川理道(ボール保持者)はパトリック・ランビー(緑の10番)に衝突。これも作戦。(写真:アフロ)

熱狂

 あの日のあの瞬間は、メインスタンドの中段やや前寄りあたり(だったはず)に設置されたプレスシートに座っていた。望遠鏡の向こう側に立ち上がった観客の拳と、カーン・ヘスケスの逆転トライを観た。

 

 2015年9月19日、イングランドはブライトンのコミュニティスタジアム。第8回ワールドカップの予選プールB初戦があり、それまで大会通算わずか1勝の日本代表が、優勝回数2回の南アフリカ代表を34―32で下した。

 大会直前の合宿ではやや練習を抜けがちだったヘスケスがトライを決めた直後は、五郎丸歩がゴールキックを外すと同時にノーサイドの笛が鳴った。敗れた巨躯は、一様に沈んだ顔つきだった。

 勝った日本代表は大喜びだった。テレビでコンタクトレンズを落としたところを映されたウイングの山田章仁はメインスタンドに妻を見つけたところで、フッカーの堀江翔太副キャプテンは子どもを抱きかかえていて、後半途中から登場してインパクト抜群のアマナキ・レレイ・マフィは芝に突っ伏していた。最多キャップ保持者の大野均はタッチライン際に1人でたたずみ、指で目を抑えていた。もちろん、それぞれずっとそうしていたというわけではないのだが。

 自分のいたプレスシートでも、大声を出しているジャーナリストが何人かいた。直後に移動した記者会見場では、エディー・ジョーンズヘッドコーチに対して涙の混ざったような声で質問する人もいた。

 ちなみに、2011年にニュージーランドであった第7回大会のトンガ代表戦後は、日本代表の敗戦にやや怒気をはらんでいるような記者がたくさんいた。喜怒哀楽の種類こそ違えど、国際的な試合は感情的に観るというメディアの基本姿勢は何が起こっても変わらないのかな、という、どうでもよさそうなことまで頭によぎった。

「まだ、信じられへんね」

 会見が終わった後のミックスゾーンでは、日本人のトンプソン ルークが大阪弁で実感を漏らしていた。その向こう側で大勢の記者に囲まれていた五郎丸は、「奇跡じゃない。必然です」と話していたらしい。

「あぁ、何だかとんでもないことが起こったな」

「ラグビー史最大の大番狂わせ」と報じられるこの80分は、世界を驚かせ、日本列島にラグビーブームを巻き起こした。国内に残った関係者からは「とんでもないフィーバー。連日取材を受けている」とのメッセージが届いた。その後の週刊誌記者の電話取材や別な報道関係者から受け取った国際電話では、「ゴールキックをたくさん決めた五郎丸選手はどんなプレーヤーなのか」「逆転トライを決める前の選択が議論を招いている」といった質問が集中した。

 ふたつめの「選択」とは、3点差を追うラストシーンでペナルティーキックを得た瞬間のことだ。

 ここでペナルティーキックを選んで五郎丸がそれを決めれば32―32で同点。逆転を狙うならスクラムかラインアウトを選んでトライを目指すしかないが、失敗はすなわち負けを意味する。

 もっとも、この時は南アフリカ代表のフォワード1名が一時退場処分を受けていて、スクラムを組めば効果的な攻めができる公算が立ちやすかった。リーチ マイケルキャプテンが「勝つか負けるか。引き分けは好きじゃない」と思ったのだとしたら、スクラム選択が妥当かもしれなかったのだ。

 あの瞬間は、どんな気持ちでしたか。

 ブームの残り香があった日本へ帰国してからは、よくこんなことを聞かれた。正直、相手の望むような返答をしたことはない気がする。例えば、こんな調子だ。

「あぁ、何だかとんでもないことが起こったな、ですかね」

 本当にそうなのだ。

 この仕事を10年もしてしまうと、興奮とは無縁の精神状態で試合を観るようになってしまう。むしろ、対戦カードが何であれ私情を挟まずにしようとするのが記者の務めだと、誰しもが職務経験のなかで学ぶものだと思っていた。

 報道陣の熱狂ぶりに驚いたのはそのためだった。複層的事象が折り重なった80分から「五郎丸」と「最後のスクラム」しか議題に挙がらない状況には、いまでも漠とした違和感が残る。

