Yahoo!ニュース

米オリンピック視聴率激減が示すこと。アメリカ人は本当に五輪を観なくなった?それとも・・・

安部かすみニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者
先月23日の開会式。(写真:森田直樹/アフロスポーツ)

オリンピックのアメリカ放映権を持つ米NBCユニバーサルにとって、コロナ禍の東京オリンピックは最大のチャレンジとなっているようだ。

同社は2つの放送ネットワーク、6つのケーブルチャンネル、そしてストリーミングプラットフォーム「Peacock」で、合計7000時間に及ぶオリンピック放送をするために、10億ドル(約1000億円)以上もの巨費を投じたとされている。

それにも拘らず、8月3日の夜までの平均視聴者数は1680万人。もっとも視聴率が高かった日は先月25日で、それでも2000万人強だったとニューヨークタイムズが報じた。

アメリカの人口は日本の3倍の約3億3000万人だ。​​1680万人という数字が低いと見るか高いと見るかは人それぞれだが、少なくとも2016年のリオ五輪の同時期の数字、2900万人と比べてみても、1220万人も激減したことがわかる。

視聴率の低迷と言えば、先月23日の開会式もそうだ。NBCは朝の時間帯とゴールデンタイムを使って開会式の模様を伝えたが、視聴者数はテレビとストリーミングの両方で1700万人弱だった。こちらの数字も、開会式として過去33年間で最低値だ。

フォーブスによると、これまでの開会式の視聴者数は、平昌オリンピック(2018年)が2830万人、リオオリンピック(2016年)が2650万人、ロンドンオリンピック(2012年)が4070万人、北京オリンピック(2008年)が3490万人だったので、それらと比べても東京オリンピックの数字はかなり少ない。

2012年のロンドン五輪の開会式は、アメリカから4070万人が見守った。
2012年のロンドン五輪の開会式は、アメリカから4070万人が見守った。写真:YUTAKA/アフロスポーツ

視聴者数が低迷すればNBCユニバーサルはメイク-グッズ(広告主に無料広告で補償)しなければならない。同社は現在、広告主の一部に無料広告を提供するための提案中だと、ニューヨークタイムズは報じている。

今大会の視聴者数は開会式も試合開始後も激減しているが、それでもオリンピック放送自体がほかのエンタメ番組より高視聴率だという。例えば、CBSテレビの高視聴率番組『ビッグ・ブラザー』でさえ、最新の視聴者数は400万人を下回っている。

またNBCによると、パンデミック以降のゴールデンタイムの単独のエンタメ番組としては、今大会の開会式は、2番目に多い視聴者数だ。トップはオプラ・ウィンフリー氏によるヘンリー王子とメーガン妃の暴露インタビューだった。(高視聴率のスーパーボウル後に放送された番組を除く)

視聴率低迷の要因とは?

過去のオリンピックに比べて東京大会の視聴率が激減していることについて、各メディアが要因を探っている。

パンデミックによる1年の延期に加え、無観客試合、一部の選手の陽性反応、日本の世論の反対運動などのネガティブなニュースが人々のオリンピックに対する情熱を削ぎ、視聴率を低迷させた可能性は否定できない。

また、人気選手の欠場や早期離脱が相次いだことも影響がありそうだ。薬物検査で大麻の陽性反応があり、資格停止処分を受けた陸上のシャカリ・リチャードソン選手をはじめ、療養のためオリンピック出場を見送ったバスケットボールのレブロン・ジェームズ選手、出場はしたものの不調だった体操のシモーン・バイルス選手やテニスの大坂なおみ選手などだ。

メダルが期待されたリチャードソン選手(6月の東京五輪選考会で)。この後、1ヵ月の資格停止処分を受け五輪出場ができなくなった。
メダルが期待されたリチャードソン選手(6月の東京五輪選考会で)。この後、1ヵ月の資格停止処分を受け五輪出場ができなくなった。写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ

ほかにもさまざまな声は上がっている。例えば、オリンピックのスケジュールが複雑すぎて視聴者が観たい試合を見つけるのが難しかったり、NBCの本放送で気が散るような分割画面の広告が多いことも酷評されている。

しかしもっとも大きな要因として、どうやら人々の視聴習慣の変化が影響しているようだ。アメリカ人、特に若い世代の人々は従来のテレビ視聴習慣からパソコンやスマホ上でのストリーミングの視聴習慣にシフトしている。

これを裏付けるものとして、NBCのウェブサイトやアプリでの平均視聴率は、リオオリンピック(16年)で72%、平昌オリンピック(18年)で76%も増えた。

実際に筆者の周りを見ても、年齢層が高い家庭のリビングルームにはテレビがある(だいたい壁に取り付けられている)が、筆者が以前勤務していたIT企業の同僚(主に30代以下)は7年前の当時でも、誰一人テレビを持っていなかった。大学生に最近話を聞く機会があったが、彼らのようなZ世代はあまりニュースや世界の出来事に関心がない。それでもパンデミック以降、新型コロナの最新情報を入手するために両親の加入するケーブルを観ることが増えたというが、基本的にはYouTube、Netflix、TikTokなどで情報収集するとのことだった。

Netflixをはじめとするストリーミング・プラットフォームが伝統的なテレビの優位性を奪い始めたころでも、ライブ試合やイベントの生放送はやはりテレビが強かった。しかし最近では、NBAなどスポーツ試合やアカデミー賞などの大型イベントでさえ、テレビ視聴率が低迷していることが伝えられている。

フォーブスによると、今年のNBAファイナルの視聴者数は、短縮された昨年シーズンよりは多かったものの、パンデミック前に比べるとはるかに少なかった。また先月のMLBオールスターゲームの視聴者数は、過去最低だった2019年からわずか1%しか増加せず、年間でもっともテレビで視聴されるスーパーボウルは今年、過去10年以上でもっとも少ない視聴者数を記録した。

アメリカでテレビ放送にあまり元気がない分、ソーシャルメディア上は賑やかだ。NBCユニバーサルのTikTokのオリンピックチャンネルのフォロワー数は、開会式以降348%も増加した。

つまりコロナ禍の影響も多少はあるが、深刻な視聴率低下はテレビ全体で起こっていることで、オリンピックに限ったことではないようだ。

(Text by Kasumi Abe) 無断転載禁止

ニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者

米国務省外国記者組織所属のジャーナリスト。雑誌、ラジオ、テレビ、オンラインメディアを通し、米最新事情やトレンドを「現地発」で届けている。日本の出版社で雑誌編集者、有名アーティストのインタビュアー、ガイドブック編集長を経て、2002年活動拠点をN.Y.に移す。N.Y.の出版社でシニアエディターとして街ネタ、トレンド、環境・社会問題を取材。日米で計13年半の正社員編集者・記者経験を経て、2014年アメリカで独立。著書「NYのクリエイティブ地区ブルックリンへ」イカロス出版。福岡県生まれ

安部かすみの最近の記事