人を貸し出す図書館、明治大生が「司書」
生きている人を「本」に見立てて貸し出し、希望する「読者」と対話する「ヒューマンライブラリー」。障害や病気を抱え、普段は知り合う機会の少ない人と対話し、偏見をなくそうという試み。国内でも広がり、10月に学会ができた。取り組む大学も増えている。26日に9回目の開催をする明治大のゼミを訪ねた。
ヒューマンライブラリーのルポはこちら→「人を貸し出す図書館」に行ってみた
ゼミ学生が「司書」
明治大の中野キャンパス(東京都中野区)で26日、横田ゼミがヒューマンライブラリー「その1ページが人生(セカイ)を変える」を開く。統合失調症やがん、筋ジストロフィ-を抱える人や、義足の起業家など34冊の「本」が用意されている。1回の貸し出しは30分、教室内で「読者」と1対1の対話。ゼミの学生が廊下で待機し、「司書」としてサポートする。
ゼミを担当する国際日本学部長・横田雅弘さんに成り立ちを聞いた。「2000年にデンマークで始まりました。少数派であるということで差別や暴力を受けた若者が、じかに話して知ってほしいと始めたそうです。今では世界90か国に広まり、日本でも100回以上、開かれました。海外では、大学のほか、図書館で開かれることも。日本では大学での取り組みが多いですね」
横田さんは、2008年の新聞記事でデンマークのライブラリーを知り、始まったばかりの国際日本学部の2年生と準備を始めた。本になる人を探すのが難しかったという。インターネットで調べたり、講演会に行ってみたり。
松葉づえのサッカー選手、全盲の教師など10人余りが本になり、100人以上の読者が集まった。以来、3年生20人の横田ゼミの年間テーマになり、毎年ヒューマンライブラリーを開いている。
偏見と向き合う
多様な人と出会うことにより、学生は偏見や自分と向き合うきっかけになる。ゼミでその年のテーマを決め、どんな人に本を頼むか、リサーチして提案し合う。基本的にマイノリティで偏見を持たれやすい人が本になるが、区切りは難しい。
今年は、本として「全身タイツ愛好家」が参加する。話し合いの過程で「マイノリティなのか」という意見もあった。でも「違う自分になれる」「解放感がある」という側面を聞き、決まったという。
本が決まったら担当する学生が連絡を取る。年に2回、ミニヒューマンライブラリーを開き、学生と本役の親交を深める。「仲良くなって、一緒に旅行したり、かき氷を食べに行ったりもしていますよ」。全盲の人にどう対応するかなど、教えてもらって学んできた。
学生が資金集めも
学生は多様性への理解だけでなく、イベントを運営する力も身につく。参加は無料、本役の人もボランティア。資金集めも学生がする。学園祭で企画をして売り上げを上げたり、企業に協賛してもらったり。昨年からはクラウドファンディングも呼びかける。
横田さんは「最近ではダイバーシティ(多様性)の考え方が広まり、理解されるようになりましたが、見せ物と思われる側面もありました。趣旨を知らなかったらそうなるかもしれません。協力をお願いするとき、学生が自分の言葉で伝えられることが重要です」。地元の写真店や丸井が協力するなど、地域との連携も深めている。
参加する読者が増え、昨年はおよそ300人が集まった。1日7回、フルに1対1の貸し出し時間を設ける。そのうち1回はミニ講演にする本役もいて、待ち時間も読者は話を聞ける。他にもイベントを用意。今年は、全盲体験ができる「暗闇カフェ」、本役の日常を学生が撮った写真展、義足体験コーナーなどがある。
信頼関係とサポートが必要
私は先日、「超福祉展」内のヒューマンライブラリーにお邪魔して、作業所で働く女性と読者の対話を聞いた。魅力的な企画だと思ったし、読者が「本を傷つけない」という約束を最初に交わし、スタッフの存在もあったので安心できた。
一方、ライブラリーが全国に広まる中で、トラブルが起きないか心配になった。横田さんに聞くと「公開でやっているので、リスクはあります。読者の名前や住所を書いてもらい、本役の判断でいつでもストップできる、写真は禁止、プライバシーなので話を外に出さないなどの約束をしてもらいます。誹謗中傷をするような人はライブラリーに来ないとは思いますが、完全にコントロールはできない」とのこと。
本役の経験があってオープンに話せる人だけでなく、デリケートな問題を抱え勇気を振り絞って本になる人もいる。運営する側が前もって本役の人と信頼関係を築き、当日もサポートする体制が大事だと思った。
ヒューマンライブラリーをやってみたいがどうしていいかわからないという人も増え、今年10月、横田さんら取り組む大学の教員を中心に、「日本ヒューマンライブラリー学会」を始めた。ノウハウを共有し、会員になって相談すれば本役の人を紹介してもらえるという。
じかに会うと人柄がわかる
ライブラリー当日の準備をしていた3年生のモモコさんは、1年生のときにこのゼミに入りたいと希望していた。「人を貸し出すと聞いて、えっと思いました。不思議だな、何だろうって」
昨年、大学のプログラムで、アメリカのディズニー・リゾートへ。半年間、インターンをした。土産店や飲食店で働く中、日本人は自分だけ。「マイノリティであると実感しました。障害のあるお客さんやLGBTを公にしているスタッフもいて、多様な人が身近にいました」
3年生になってゼミに参加し、今回のライブラリーでは義足を使用する人の担当になり、親交を深めている。「義足って大変なイメージしかなかったけど、義足になったからこそチャレンジしているのを知り感銘を受けました。普通に生活していると、自分が義足になったら…と考えなかった。足があるってすごいことなんだと改めて感じました」
本でも様々な人の体験を読めるが、じかに会って話すと、文字ではわからない部分がわかる。事実だけでなく、人柄も知ることができる。
卒業論文は、ある人の人生を1から書くライフストーリーになるという。「ベトナムから日本に来た難民の女性に話を聞きたい。高校に来て講演してくれたんです。子どものころ難民ボートに乗って来たのもすごい体験ですが、日本に来ていじめられ、言葉で苦労した話も聞きました。その話が忘れられなかったので、実現したいです」
教育現場で魅力あるテーマ
私が駆け出しの記者だった20年前、取材をお願いする場合は電話して約束し、紙の地図で調べて家を訪ね、会って話を聞くのが当たり前。場合によってはファクスや手紙でやりとりした。メールも一般的ではなかったので、連絡があれば電話で話すのが基本だった。
今は何でもインターネットで調べられ、写真や動画を撮ってすぐ共有できる。中年の世代になる私は、パソコンやスマホでコミュニケーションや仕事ができてしまう若い世代を見て、大丈夫かなと思うときがある。
ツールも大事だけれど、やはり経験や人と人とのつながりが必要。相手の状況を想像する力、柔軟性が身についていないと、何かあったときに折れてしまうからだ。
ヒューマンライブラリーに取り組む学生さんは、人とじかに会う楽しさを知っている。多様な人生に触れることが大きな財産になると、多くの人に伝えている。この試みは、教育の現場でも魅力的なテーマだと思った。