事実の見え方は人それぞれ

 日本代表があの80分を制した理由は、一言では語れない。その後の取材で見知った範囲で日本代表の勝因と南アフリカ代表の敗因をかき集め、それらをあえて簡素化したら、「備えあれば患いなし」「油断大敵」のふたつの標語になる。ただ、そう言い切ってしまうのはあまりに不親切で、受け手によっては不謹慎にも映るから、いくつかの原稿にそれぞれ違った要素をピックアップした。

 上記に収まらぬ要素のひとつは、日本代表陣営がこの試合の担当レフリーを直前の国内合宿へ呼んでいたことか。自軍のプレースタイルの提示、さらには担当レフリーの傾向を共有できた。そのやりとりは、当日の相手防御の相次ぐ反則を促した側面もある。

 すれすれの勝負を戦い切った1人が、実感を込めて言っていた。

「レフリーに、ノットロールアウェー(タックラーがその場に倒れたままの反則)を多く取るという特徴があった。事前にレフリーを見ていたのはでかいです。動画でも確認しましたし。当日は、オーバー(接点へのサポート)へ行くふりをして相手のタックラーが立ち上がるのを足で抑えるという小細工はやっていましたね」

 加えて、事実の見え方は人それぞれであることも再確認させられた。

 最後のスクラムは、試合直後に依頼されたレポートで「ちょうど10分間退場処分でフォワードが1人減っていた相手を、ぐいっ、ぐいっと押し込む」と書いた。ところが翌年、組んだ本人に聞いたら実感が違った。

 右プロップに入った山下裕史の述懐は、概ねこんな内容だった。

「スクラムで悪かったのは、最後だけ。そう、カーンがトライする前のやつ。それまでいいスクラムが組めていたのですけど、その最後のやつだけは相手がアーリー(合図より早く組む反則)気味で、木津(武士、フッカー)が組み直しだと思って力を緩めているんですよ。それで右に流れて、進み方が下手くそだった」

 対するスクラムハーフのフーリー・デュプレアは、失点を防ぐべく対面の日和佐篤に猛烈なプレッシャーをかけていた。ところが山下曰く、「その時、日和佐は一切ボールを触っていない。もしデュプレアがボールに行っていたら…危なかったですね」とのことだ。

「年末とかに、よくあの映像が流れたじゃないですか。僕らも、最後のカーンのトライの瞬間を観たらにやけます。ただ、スクラムのところから映っているやつを観るとゾッとしてしまいますね」

劇的ゆえに難しい立ち位置

 この試合から丸2年が立った2017年の9月19日。ラグビーワールドカップ 2019 組織委員会は、この熱戦の映像を大会公式ソーシャルメディアにてストリーミング配信するようだ。

 日本代表はあれから体制を変えていて、当時の出場メンバーもすでに次の大会を見据えている。当時のジョーンズ体制下の日本代表は「世界一のフィットネス」を強みに掲げていたが、いまのジェイミー・ジョセフヘッドコーチ下の日本代表は改めてフィットネス強化に注力し直すという。

 過去を美化するのは無粋かもしれず、未来を豊かにするにはいまを生きるほかない。とはいえあの時のブームはやや収束している。マジョリティーにワールドカップへの興味を促すには、結局、あのゲームの熱狂を再提示するのがベターではある。

 あまりに劇的で歴史的で感動的であるがゆえに、難しい立ち位置の80分。それが日本列島における「ブライトンの歓喜」の立ち位置かもしれない。観戦者にとっては、物事を印象ではなく現象として捉えるための鍛錬にはなりそうだ。

◇RWC2015 イングランド大会 日本代表 vs.南アフリカ代表 フルマッチストリーミング配信 概要

放送開始時間:2017 年 9 月 19 日(火)19:00~(日本時間)

視聴可能プラットフォーム(下記のプラットフォームで生配信)

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★YouTube :[ www.youtube.com/worldrugby]

★公式サイト :[ www.rugbyworldcup.com/relivetheglory]

※全て生配信。試合のキックオフを見逃した場合は試合終了後動画を再生可能

ラグビーライター

1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年に独立し、おもにラグビーのリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「ラグビーリパブリック」「FRIDAY DIGITAL」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会もおこなう。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー――闘う狼たちの記録』(双葉社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)など。

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